こんな夢を観た「牛丼屋に立ち寄る」
駅前でばったり、志茂田ともると出くわす。
「やや、こんなところで会うとは奇遇ですね」志茂田は大げさに驚いてみせる。お互い近所なのだから、別に不思議でも何でもないのだが。
「お昼は食べた?」わたしは腹ぺこで仕方がなかった。
「まだですよ。どうです? そこの牛丼屋で何か食べませんか。今日は、わたしがおごらせていただきますから」
わたしたちは店に入っていった。
席に着くと、志茂田はメニューも見ずに注文をする。
「わたし、鴨肉牛丼」
「鴨肉牛丼? それって、鴨肉なの? それとも牛肉なの?」わたしは不思議に思って、志茂田に尋ねる。
「ははは、むぅにぃ君は面白いことをおっしゃる。もちろん、鴨肉味の牛肉じゃあ、ありませんか。この店の看板ですよ」
聞いたこともなかった。
わたしはメニューをめくったり戻ったりしながら、やっとのことで、
「すいませーん、牛丼の並をお願いしまーす」と声をかける。
「ずいぶんとお悩みだったようですが、その割りにはオーソドックスなものに決めましたね」志茂田が言う。他の人なら皮肉に聞こえるが、これが志茂田の普段の口調なのだった。
志茂田の「鴨肉牛丼」が運ばれてきた。見たところ、普通の牛丼と変わらない。
「それが鴨肉味なの?」わたしはさらに観察してみる。やはり、牛丼だ。
「見た目だけではわからないかもしれませんね。どうです、一切れ」
わたしは喜んで、肉をつまんで口に入れた。
「あ、ほんとだ。ただの牛肉とは違う。チキン味だねっ」
「いいえ、『鴨』です」志茂田はキッパリと断言する。
わたしの頼んだ牛丼もやって来た。
「お待たせしました」そう言って、店員がカウンターに丼をとんと置く。「こちら、前菜となります」
普通の牛丼をオードブルと称して持ってくるなんて、なかなかシャレの効いた牛丼屋だ。
けれど、それは冗談でも何でもなかった。
牛丼を食べ終わると、すぐに店員が器を下げ、代わりにスープを持ってやって来た。その後も、アイスクリーム、サーモンのソテー、フルーツの盛り合わせなど、続々と運ばれてくる。
「ちょっと待って。こんなの頼んでませんけどっ」慌てて店員を呼び止める。
けれど、店員はにこにこと営業スマイルを浮かべながら答えるのだった。
「いいえ、当店ではこれが『牛丼(並)』、380円(税込み)でございます」
「ねえねえ、志茂田。この店って、いつもこうなの?」マンゴーをフォークでつつきながら、わたしはひそひそと話す。
「今日は期間限定で特別サービスなんですよ。でもまあ、『大盛り』を頼まなくて正解でしたね。あれですと満漢全席ですから、今頃は大変なことになっているところでした」
ふう、危なかった。
志茂田にも手伝ってもらい、ようやく全ての料理を片づけることができた。
店員がつかつかとやって来て、わたしと志茂田の間に入る。
「では、食後の結婚式を執り行いますので……」
「えっ?!」わたしは腰を抜かすほど驚いた。
「結婚式ですよ、むぅにぃ君」志茂田がわたしの耳にそっとささやく。
「なんでっ? どうして、志茂田と結婚するのさっ?!」
店員はわたしの言葉などお構いなく、2人の手を固く結ばせる。
「では、こちらへどうぞ」
店員に導かれながら、わたし達は店の奥へと進んでいく。なんだか、もう断りきれない雰囲気だった。
わたしは、ふうっとため息をつき、
「ああ、まさか牛丼屋で結婚式を挙げるなんて」そう、つぶやいた。




