6 ②(副題:メンタルはミキサーで)
大袈裟じゃないのかと、思わないでもなかった。
竜舎は家よりも広いもんだと、おっちゃんはよく言っている。図体デカくて心持ちもデカい。尊大で我が儘な奴らだから、ここらで折れてはくれませんかねと、一回頭下げるトコから始まんのよと。「情けねぇだぁ?馬鹿、そりゃあおめえ、要らねえ塊だっつんだよ」
「へー、そういう生き物何だ」棘の無い男らしい声で多比が言う。平淡にも取れる奴は本当の所、薄情であるのかもしれない。動揺は見られないし、読みずらい顔──眼が覗えないという点で──をしているし。食い意地張ってるし。
木の杭で仕切られた中藁が敷かれ、各々大きさや相性、種属間で分けられた魔物達。適応した皮膚や硬い鱗を持つ彼らは野鳥のようなのをもうちょいガラガラにしたような声を上げている。噛まれんなよー特にソイツ、死ぬぞ。手ェ突き出さねェで仕舞え、えげつない怪我すっぞ。騒ぐな慌てんな余計なのすんな、頭トぶ。おっちゃんは説明書を読むように述べていく。「この翼炎竜が竜舎のドン、ドラさんだ。肝が太ェから多少はコッチ汲んでくれるし、長生きだから気が長い。ただし、皮膜んトコだけは触るなよ、消されるぞ」
「えげつねぇ」と多比は言う。
おっちゃんが小人に見える、何てもんじゃなかった。前脚の爪一つがおっちゃん一人分位の大きさだった。竜舎の外に居座る山成の背中。丸まってこれだから、さぞや巨大であるのだろう。
「飯代で軽く死ねそう」
「そういう問題違う」
スケール感は偉大だ。規格外。権威をふるうこそ烏滸がましい。
「いいか?竜を見下ろすなよ、若いのだとイカッちまうからよ」
「人間臭ぇ」
「タビ、こら」
ぺしぺしと横切った時竜・魔物たちを叩き、ニカッと笑うおっちゃんに、小柄なものたちほど大人しくそれを受けている様子だった。対する大柄なものたちは、尾っぽや羽根でそれに返事をしている。よぉおめぇさん!今日も元気だなぁ!やめろや、触んなっつの。へいへい、どーも。
「タビっつったか?そこの坊主」
「あぁぁ……はい」生返事を気にした様子もなく、おっちゃんは張りのある声で言う。
「俺ぁ乗り方教えるだけだ。素人が馬鹿やらねェように忠告してやるだけのジジイの小言だと思って訊いとけ」
黄も初め、そう教わった。
「ノウハウ有る無しじゃ、大分違うんだ。対立避けたきゃ知るしかねェ。それも分からねェ馬鹿が多いんだ。相手はどうだ?テメェはソイツよりどうだってんだ?そんだけなによってなぁ」
参っちまうなぁ……。がっくり頭を垂れるおっちゃんの肩を、先ほど叩かれて気を悪くしていた竜が尾で叩く。さながら、まあそんなこともあるってといった所である。人間臭ぇ。これ、メッ。
「坊主、戦は好きか」
「いや、別に」
嘘吐け。
黄は口を出したそうに横顔を凝視する。
「んじゃその前のめりな殺意は何じゃい」
「や、えっと。オレ斬りたいだけで。一人で突っ込んでっても大群が相手っても斬りがいの方がこう、わーってなるし。でも、戦争やりたいんじゃなくて」
「ああ、ほう。……坊主、斬るのは好きか?」
「うん。あ、はい。でも、別に物を斬りたいんじゃなくて、オレは多分、血が流れているやつが斬りたくて」
「難儀じゃなぁ…殺しはどうだ?」
「嫌い」
「難儀じゃ。オメェら全員。あぁ分かった分かった。坊主、コイツに乗ってみぃ」
両脚の折り目が一つ多い、黒々とした翼の竜。
羽音すら無い翼と対になる魚めいた細い胴体。
射貫くような瞳孔の眼。
「血の気にゃ、血の気ってな」
いやおっちゃんそれ、アカン。
黄の脳裏にはそんな警鐘が鳴らされていた。何しろ頭は良いのだ。観察眼だって馬鹿じゃないだろう。あれは駄目だ、これは平気だろう、それは気を遣ってといった具合に。
「頭、下げて。だーし上げたら、目ん玉逸らすなよ、舐められんな」
駄目な事はぱっと見で判るだろう。如何にも危なそうで、触っちゃいけなそうで、避けられるなら避けた方が利口なのだ。今までに失敗に終わった数計73回。必要とあらば千や万、幾らだって声を上げるだろうが、他言無用や冗談でしたと
煙に巻く等対策もしないはずが無いだろうが。
どうしたってタブーってもんはあるのだ。混ぜちゃいけないものはある。その範囲が判らないではない。判る方ではあるからどうせならぶち当てて欲しくなかったのだが。これで死んだら目も当てられない。お労しや。
判るのだ。タブーの範囲が。見えない×印。判る方だから、余計に。
