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あなたは私の王子様。  作者: 星月天音
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濃いふたり

黙々と作業を終えて、一通りの支度を済んだのは晩御飯の定時ギリギリだった。


ここ民宿さえきでは、朝食は七時、昼食は各自自由で自炊、夕食は十九時と時刻が決められている。

朝夕、どちらかが不要であれば抜きとなり、宿泊費用から割引するという。

逆に、どうしても昼食もという要望があれば、その人の分だけを用意し、一食300円という破格の値段設定だという。

沙耶の素人作品なら一食300円なんて高い位かもしれないが、美和子さんの残した料理メモと写真を見る限り、とてもじゃないが同じクオリティで提供する自信はない。

だが、そこは経営を任された三神。

しっかり釘を刺してきた。


「言っとくけど、基本食事代金は込みの宿泊料。その中の料理に関しては地元の名産やら農家の方のご協力があって安く材料費を抑えてはいるけど、その他諸々の諸経費を守る必要もあるから、材料の無駄遣いは絶対にするなよ。ただ、金を取るだけのクオリティを提供しろ。」


ど素人になんて無茶な要求。

とは思いつつも、これも経営を守る以上大切なことなのだろう。

アルバイト時代、確かに経費削減のためアメニティ類の提供に関して提言されたことがあった。

どこも大変だとは思ったが、いざ経費を考えた上での一定のクオリティを提供するとなると、一人分の節約適当料理とでは話が全然違うのだ。何度でも言う。全然、違うのだ。


捻りに捻って献立はめばるの煮つけと、キャベツのお浸し、きんぴらごぼうに玉ねぎと溶き卵の味噌汁、ヨーグルトのシャーベットというものにしてみた。


食事は全員、大きなテーブルで一緒に取るという。

ほんのひとときでも家族のようにわいわいと食べるというのは美和子さんが望んだことだったそうだ。

もちろん、要望があれば、時間をずらしたり、お部屋に持って行くなども請け負っている。


というわけで、美和子さんが残した宿泊客名簿の人数と、アレルギーチェック表などを参考に食事を作成したのでこの夕飯がお客様との初対面である。


自分の作ったものを、お客様に提供して目の前で反応を見て居なきゃいけないなんて。

とてつもないプレッシャーが突然襲ってくる。


配膳していると、ピョンピョンと和真がやってきた。


「良い香り~!早く食べたいなぁ!・・・お姉ちゃん?」


「え、うん?どうしたの?」


「・・・元気ない?」


「ううん、初めてお金を頂く立場でお客様への食事を作ったから、すごく緊張しちゃって。お口に合えばいいんだけど…。」


「うん?そっか、良く分からないけど、大丈夫だよ!絶対美味しいし、ここに泊まってる皆、優しいよ!」


「そう?うん、良かった。」


とは言うものの、やはり緊張は拭えなかった。

無理矢理笑顔を見せつつも、頭の中は『なんだこの食い物は!こんなもん食わせやがって!!』と叱られる自分の図だった。


時刻は十九時五分前。


味噌汁だけは、ほかほかのまま提供したかったので、お客様が着席されたら配る予定だ。


「よお!良い臭いだなぁ!!」


迫力のある男性の声が食堂の中を駆け巡った。

驚いて飛び上がった沙耶が振り返り見ると背が高く体格の良い、くまのよ・・・がっしりとした体育会系の男性が豪快な歩きっぷりで入って来たところだった。


「君か!?今日から美和ちゃんの代わりにやってきた女の子は!」


「は、はい!!その通りです、峯山沙耶と申します。これから、よろしくお願いします。」


「ぶははははっ!!よろしくって、こっちの台詞よ!!まあ、リラックスして気楽にやってくれればいいからさ!!」


と元気よく、沙耶の緊張を見抜いた彼は沙耶の背をバシンバシン叩いた。

歓迎の意を受け取めるのは、中々痛いものだな。

あはは、はいガンバリマスと呟くが、背中がびりびりしている。


「あらぁ・・・可愛い女の子じゃない?ふふふ、豊田さん、あまり驚かせないであげてね。」


続いて入って来たのは、艶やかな黒いロングヘアのおっとりとした大和撫子のような雰囲気の女性だ。

すらりとわずかに沙耶よりも長身でありながら、細身なラインが繊細そうな空気を助長させている。

豊田と呼ばれたくまのよ・・・体育会系の元気なタイプとはまるで逆の印象だ。

おっとりといた微笑みが癒し系で、沙耶は思わず見とれてしまう。

にこにこと微笑む彼女が、うん?と小首を傾げ沙耶ははっと意識を取り戻す。


「あ、私、峯山沙耶と申します。よろしくおねがいします!」


「沙耶ちゃん、って呼んでも良い?」


「はい!」


「私は、春日崎百合子かすがざき ゆりこ。家出中の主婦よ、ふふふ。」


「春日崎さんですね!」


家出中の主婦・・・?

