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晴霙  作者: 三ツ目くりっく
一章 歪に集う、最初の要
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3 大嵐に霙程度でどうしろというのだろう。②



 宿屋の息子夫妻が誕生し、幸せムードが充満して空気も柔らかくなった。マダムは二人に首ったけでこちらに見向きもしなくなったし、女将は何を思ったのか下働き連中に情を掛けるようになって、年少の女が腹を空かせることも無くなった。おやっさんは酒を減らし商売に精を出すようになり、客足が延びて満足げ。息子の方は改心したのか人が良くなって、下働き連中に礼を言ったり世話を焼きたがるようになった。


 何かが崩れ去る音がした。


 良い方には行ったのだろう。だがどうにもならない部分もあった。


 年長の男が、おやっさんが働き出した事で仕事が減り、今まで為てきたことが無くなって不満を溜めていった。馬車馬の如く働いていた奴にヒマをやった処で害悪だった。どれ程恐ろしいか、垂には分からないではなかった。休み方を知らないでどう休めというのだろう。おやっさんにそれは、判らない。年長の男は心をやられてしまった。落ち着きをかなぐり捨て客の門前で発狂に至った。


 だろうなと、垂は思う。ああなるんだろうと、理解している。垂も休み方なぞ、知らない。教えてやるかと言われれば否だが、そもそも教えてやれやしなかったので。

 宿屋の奴らにそれは、判らないから。


 人の子は宝だと(のたま)う連中が、男を病院へ連れ出した。処罰を待っている獄中人のように見えた。



 猫背の男も少し歪んだ。特別だった奴が欲した愛情、らしきものが、他にも分け与えられ出したから。焦ったのだろう。サボらなくなり異様に抱え込み、ぶっ倒れた。笑ってみては他を睨むようになった。そこに話術も可愛げもない。ないもんだから表面に留まる愛情の供給を、必死に欲しがって息苦しそうだった。早死にするんじゃないかと、垂は思っている。要らないし気に入られてもいない、今更だった。解らないものは要らないったら要らない。欲しがりは半端に知ってるもんだから、粉々にしてでも求めるのは猫背くらいでいい。



 年少の女は、いつの間にか。

 薄ぼんやりとしか覚えていないのは、忙しかったからだ、多分。ただ訴えかけるような眼でもって扉が閉まるまで目が合っていた。

 良い処のお嬢になるだとか、こんなかわいい子こんな所で、腐らせて良い訳が、ああ見窄(みすぼ)らしいだとか勝手言っていた。

 女の顔は、とうに思い出せない。



 人手が減るという事は、その分仕事が増えるという事。

 生き生きと働くのは悪くない。ただ色々、のぼせ上がるのも程々にしろとは思う。

 注文間違い皿洗いが溜まる、そのくらいはまだやり要はある。気前が良いんだか知らないが、金を割り引いて料理をたんと盛っていく。イイだろイイだろと振る舞っていく。果ては、今日の飯はこんけだってなもんで、我慢してくれよっと肩を叩いて大きく笑うのだ。


 笑えば良いとでも思ってるんだろうか。らしきものを押し付けてさえいれば、不満なぞ溜まるもんかとでも思ってるんだろうか。

 氷ってしまえばいいと、何度も思った。



 

 吹雪いた日。横っ面に当たる轟々と貼り付く雪の中、買い出しに出された垂は、吐き捨てる。氷って割れろと吐き出しながら、大きな井戸のある開けた場所を折り返していた。抱えた紙袋を抱え直し、背を丸めながらブーツを踏み込む。一瞬、それが大きく沈み込んだ。

 「えっ…!」吹雪いてバランスを崩したからか、ふわり手から浮いた紙袋を取ろうとした手が傾けたからか、ざぶん…ッ、と。表面の氷った井戸水を突き破り、かなり深くまで沈んでしまったのだ。水圧でゴーグルが首から外れた。ピリピリと刺すような痛みが指先、首筋、顔を(ひた)走る。ツンと鼻を突く痛みがあり、ぼごご、ぼごごぶと浸食した。空洞が水で塞がっていき、重くなっては沈んでいく。 


 痛い。


     痛い。      痛い。


  辛い。     痛い。


 温かさが性に合わないから、寒さなら誤魔化せると思った。冷たく、寒い、そんなものへ。近ずこうと思う酔狂な変わり者は居ないだろう。冷たいのだから触れない。氷ってしまえ。これだから寒さはと、嫌われてしまえば万々歳だ。


 今は。


 今は、触られないようにしてまで、助けてもらえない身になった自分が、恨めしいのに。

 死ぬ。死ぬんだろう。こんなでは、死ぬ。


 そう、確信していた。



 だが実際、そんな所謂死に目というやつは、案外ぶち壊されるためにあるのかもしれない。

 何せ垂は現在、生きているので。



◆◆◆◆◆


 さておき、垂は増えた仕事を片付けていた。

 少しずつ少しずつねじ曲がりながらも、変わらず冷たさの中垂は生きていた。変わらない無愛想さでテーブルを拭いて、切り詰めなければならない帳簿を書いていた。これをやらせている時点で終わっているのだが、麻痺した常識では気付かない。

 「あの!」

 だからというべきか何というか、欠片とも予想していなかった。垂の世界は宿屋で完結していたので、他の何かが入り込むような余地は無かった。変わる事も無いと高をくくっていたからこそ、冷めた反応を返したのだと思う。

 「ヒーラーとして僕と旅をしてくれない!?」

 「僕職無しなんで無理ですけど」

 大嵐もいい処だったと垂は、後に語る事になる。


 

 「……それ、毎回同じように言ってたっていうの?」

 「うん、なのに69回もパー。正確に言うなら一人もう仲間居るよ、70回目玉砕なんて不名誉だな~困ったな~」

 「それはどうでも。だけど」

 「ひど~い」

 「売り込み方がなってない。大事な部分暈()かしたって怪しさましましでしょうに。変なモンの勧誘みたい、不確定すぎ。ね、分かる?これ」

 「わ、わ~……メッチャアドバイスしてくれるぅ~……」

 「氷る?」

 「ヤメテー!」


 黄と名乗った男は、くるんくるん撥ねた金髪の美少年だった。幼い顔立ち、白いシャツと、サスペンダー付き七分丈のズボン。小ぶりのリュックサックと平べったい剣を挿した男だった。

 何というか、無謀な奴だと。人種が違うとはこういうことだと思わせる男。本気なのだろうが、冗談にしておきたい話を触れ回るバカだった。

 使える話術を使えてないバカ。何なんだコイツはと垂は思った。

 「ホントのホント、シズリは仲間になってくれない?駄目?」

 「あのね、なんだって今に限って……まあいいけど、いい?僕は忙しいの。柔な手と足フルでやってもやる奴居ないから大変なの。無理。他当たってろっての!」

 「ちょっと!」

 「柔なんだよシャレになんないレベルで。悪い事言わないから。強くて、力持ちで、晴れが好きな仲間見つければ?僕みたいのじゃなくて、じゃあね」





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