ヘビーなローテーション
苦情を受けるA
電話が鳴り、Aは受話器を取った。
「今年の税金の割賦が届いて、その金額で聞きたいんだけど」
「はい、では市民税課に電話をおつなぎしますので少々……」
「ちょっとあんた、市役所の職員でしょ。自分で答えられないの!」
「いえ、あの、ここは受け付けの電話でございまして、担当の部署にご案内しているんです」
「税金払う側を待たせる気なの? 税金から給料もらっているのに楽してるね」
「いえ、お客様の昨年の所得から税金の計算がございますので、それを確認してお答えしなければなりませんので、専門の、担当の者がお答えしますので……」
「あんたは税金判らないんだ。おまけに受け付けだっていうのに、もさっとして。シャキッと喋れよ。まあいいや、電話代が勿体ないから、早くつないで」
「はい、少々お待ちください」
Aはぐっと何かを堪えて、保留ボタンを押して、電話を市民税課につないだ。
「はい、市民税課です」
「市民税の割賦が届いて、税額でのお問い合わせです。お願いします」
「はい」
一つ電話が終わると、また電話が鳴り出す。コールは二回までの内に受話器を取らなくてはならない。気持ちを切り替えて受話器を取る。
「はい、○○市役所、Aでございます」
AはBに物申す
Aは仕事を終えて帰宅の途上にあった。電話を取り、担当部署に代わってもらうとはいえ、どんな用件か聞き出すのに苦労したり、始めから喧嘩腰の電話で恐怖を感じたりする。税金や保険料のお知らせを出すと、金額の問い合わせが来るのは承知しているが、どんな市民から何を言われるかは予想がつかない。
対応が悪いと思われないように心掛けて電話を取り続け、心底くたびれた。
Aが歩いていると、若い女性が近付いてきた。後ろにはカメラを肩に乗せた男性がいる。
「お急ぎのところ申し訳ございません。農産地で野菜が豊作で値崩れが起こると、折角できた野菜を廃棄しているのですが、そのことについてどのようにお感じになっているかお聞きしたいのですが」
Aは農林水産課に在籍していた経験があるので、こういった問題には正直答えたくない。
「あなたたちは放送局なの? そちらではその問題をどのように報道しようと考えているのか教えてくれないかしら?」
予想しなかったAの言葉に若い女性は戸惑った顔をした。
「あ、いえ、結構です」と、Aから離れていこうとした。
Aは思わず呼び止めた。
「ちょっとそっちから話し掛けられて答えているのに、その態度はなんなのよ。人に物を尋ねるのだから、どういった考えを持っているのか明らかにせよと言われてもおかしくないでしょ。それともそちらの放送局には定見がないの? 世の中にはいろんな意見があるのに、気に入らない答えがあればカットしたり、最初から受け入れないとしたら問題あるんじゃないの、どうなの?」
女性は困りきった様子だが、何も言えないでいる。Aは情けないと感じた。
「あなた、それが仕事でそれでお給料をもらっているんでしょう。人ときちんと話ができないのに、なんで街頭インタビューなんか出てるのよ。仕事もできない人を雇っているなんて、放送局はよほど儲かっているのね」
遂にカメラを持った男性が頭を下げてきた。
「申し訳ありません。初めて外での仕事なんで、勘弁してやってください」
「こちらは初めてかどうかなんて判らないわ。ところで、わたしは答える必要があるの、ないの、どっちなの」
「いえ、お急ぎのところ申し訳ありませんでした。結構です」
男性の言葉で、Aはもういいのねと言って、再び歩き始めた。
Aはこれじゃあただの八つ当たり、弱い者いじめだったと気分が暗くなった。今日言われ続けていたことを、言い返したようなものなのだが、気持ちはすっきりしない。ただただ後悔の念で頭が一杯になった。
カラオケや痛飲といった気分転換をしようとする気力もなく、一刻も早く家に帰って一日の汗と埃を洗い落として、眠りたかった。
BはCに愚痴を言う
Bはカメラマンから注意された。
「女の人だからってさ、すんなり答えてくれる訳じゃないし、こちらが期待するようなこと言ってくるとは限らないんだからさ、もう少し臨機応変に対してくれないかな。俺は映像を撮る人間で、インタビューするのはあんたの役割だろう」
そう、確かに最後に声を掛けた女性の言う通り、それが仕事でそれでお給料をもらっている。でも、あんなに怖い顔をして、キツイ言葉をぶつけてくるとは思わなかったのだ。疲れた様子の人だと見て取れたが、機嫌が悪かったのだろう、そして、こちらの言い方が気に入らなかったのだろう。カメラマンだって助け舟を出してくれるのならもう少し早く声を掛けてくれたらいいじゃないかと、仕事仲間じゃないのか、本当はこんな仕事をしたくなかったのにとBは自分を憐れんでいた。
放送局に戻り、スタッフと共に、街頭インタビューができている分から、使用する分はこれとこれと編集・確認して、Bは家に帰った。帰るとCが床に寝転んでいた。
「ただいま」
「お帰り。遅かったね、お腹空いた?」
「疲れて食欲ないくらいだわ」
Bは座りこんだ。温かい飲み物が欲しかったが、すぐに動く気がせず、そしてCに頼んでもお茶を淹れてくれはしないだろう。