気になるワードがあったのは確かだが、沙耶はスルーすることにした。

初見で突っ込むことでもあるまい。


「百合ちゃんでいいわよ~。」


「ゆ・・・ゆ、お客様相手に・・・?」


「やだぁ~!!お客様だなんて、私たちは家族でしょう!確かに料金はかかるしお金のやり取りはあるけど、私たちはほんのひとときの家族なんだからって、美和子ちゃんも言っていたんだから♪ね、百合ちゃんでいいからね。」


「そう、、、なんですか。分かりました、百合さん。」


沙耶が思い描いていたものとは違う関係性が存在しているようだ。

どうやら色々と固定観念を覆さなくてはいけないのかもしれない。


「おっと!!俺ァまだ名乗ってなかったなぁ!!俺は豊田葵だ(とよだ あおい)!!親は俺が繊細な中性的イケメンになると願って葵と名付けたらしい!残念ながら夢は断たれた!あっはっはっは!!!」


「うふふ、いかにもタケシとかツヨシとか来そうなキャラなのにねぇ~。」


「おう、俺はこのギャップを売りにしている!」


「は、はあ・・・」


「俺のことは、とっちゃんとでも呼べばいい!!」


「とっちゃん!?」


ギャップ売りはどこ行った。


「もう豊田さん、諦めてなかったのねぇ~。」


「ああ、あおちゃんとか、葵ちゃんって感じじゃねえだろ、俺。」


「とっちゃん・・・、名前で似た呼び方は、・・・あっちゃん、かしら。」


「そしたら女の子じゃねえか、俺。そこは少し男っぽく」


「うふふ、ギャップでしょう?」


ん?

沙耶は二人のやり取りを見ているうちに、百合子のわりと押しの強い面を垣間見た気がした。

森のくまさんのような大柄で、朗らかだが押しには強そうなタイプの豊田がたじたじになっている。

だが、とっちゃん呼びは、まるで豊田さんが父で、とっちゃん呼びしているような気分になる。

二十七歳の私が齢、三十代と思わしき男性相手にとっちゃん呼びは・・・。


「と、とよさんでは駄目でしょうか・・・。」


「「とよさん」」


豊田と百合子がハモりながら目を合わせている。

それから、何を思ったのか大きく頷く。


「良いわ、沙耶ちゃん。とよさん。それが良いわ。今まで思いつかなかった。」

「ああ、俺も良いと思うぞ。俺っぽい。」


「それなら、良かったです。これからお二人のことは百合さんととよさんとお呼びしますね。」


それから二人はいつもの席だと言って、思い思いに席に着いた。

他のメンバーが集まるまでの間、沙耶は二人と他愛もない会話を楽しんだ。

自分は小説家で、締め切りが迫っている中でスランプに陥り半ばダメ元で締め切り延長を持ちかけた所、この民宿に来ることを提案されやってきたこと。

そして豊田は現在三十五歳で、とある公務員だったが中々拭いきれない違和感と毎日同じ繰り返しに嫌気がさして、辞職。自分探しの旅を始めあちこち旅をして回っていたときに、この「民宿・さえき」に出会い、あれこれ半年はここに居着いているという。


「ここほど居心地の良い民宿は中々ないんだよ。それにここの土地柄も、自分に合う気がするんだ。」


と、最近は近所やあちこちの農家のお手伝いに行き働きに見合ったお給金を頂きながら、ボランティアで民家のお年寄りの家のお困りごとを解決して歩いているという。


それから百合子は現在三十一歳、慎ましく夫と二人で結婚生活を送っていたが、最初だけの幸せだったと静かに語っていく。


「彼ね、私との結婚は失敗だったって。他に好きな女性ができたんですって。」

沙耶はその言葉にどくっと鼓動が跳ねた。

百合子は少し諦めたように、笑って言った。


「しょうがないわよね。でも、私にも考える時間が欲しかったのよ。」


彼女はそれ以上、深く話すことなくここでの暮らしについて話してくれた。

近所のご婦人方の集まりに参加して隣町の道の駅で開かれる物産に卸すためのお菓子や料理を手伝い、お年寄りのおばあさんの話し相手をしながら約三ヶ月。


沙耶はただ静かに聞いて、ときおり相槌を打った。















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