一言
次の週末に俺はまたあのバーを訪れた。この間のマスターと他には数人知らない男達が酒を飲みながら、談笑していた。そして、端の席にはあの男がいる。ギターが入っているであろうバッグを立てかけ、ちびちびと酒を飲んでいるようだった。
とりあえずあの男とは反対側の端の席に座り、酒を飲み始める。
マスターは俺を覚えていたようで、軽く会釈をした後、あの男と何やら話をし始めた。その後、あの男はバッグを持って立ち上がり、またあのピアノ椅子に座ってギターを出し、弾き語りを始めた。この前のカントリー調の曲とは違い、ブルースによった曲だった。
幼い頃に親父が運転する車で似たような曲が流れていたのを思い出す。気づけば、俺は彼の演奏に聞き惚れていた。彼が放つ1つ1つの音とメッセージは何か強烈な意味を持っているような気がした。そして、その場にいた全員が俺と同じ感覚だっただろう。先週は何か引っかかる程度だった彼の演奏が今では俺の心に突き刺さる。マスターが言っていた通りだ。彼には人を惹きつける天性の資質がある。
演奏が終わり、バラつく拍手にお辞儀をした後、彼は店を出た。そして、余韻を楽しむかのように、皆、ぐいっと酒を飲んだ後、感想を言い合っていたようだ。
しかし、俺は少し脱力感のような劣等感のようなものを感じていた。なぜ、俺にはあんなに素晴らしい事が出来ないのだろうと。
何もせずにただ毎日をひたすら繰り返す日々に飽き飽きしていた俺は彼に嫉妬した。決して金持ちとは思えなかったが、彼は俺から見れば、凄く楽しそうであった。そして、それを頭で把握すると虚無感が訪れ、こうしている今ですら、何かしなければと焦燥感を駆り立てる。金を払い、誰とも話さず、フラフラと家路に着いたところで、さっきの男が俺に近寄ってくるのがわかった。すると、男は俺の人生を変える一言を軽々と言い放った。
「ぼうずよ。クソみてぇな顔してねぇで、笑ってみろ。お前がいくらそんな顔しても、誰も助けちゃくれねぇんだぞ。」
そして、言い返す事もせず、俺は黙っていた。そして、男はフンっと鼻を鳴らした。
「まぁ、いいや。じゃあな。クソガキ。せいぜい人生を楽しめよ。」
そう言って男は去った。
俺は自宅へ戻った。ベッドの上で仰向けになり、足りない頭で色々と考えた。
自分には何が出来るか、自分は何がしたいのか。
だが結局、答えはでなかった。