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晴霙  作者: 三ツ目くりっく
一章 歪に集う、最初の要
7/17

7 ③(副題:探偵くずれに指を指す)



 「君でしょう?」

 孫娘姉もとい、(アキラ)=シクラメンは、詰問するようにそう言った。吊り上げていても上がらない目元、見れる顔だな、何て下卑た眼に晒されそうな態をしている。丸め込めると舐められそうだ。これらが女に生まれたくないと思う、褒められたもんじゃない感慨に行き着く理由なのだ。

 卑しい眼で客に尻を揉まれ、恋患うおば泣きを見て、見下されやすくて我も通せない。

 この女誑し!と横っ面張り飛ばした息子嫁も居た。強かな女とは居るには居るだろう。噂には金的蹴り上げるのも居るらしいし。怖。一番弱かったあの女も、守られているという意味では強かだった。黙って口開けている野鳥の雛のようで嫌いだったけども。声を上げなけりゃ死んだとみなされて落とされるけど、人間だからそれもない。つくづく、気に入らない。

 氷張ったみたいな感慨を、この女も知ってるような顔だった。

 貴方もでしょうと言ってるようで、気分が悪い。

 「何が」

 「女性のプライベートスペースに男が立ち入るんじゃありません」

 「何がプライベート…、」

 「あぁ、やっぱり君ね」

 「言ってません」

 我が意を得たりと昭は言う。

 「君が居た痕跡は案外分かりやすい。

 君は知らないだろうけど、首無しダックの羽と、足、普通に白と黄色で、Mr.テディのハットは緑の帯紐の黒いハット。知ってる色、馴染んだ色じゃない。それに何より──“雪は”、“降ってない”」

 垂は眉根を寄せて昭を見遣る。心当たりがないではないけれど、垂は昭が持つ憂いを知らない。寝て起きてを繰り返す病人では話も咲かない。

 ───夜の冒険の話なのよ──。

 「Mr.テディは夜の決まりを破って女の子を助けてくれる。侵入者さん反省するかと問われてアリアは、恐がって首無しダックを蹴飛ばしてしまう。何だよ!おれの仕事!って追いかけられたアリアは、Mr.テディに助けをこう。でも呆れられて断られて、何て酷い!って運動場の体育倉庫へ走る。そこには大きな大きな、耳の短いウサギの着ぐるみ、みたいなバニーマンがいる」

 

 昭に言わせれば、これは幼い頃の日常の、残骸だった。

 楽しくて綺麗でドキドキする、色んなものがきらきらしていた頃の一部だ。大人ぶったって年が離れていたとて、あの頃はまだ子供だった。込められている皮肉や図星を、ドキドキするお話の仲間だと確信を持っていた頃だ。本来ならもう思い出として、大事に大事に仕舞われて、知らない内に忘れら去られてしまう筈だったものだ。

 でもそれが今、再び顔を出しているのには、意味がある。恐らくそうだろう。

 「私はね、よく、夢を見る子だった。大事な大事な小さい頃、本の中の世界でアリアに為りきっていた子供らしい子供だった。不思議と色までくっきり、声まではっきり覚えいるあの夢は、普通の夢じゃなかった」

 貴方、声を聴いた事はない───?

 顰めっ面に皺を寄せた、妹と同じくらいの少年に、笑顔で言った。

 

 「私はね、夢の声聴いていたの」







◆◆◆◆◆

 




 アリアが駆け込んだ体育倉庫の中には、大きな大きな巨体があった。老朽化しているのか、穴の空いた屋根から白が降り注ぐ。光のカケラみたい───、アリアはぼう……とそれに見とれていた。総てからすくい上げられたような白は、触ると冷たくて、やっと、それが雪何だと理解した。

 アリアはにっこりと、笑ったのだ。

 「…どこ?」

 「あら、何かをお探し?」

 「そう。大きくはない、小さくもない、目立ちもしない、派手でもない、箱、何だ、どこに……」

 「どこにあるのかしらね」

 うーんと、ふくふくした頬を膨らませて、アリアは心当たりを探した。何かを忘れている気がするのだ。けれどもどうして、アリアはさっきまであの恐ろしいものから逃げてきたのだ、そんなもの…。

 赤い、とても赤い、綺麗な、赤髪の女の子。


 「どこにッ!?」


 ───ウォオオオン…!ウォオオオン…!───大声を上げた巨体は床を踏んでは震動を強くしたをバシバシデンドンと床が叩かれる。アリアはバランスを崩して膝を着いた。信じられない思いで目を見開く。ああ、なんて癇癪をしているの!私が母さまなら、お土産のおやつをお預けにしてしまう所だわ!

 何か気が触れたかのように巨体は、右へ左へ暴れ回った。アリアの事など見えていないかのように、大きな腕を見当違いの方へ奮っている。ドカン、ガジャーン!ドーン!

