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新世界の破壊針  作者: 魔桜
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00:06.肉食の咆哮

 木々の隙間を縫うようにして進んでいくが、枝や草木によって肌に裂傷が刻まれていく。

 障害物を大きく避ける余裕などない。

 ただ、指輪が消えていったであろう場所を目指してひた走る。

 他の二人も各々自分の大切なものを探すために散り散りになってしまったらしい。森の入り口で別れて以来、一度も目撃していない。――と。


 狼の『バク』が草を分けながら現れた。


 目の前の狼はただの狼ではない。蒸気のように全身から溢れる魔力がそれを証明している。

 グルゥウウと獰猛な唸りを上げると、四足で突進してくる。ただ前進してくるのではない。周囲に気流のようが生まれ、周りの草木を押しのけている。いや、これは……。

「ぐっ――」

 土埃に汚れながら横に転がる。標的を見失った狼の『バク』は木に衝突する。しかし、身体が木に接触するより前に、ずたずたに切り裂かれていた。

 ゆらり、とこちらに視線をスライドさせると、鎧のように纏っていた空気の刃を飛ばしてくる。

「あぶなっ!」

 ブシュッ、と避けきれずに切れてしまった制服の間から、少量の血が噴き出す。

 固い地面にも深い刻印をつける不可視の刃。

「これは――カマイタチ?」

 チギリの『特異魔法スペシャリテ』に類似した魔法だが、威力は低いようだ。

「だったらこれも部屋に閉じ込める!」

 泡を繰り出す。そうすれば、チギリの時と同様に、完全に封殺することができる。

 よしっ、とカマイタチを閉じ込めることに成功する。――だが、間髪入れずに飛来してきたカマイタチによって、泡の部屋が崩壊する。

「ちっ――」

 泡の部屋一つにつき、魔法も一つしか入れておくことができない。

 ヴァンの意志なければ、本来割れることはない泡の部屋。

 だが、無理やり二つの魔法を入れると容量オーバーで弾けてしまう。

 それが、魔力量の少ないヴァンの限界なのだ。

 そして狼の『バク』のカマイタチそのもの威力は低いが、チギリよりも連射できる魔法。

ならば、こちらも大きさにこだわらず、無数の泡を並べる。だけど、

「これだけの泡をものともせずに突っ込んでくる!?」

 小規模のカマイタチをぶつけてくる。泡の浮遊速度はそこまで速くない。

 野生の『バク』が泡の動きを見切るなど造作もないだろう。進行速度を見切って、必要なものだけを排除していく。

「調子に乗り過ぎだ、犬コロ」

 大量の泡で狼の『バク』の視界を遮って、ヴァンは肉薄する。遠距離で真価を発揮するタイプには、接近あるのみだ。接近し、そして拳を上から垂直に振り下ろす。――が、

「カマイタチの鎧を一瞬で纏って!?」

 殴りかかったこちらの拳が裂傷を受ける。泡で視界を遮って『してやったり』と罠にかけたつもりだったが、こちらの戦法を逆に利用されてしまった。向かってくることを予期して、防御にカマイタチの刃を回していたのだ。

 怯んだ隙に、カマイタチを発射される。

「やばい、やばい、やばい、やばい」

 できるだけ障害物の多い……木々の中を突っ切る。逃げるしかない。勝ち目がまるでないから、カマイタチを防ぐために適当に泡を撒き散らす。後ろを振り返って正確に泡を飛ばすなんて余裕はない。

 狼の『バク』は彷徨しながら追走してくる。カマイタチを飛ばしながらだというのに、あちらの方が足は速い。徐々に距離が詰められていく気配を感じる。手に汗握りながらも、希望を捨てずに走って――

「行き止まりまで……誘い込まれた」

 岩肌が立ちはだかる。洞窟の壁のようなものを登りきることは不可能だ。泡を階段代わりにするか? いや、そんな隙を追跡者が許すとは思えない。カマイタチの刃を避けさせて、この袋小路にまで追い込んだ。