黄は根っからの健康児てあったので、体調崩して死にかけて、何てものの恐ろしさがいまいちピンとこないのだ。言うほどだろうか、大袈裟じゃないのかと、そりゃ元気な時より疲れそうなイメージはあるけども、体調を崩したの何て砂漠地帯での頭痛が精々で久々だった。体調を崩す何てのは、そんなものでしかないから余計に。
周りが慌てていたからこちらもバタバタしてしまったけど、言うほど、心配にまで至らない。おっちゃんも昭も張り詰めた様子だもんだから、駄目な範囲だろうとは思ったのだけど。
大人二人がびっくりするほど慌てるものだから、だから納得はしていたのかもしれない。
「あっ、始まったんだ。竜乗りの練習」
終わったら体を拭いて、上がってほしい。自分は竜舎の彼らの餌を狩って来るからと、孫娘妹は言って駆けて行った。
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何て我が儘なのと皆は言うけれど、そんなことはないのは自明である。
雪が降っている。
だからというか、だから皆一様に顔を無くしてしまったのだ。蝋に犯された口では何も言えず、色を無くした眼では光もなく、伸ばす手も、存在している印の影も無くては、存在してはいないと言われてしまう。
其処は寒い。
帽子に隠しているのだった。美味しい飴も、楽しいカードの束も、32点のテストも。全て入るよと、愛らしさを振り撒く。魔法みたいだね。
いきたくない。
邪気を持って相対しなければ、判らないのだろう白を携えている。影の色はどこ?よく見てよく見て。
「アリア、ぼくは君の味方だ。こんな所は用が済んだら、下校と一緒に帰らなくちゃ。ハチの髪飾りは机の上に在ったはずだ。気は進まないけど、ぼくが一緒について行くよ」
「ハチは素晴らしい生き物だよ。ハチミツ、ぼくの仲間は好きらしくてね。図鑑の中の仲間はそれを食べるのだと言ってやけに嬉しそうだったから。
あぁ、ぼくはだめだよ。ベタベタにネクタイがぬれてしまう。汚れてしまうのは苦手なんだ」
「晴れた窓の外がぼくは大好きなんだ!ベタベタのハチミツも、からっと乾いて剥がれてしまうと思わないかい?そう思うと何だか優しい気持ちになって、晴れやかだ。
冷え込んできた今は、少し、違う事を思うものだね」
楽しげに笑うのは本物ですか?そんなことが聞けましょうか。何を隠したとお思いで。知らない方が賢明じゃないかと、ああ何度も言わせないでおくれ。
「在った、ハチの髪飾りだ。さぁもうお帰り。君が白になる必要はないよ。少なくともぼくはそうおもけど、君はどうだい?アリア」
可愛らしいくらい、親切でしたね。ユーモアがあって、人を好ましいと言ってのける。
「──ボールを見かけたら宜しく願うよ。返してあげなきゃ皆困るからと、伝えておいて」
間違えましたね、お前の負けだ。途方もない屈辱の果て、三歩歩いて忘れる前にと、バッテン印で罰を喰らう。乱暴だからか評判は悪いが、正しくないと誰が言える?
泣いている。
熱いうちに打てと言った、そうなったのだと言っている。駄目でしょうが、いけない子め。叱り罰を与えるだけ。すっとぼける?欠けるだけなら蝋よりマシ。頭を捕られて死んでしまうのに、首を捨てたのは忘れようとしたからだろう。
「片方頂戴?どっちでもいいから。出来れば利き手とおんなじ所。部屋に入る時とおんなし足。嘘は吐かないでおくれよ、惚けたりもやめておくれな?首を貰うのほよっぽど何だ」
三歩で済ませよう。忘れようとか、逃げないように。青くなった羽では不格好で、誇れたものじゃないけども。×には罰を。当たり前には当たり前を。
「×だったんだろ?なら片方、おれに頂戴?×は罰、必要な罰。薬で閉じ込めて、飾らな
きゃいけないんだよ。決まりは守ってくれ、困るんだ」
「…ボール?…、あ、ボール!借りっぱなしかぁ!ごめんな!悪かったよぉー!」
理不尽で残酷なものだほど、混じりけのないものであるのかもしれない。赤を積み上げたその下で、君もう帰っていいよ悪いことしたなっと、無い首を振るリアルなアヒルの。
自然と吹き出してしまう裏の無さ、向いてるんだかいないんだか、昔は分からなかったように思うよ。
「──赤い木箱は左の壁!まだ探してるんだろ?教えてやってくれる?」
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