「コンビニエンスストアの弁当だけど、一緒に食べようと待っていたんだけど、食べられない? だったら俺、先に食べていい?」
「食べるわよ、着替えてくるから。その間お湯を沸かしてくれない? お茶かインスタントの味噌汁が欲しい」
「うん、判った」
着替えて、台所に行くと、Cは手鍋でお湯を沸かしていた。やかんがあるのに何故手鍋、そして蓋をせず、換気扇も回していない。Bは細かい所まで気になるのだが、Cは気にならないらしい。
「お茶と味噌汁どっちがいいの?」
「お茶がいいわ」
Cが茶碗を出してくれるが、お茶を淹れるのは無理だろうとBは自分でティーポットを取り、茶葉を入れ、手鍋からお湯を注いだ。
「味噌汁だったら、そこにインスタントのを入れればいいと鍋使っちゃったんだ」
とCはBの手つきを見ながら笑った。
Cが鍋を汚しても洗うのはわたしなのよね、とBは胸中で呟いた。
いただきます、と二人で弁当を食べはじめた。黙々とBは食べる。Cはそんな様子を気遣って声を掛けた。
「疲れているんだね。食べたらすぐにシャワー浴びて休みなよ」
「駄目よ、片付けしないと」
「空弁当や茶碗なんて後でいいじゃないか」
「良くないわよ。ここはプラスチックごみも洗って出さなきゃいけないんだし、茶碗だってまた朝使うんだから、朝洗うとこから始めるなんて時間が無いし、嫌じゃない」
「Bはしっかりしてるんだなぁ」
Cののんびりした言葉にBはかっとなった。
「何言っているのよ。大人なんだから社会のルールを守るのは当たり前でしょ。それに、食べ物や食器はその都度きちんと扱わないと、汚いじゃない、食中毒の原因になりかねないのよ」
「俺が悪いみたいに言うなよ」
「食器は使い終わったらすぐ洗うのが社会常識だし、ゴミ出しもルールを守っていれば気持ちよく過せるって言っているのよ。別にあなたが悪いなんて言っていないでしょ。それともあなたが食べた後の片付けしてくれるの?」
「えっ?」
「ほら、やる気がないんでしょ。どうせわたしがやるんだから、食べ終えたらすぐ片付けしたっていいでしょ」
「後からなら俺がやっとくから、疲れているなら俺が代わるって言っているんだよ」
「後って何時よ? 寝る前? 明日の朝? 今決めて」
「なんだよ。後からったら後だよ。決められないよ」
Bは溜息を吐いた。
「前も俺がやっとくからって、皿を洗ってくれなくて、乾いて落ちにくくなった汚れをゴシゴシとわたしが洗ったのよ。信じて任せられないじゃない」
「そこまで言うことないじゃないか」
「言うわよ。何よ。折角正社員で働いていたのに、俳優になりたいから、そっちの修行や勉強に集中したいって辞めちゃってさ。オーディションには落ちてばっかり、最近は何もしていないで部屋でビデオを観てばっかり。演技の勉強だかなんだか知らないけれど、部屋にいるなら、もうちょっと部屋の中を快適に過せる工夫とか家事とかしてみようと思わないの!
これじゃああなたヒモって呼ばれたって、言い返せないわよ」
「うるさいなあ。Bには俺のペースっていうか、やり方が判らないんだよ」
「ええ、ええ、判りませんとも。芸術を理解できなきゃ、仕事もまだまだ出来損ないの部類の情けない女ですとも。
Cの高尚な志は判らないし、自分のことで精一杯で、あなたを支えるとか気持ちを理解するとか、全然余裕ないわよ」
「そこまで言うのかよ」
「だってあなただって働いていたんだから、失敗したり、疲れたりした時のこと判るでしょ。忘れちゃった? それにCだってわたしのこと、なぁんにも判ってないでしょ。いいじゃない。莫迦同士で。
こ馳走さま。明日も仕事だから、もう寝る。あなたは片付けしてから休んでね」
Bは弁当の中身を三分の一ほど残して、シャワーを浴びに行った。
Cは黙って弁当を食べ続け、しばらく考えてから片付けを始めた。
Cは市民税の納付書を受け取っていた
BがCの現在の姿に不満を持つのも、そして仕事で疲労して、精神的に余裕がないのも判らないでもない。しかし、自分の夢を追い掛けようと安定を捨てるのに、Bは反対せず、別れずこうやって一緒に暮らしている。愛情なのか、それまでの積み重ねを無駄にしたくないが為の執着なのか、言い難い。
刺々しくぶつかり合いながらも、今の暮らしは捨てらない。
Cはごみの分別をして洗う物は洗い、仕舞う場所に仕舞う。慣れないし、Bが点検すれば不合格と言い出しそうだが、なんとか台所の片付けを終えた。ついでに雑誌やダイレクトメールが来ているのを整理することにした。ダイレクトメールの中には市役所から届いた市民税のお知らせがあった。市民税は前の年の所得から計算されて、払うことになっていると知識として知ってはいても、今は仕事を辞めて、短期のアルバイトで収入を得ているCにとって、税金額は大きく、負担だ。なんとか、減免や納期の延長がないものか、ふと考えた。
明日になったら市役所に電話をしてみようと、Cは決めた。
明日もAは市役所の電話を受け取る。その中にCがおり、Cが不機嫌に用件を述べるか、丁寧に話すか、それとも女子職員をからかってみようとふざけてみるか、誰も知らない。