 ああどうしたらいいのだろう。アリアは途方に暮───

 


 ───アリアは、大声を張り上げた。


 「『バニー』!『バニーマン』!探し物は赤い箱!入り口から左の壁の、赤い木箱よ!!」


 ───────………、…………………、…………………………………。


 ───ピタリ、と。

 着ぐるみのような巨体は、動作を停止した。



 

 箱の中には、本が入っていた。

 題名の書かれた部分は表面を削られているようで、繊維がささくれ立っている。風化したと言って差し(つか)えないそれの用紙は変色し黄ばんでいて、挿絵(さしえ)が所々爛れたようにシミになっていた。

 何て馬鹿だったんだろう。こんなになっても優しくて可愛くて、いじらしい。何も変わらない。彼らは彼らのままだった。こんなになっても変わらずここにいる、酷い人間になったのにそこに居てくれる。それは当たり前の事かもしれない。彼らがそういう存在であるのは当たり前かもしれない。でも少なくとも、こんな馬鹿な思い違いを、拭い去るには充分すぎる。

 「……あなたたちに嫌われただなんて、とんだ妄言にも程があるね」

 本と一緒に抱き込んだ、ふさふさのバニーマンのお腹から顔をずらして、入り口を見る。

 ハットに雪の付いたMr.テディが覗うように顔を出している。背中に雪を背負(しょ)った、赤を吸い上げた雪を払い落とす首無しダックが歩いて来る。

 「きれいなままがよかった。こんなになったら汚してしまうと思った。でも全部本当は、汚い私を誰にも知られなくなかったから追いやってしまった。きれいなあなたたちが大好きだった………

…本当にごめんなさい、酷いことをしてしまった」


 まあいいさと、ハットを持ち上げて。


 「きれいなものが好きなの。夢見がちでも良いからきれいに過ごしたかったの。性格が悪くてごめんね。生みの親に……私が夢を見たばっかりに、無責任なことをしてしまった。」

 

 羽根をばたつかせた。肩をすくめたつもりなのだろう、少し自慢げに。


 「ごめんね、歪めていたのは私だね。夢を見れなかったのは私が悪いね。『バニー』、『ダック』、『テディ』、会おうとしてくれてありがとう」


 ゆるりと、巨体が揺れた。


 彼らを生み出したのは、もとい、彼らの世界を創ってしまったのほ昭である。夢見がちが転じて変質させたのではないかとも思っている。これが良いか悪いかは解らないが、生み出した原因は自分にある。

 決断の時だ、と昭は思った。汚さを許容出来なくても、存在を許すことは出来るかもしれない。きれいな彼らのためにも、自分のためにも、先延ばしにしては長かったのだと思うのだ。

 昭の夢は、昭の半身なのだから。


 「───今後一生分の私の〈夢〉を、あなたたち(夢)にあげるから」

 

 白が、…………雪が、振っている。




 ◆


 雪が振っている。しんしんと、少し水分が多い雪が。

 踏み締めるザクザクという音がする。癖のある音は、腹立たしを伺わせる。水気が多いさほど積もっていない雪は、踏まれて潰れて、平たくなっていった。寒い、本当に、腹が立つと。苛立ち紛れに潰される。

 泥が混じった霙は(きたな)らしく、ピチャン、ピチャンと穢れていく。

 雪の粒が、霙に触れて消えていく。まるで、初めから無かったみたいに。

 靴底の泥を、吸っていく。




 「怒ってないよ。そこまで単純じゃない」


 壁際の方に視線をやっている。手先は数本ひび割れて血が滲んで、氷ったようにもたついた動きにしかならない。心なしか空気はひんやりと冷たく、雪が降らないかと少し思われた。

 白い息に、溶けていった。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 「君のそれは、というか私のあれは、〈モノ憑き〉というものでね、好かれるとそれの声を聴き、それまでと違う何者かになるんだって。あの夢は、お互いのどっか歪な所があったからか、私か君のどの影響されやすさとかだと思う」

 

 「〈モノ憑き〉ってね、やっぱり珍しいって言うか、少ないから。色々。ちゃんと考えてね、私みたいに、ならないようにね」

 「そういうのお節介って言うんじゃないですか」

 「おねぇ姉さんの言い分は聞いておくものです」

 見やる垂としては、会って数日の誰かに世話を焼かれること事態、不本意なのだ。背を撫でるのも飯の温度を気にする手元も、居心地悪いったらない。床に突っ込んで飯は置いておいてむらえれば後はどうとでもするのに、妙に距離を詰める友好さに違和感がある。

 気負いが無くなり、吹っ切れたような顔。

 そうなる意味が分からない。

 「家の妹ね~、小っちゃい頃はお姉ちゃ~んお姉ちゃ~んってついてきたのに、大きくなってくるともう!ここ(かた)しといて!邪魔!って……可愛いのよ~」

 「そういうのヨソでやって下さい、知らないっす」

 「もう、何やってても可愛く見えてきちゃうのよね~、やっぱり年が離れてるからかしら~」


 そんな惚気話、聞いてねぇ。






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