出会い
新幹線に乗って、流れていく景色を見送りながら柳田から貰ったメモをちらりと目をやる。
今から行く住所と、編集長のいとこにあたる女性の名前が書かれている。
佐伯美和子
一人の時間が欲しかったはずだが、どうしてこうなった。
そう思いつつも、気持ちは不思議と穏やかだった。
駅で買った駅弁を食べて、ひと眠りしてから本を読み、ラインに返事を書いて、今この時にも良いネタが降りてこないか模索しつつ、お菓子を食べて、いくつかの駅を過ぎて。
車内に終点を知らせるアナウンスが響いた。
ちらほらといつの間にか減っていた乗客がいそいそと降りていくのに順じて、沙耶も荷物を持って席を立ち、乗り換えホームに急ぐ。
そこから二本ほど乗り継いで、気づくと。
「・・・・・・村?的な?」
新幹線を降りたときには、まだ街であったのだが、乗り継ぐほどに自然が豊かになっていくなとは思っていた。
自動改札機もなく、木製の駅舎が何故か懐かしい。
沙耶の故郷も田舎ではあったが、ここほどではない。
――花平方駅――
見渡す限り、のどかな田園風景。
まるで人の行き交う喧騒なんて、この世に最初からないかのように、風にのって鳥の囀りだけが響き渡っている。
身体が自然と、深呼吸を求めるかのように息を吸い込んでいる。
静まり返った駅を背に、存分にその町?を眺め終わると、沙耶は「佐伯家」を探すため、歩き出した。
柳田曰く、この花平方町は海に面し、一方で山にも恵まれたのどかな町だという。
海を目当てに、民宿に泊まりがてら海水浴を楽しみにくる人や、隠れた避暑地として別荘を建てる金持ちもいれば、なだらかな傾斜の山並が登山初心者にうってつけだということで登山を目当てにやってくる人もいるという。
さて、今は春。
海には入らないし、山にも登らない私には、なにもないのではないか。
これは、子守で終わる可能性のほうがいよいよ高くなった。
沙耶は懸命に足を運んでいるはずだが、未だ田んぼのど真ん中。
人がいそうな住宅地は目と鼻の先だと踏んで歩いていた沙耶の心に、ひやりと風が吹いて行く。
住宅地とはいえ、家と家の間が広大な田園並にあるのだ。一軒一軒しらみつぶして探すのは骨が折れる。
ところでだ、私は重大なことを忘れているような気がする。
『花平方駅に着いたら、紙に書いてある電話番号にかけて、迎えを待っていて下さい。』
そうだ、柳田はそう言っていた。
「・・・――っ!!」
やるせない。実にやるせない。
風景に見惚れてる場合ではなかった。自分の故郷よりも、感慨深いものを感じたからといって、こんな大事なことを忘れるなんて。
沙耶は立ち止まり、やるせなさが詰まった溜め息をひとしきり吐き出すと、スマホを取り出して紙に書かれた電話番号に掛けた。
『はい、佐伯です。』
てっきり女性が出るものだと思っていたが、電話に出たのは若い男性の声だった。
男の子は八歳。それにしては随分と成長した、男性の声だ。
しかし、佐伯というのだから間違ってはいないはず。
「私、今日からお邪魔することになっています、峯山沙耶と申します。駅に着いたら、連絡するようにとのことでしたのでご連絡いたしました。佐伯美和子さまは御在宅でしょうか。」
「ああ、峯山さんね。話は聞いてます。今、駅に迎えに・・・」
「あ、それがその。私今、駅にいなくて…その、連絡することをすっかり忘れて歩いてしまってて。」
電話の向こうから、あからさまな溜息が聞こえてくる。
こう、確かに連絡事項通りに行動しなかったこちらが悪いとはいえ、隠そうとは思わないのだろうか。
「・・・分かった、そこに迎えに行くから、目に見える情報を教えて。」
それにしても、美和子さんはいるのだろうか。その答えがない。
「早く。」
先程より幾分温度の低い声音で催促される。
「ええと、そうですね。田んぼでしょうか。」
「それから?」
「え?えと、遠くに白い家と、その奥に黒い家と、端にはこれぞ日本な平屋の家があります。右手には海、左手には山の位置からですが。」
「・・・君、本当に小説家?」
「・・・あの、…はい、そうです。」
またしても、溜め息。電話の向こうからひしひしと侮辱の色が伝わってくる。
「まあいいや、そこで待ってて。」
駅と指定していたはずなのに、顔も得体も知らない女を探して回る結果になったのだ、それはもう面倒なやつだと認識されたに違いない。出鼻を自らの手でへし折ったようなものだ。
どう謝ろう。ところで、彼は一体誰なんだろう。
そこからほどなくしてシルバーの軽が向こうに停まるのが見えた。
コンパクトな車体から、厭世的な雰囲気で、わずかに男性よりの中性的な顔立ちをした男性が降りてきた。
遠目から見ても、美男子であるように見受けられたが、年齢は汲み取れない。
すると、後部座席も勢いよく開いた。
「おねえーーーさああああん!!!」
天使か。
沙耶の顔に、ふと笑みが浮かぶ。
ぎょっとした中性的な男性の横を勢いよく、走ってやってくるのは、これからほんのわずか一緒に暮らすことになった男の子だろう。
八歳にしてなかなか顔立ちがハッキリとした美少年ではないか。
この齢二十七年という月日の間には出会ったことのない美の権化のような人を続けざまに見ている気がする。
美少年の中に、にじみ…溢れ出している無邪気さがまるでキューピッドのようだ。
沙耶は、猪のように突進してくる少年をスロー再生のように見つめていたせいか、距離感が分かっていなかった。
「・・・っぐふぅっ!」
「あっ…ぶな」
驚きの滲んだ男の声が耳に届く。しかし、その時には遅かった。
思い切り腹に衝撃があった、と認識した時には身体は宙に投げ出され倒れ込んでいた。
空が青いなあ。