 逃げていたつもりが、誘導されたのだ。

 狩りの専門家スペシャリスト相手には、生半可な策など通用しない。

 狼の『バク』は牙を剥き出しにしながら、追い込んでくる。

「俺じゃ、この『バク』に勝てない。だから――」

 こちらが狩られる兎だとしても、ただ逃げるだけじゃ能がない。逃走している間に種は蒔いていた。

こちらの最後の策が花開くかは相次次第だった。だが、


「後は頼んだぞ、チギリ」


 ちゃんと、こちらの残しておいたメッセージに気が付いてくれたチギリが横から飛び出してくる。

 不意を喰らった狼の『バク』は、そのまま彼女の剣技をまともに喰らって胴体が二つに別れる。そして、倒れた『バク』は煙のように体が消える。

「相変わらず勝手なことをいうな、お前は」

 大量に放っていた泡の中に、攻撃でも防御のためでもないものも含ませていた。

 見当違いの方向に放っていた泡の中に入れておいたのは『音』だ。

 強襲されていることが分かるように無駄に言葉を放ち、それを泡に閉じ込めた。逃走経路に泡をばら撒けば、それを聞き取った二人のうちのどちらかが助けてくれるといった手筈。……まあ、仮に助けの声が届いていたとしても、イリーブは無視していただろうが、どうやら賭けに勝ったようだ。

「まぐれとはいえ、この私に一撃を与えたのだ。そんなお前がこんな雑魚に後れを取るなど、あってはならないことだからな。助けてやったぞ」

「俺はお前みたいに戦闘マニアじゃないんだよ。魔法だけじゃなく、剣技まで鍛えるなんて、そんな奴お前ぐらいじゃないのか?」

「珍しいのは確かだな。魔導士は魔法至上主義の人間が多い。肉体よりも精神の向上に重きを置いている節がある」

 魔導士が格闘技や剣技に頼るのは邪道であり、そんな奴とは口も利きたくないという奴もいる。子どもでもできて当然の基礎魔法が使えないヴァンとは別の意味で、チギリは周りから変人扱いを受けている。

「だが、強い精神を得るためには強い肉体が必要不可欠だというのが、イヌブセ家の家訓だからな。なんだったら私がお前を調――鍛えてやってもいいぞ」

「今、調教って言おうとしただろ! 調教って! いったいどんなトラウマ俺に植え付ける気だ!」

 魔法の才能がないのなら、他の道を模索すればいい。

 そんなことは、とっくの昔に挑戦して、そして全て挫折した。

 どうやら自分は、とことん不器用なようだ。だからこそ、たった一つしか誇れないこと。つまり、『特異魔法スペシャリテ』だけで戦う決意ができた。

「……でも、悪いな。わざわざ助けに来てくれて。お前の大切なものはこっちじゃないんだろ?」

「いや、この方角であっている。というより、三つの黒い球は全てここに集まっている」

「……黒い球?」

「見えなかったのか? 君の指輪もそうだが、私達の大切なもの全てが黒い球に覆われて飛んで行っただろ?」

 全然見えなかったです、とは言いにくい雰囲気だったので、ああ、あれね、黒い球、黒い球、と嘯いておく。

「全てがばらけて飛んだとみせかけて、途中から微妙に軌道修正していた。恐らく、三つの黒い球は全て同じところにあると考えていい」

「攪乱させて、無駄足を踏ませるためか。……あいつが考えそうなことだ」

 二人並びながら歩いていると、そこには洞窟の入り口がぽっかりと空いていた。

 ひゅーひゅーと、風が靡く不気味な音が聴こえてくる。まるで獣が口を開いて獲物を呑み込もうとしているような入り口だった。

「……あの洞窟の中に黒い球が三つともあると私は思うが、ヴァンはどうだ?」

「俺も同意見だ。もっとも、黒い球だけじゃなくて、罠もてんこもりだろうけどな」

 洞窟内部に入れば、すぐに脱出することはできない。

 泡を斥候として送り込んで、中の安全を確かめてから潜るべきだ。

「慎重に行動しろ」

 チギリに言われるまでもない。が――ザザザザと脳を掻き毟るような雑音が、背後から忍び寄ってくる。

 これは、獣の足音。

 集まってきたのは大量の狼の『バク』。

 遠吠えで呼ばれたらしい狼達からは、先ほど倒したばかりの狼の『バク』と同程度の魔力を感じる。

 それが、四、五匹。……いや、もっと増えるかもしれない。

 ヴァンが泡で仲間を呼んだように、狼の『バク』は遠吠えで仲間を呼んでいたようだ。

「……あとは頼んだぞ、チギリ」

 踵を返して即座に駆ける。

 その後に続くのは、チギリ。

 流石に多勢に無勢だと割り切ったのか狼の群れに背を向ける。

「待て! さすがの私もあれだけの数を一人で相手をするのは骨だ! 貴様も戦ってもらうぞ! 主に私の盾としてな!」

 狼の『バク』の集団に追われながら、二人は闇の中へと吸い込まれるように駆けこんでいった。


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