信じる心が音を奏でる。
冬童話2014参加作品です。
いつの間に信じることを忘れてしまったのでしょう。
過去と現在、子供から大人へと変わっていく心に今一度問いかけてみませんか?
少女はオレンジ色から藍色に変わっていく空を見上げていました。
『サンタさんはいつ来てくれるの?』
少女よりも幼い妹の瑠璃は両親に問いかけます。
『瑠璃ちゃんがいい子にしていたら、きっとサンタさんは来てくれるよ。』
どこのお家でも交わされる大人と子供の会話を、少女は小さく白い息を吐き出して思い出していました。
少女は現在11歳。
子供からほんの少しだけ現実が見えてくる年頃になり、心の底からサンタクロースを信じることが難しくなっていました。
信じたい心と、いないかもしれないと思う心。
曖昧な気持ちを小さな体に持て余して、苦しくて仕方がありません。
お母さんが今日は雪が降るかもしれないからあったかくしていなさいって言っていた。
小さい頃、真っ白でふわふわで綺麗な雪は、きっと神様からの贈り物だと信じていたし、綺麗な虹は雨の精が作り出した空へと続く橋だと思っていた。
あのキラキラ綺麗だった心は私から無くなってしまった。
妹の純真な姿を見ていると、私は悔しくて、羨ましくて、妬ましくて、どんどん苦しくなっていくの。
「サンタさん・・・。本当にいるなら、会いたいよ。」
木で出来た少し軋む窓を閉めて、ベッドに潜り込んだ私はぽつりと呟いた。
「起きて。ねぇ。お姉ちゃん。起きてよ。」
「瑠璃・・・?まだ外は暗いじゃない・・・もう少し寝かせてよ。」
「瑠璃ってだぁれ?私はみーちゃんだよ。」
いつの間にか眠ってしまった私を起こしたのは妹の瑠璃だと思っていたけど、みーちゃんって誰・・・?
慌てて体を起こして声の聞こえる方を確認すると、ベッドの脇に小さな女の子が立っていた。
見たこともない女の子なのに、どこか懐かしい。
「あなた・・・。こんなに遅くにどうやって家に入ったの?お父さんとお母さんは心配してないの?」
質問した私にぽかんとした顔をした『みーちゃん』という女の子は両手で口を隠して可愛らしく笑った。
「お姉ちゃん。変なの。大人みたいなこと言うんだもん。あはは。」
「大人・・・だよ。あなたよりは。」
「子供よ。」
「大人だよ。」
今度は言い切った私に、みーちゃんは興味を失ったように小さく『ふーん』と返事をすると、突然走って外へと飛び出していってしまった。
慌てて窓に駆け寄って外を見ると、いつの間にか雪が降っていたようで足跡をつけられるくらい積もっている。
そんな中、跳ねるように足跡を付けながら楽しそうに外を歩いている『みーちゃん』がいて、私の視線に気づくとピョンピョンと飛び跳ねて手招きしていた。
「もう・・・。寒いのにっ。」
チラリと見た時計は夜の11時を回っていて、11歳の私から見れば夜中だ。
パジャマだけで窓の傍に立っていたためにフルリと震えると、椅子にかけていたコートを羽織って玄関に向かうことにした。
「おねぇちゃーん。こっちこっち。」
「どこ行くの?待ってってば・・・。」
跳ねるように歩いていくみーちゃんを追いかけて雪景色の中をどんどん進んでいくけれど、不思議と誰ともすれ違わない。
もう・・・っっ。いい加減にして!!
そう思いながらも自分がどうしてこの小さな女の子を追いかけているのか必死に考えた。
面倒くさいなら放っておけばいいのに、あの『みーちゃん』という女の子の存在がどうしても気になってしまっている。
追いかけて行く風景の中、目に飛び込んでくるものは・・・。
いつの間にか来なくなってしまっていた小さな公園。
いつの間にか忘れてしまっていた遠くの町に行ってしまった大切なお友達と『また会おうね。きっとだよ。』と約束を交わした堤防。
お母さんが風邪を引いた時、『神様』にお願いしにきた小さな教会。
どんどん変わる風景の中、『みーちゃん』が立ち止まった場所・・・そこは。
『サンタさんはいるんだよ。ここに来ればきっと届くもん。』
思い出が、信じたものが、大切だったあったかいものたちが、フラッシュバックしたように目の前でチカチカと光を放つ。
ゆっくりと雪を踏みしめて『みーちゃん』の隣りに立つと、その大きな大きな樹を見上げる。
「ここ・・・。『願いの樹』・・・うん。」
にっこり笑って私の言葉を遮った言葉に私は静かに頷いた。
「あのね。ここの樹の根元にお手紙を埋めるとね。サンタさんにお手紙が届くの!」
「・・・そんなの。届かないよ。」
俯いて返した言葉に女の子はじっと私の顔を見上げて『いるんだもん』と簡単に言ってくれる。
「はい!おねーちゃん!!」
「え・・・?」
小さな手から渡されたのは古ぼけた1枚のクリスマスカード。
震える手で開いたカードには、ミミズの這ったような字で書かれた懐かしい文字。
文字も所々間違っていて、その文字を見て目を見開く。
『さんたさんえ。
さんたさん。
わたしに、いもーとをください。
せかいでいちばんの、いもーとがほしーです
いっぱい、たいせつにします』
震える指でなぞった文字から視線を下げると、女の子はにっこりと笑って言った。
「ね?サンタさんはいるんだよ?絶対いるんだよ!」
「・・・・。」
何も言えないでいる私の手を女の子は引っ張ると、小さな指で樹の上の方を指す。
「お姉ちゃんっ。ほら!!」
「・・・?何も、見えないけど・・・。樹がどうしたの?」
女の子はううんと首を振って言った。
「ちがうよ。もっともぉーっと上!それにほら、聞こえるでしょ?」
「上って・・・。何も見えないよ。それに何も聞こえ・・・な。」
聞こえないと言おうとした時、無音の中、樹の上空に大きな影が見えた。
じっと目を凝らして見ていると、どんどん近づいてくるのが分かる。
「サンタさんだよ!!トナカイさんも一緒だぁ!リンリンって綺麗な音も聞こえるよ」
「音・・・?私には聞こえない・・・。サンタさんも、トナカイさんも、見えないっ!」
大きな影しか見えない私は涙を瞳いっぱいに溢れさせてそれを拭うことも出来ずに見上げるけれど、サンタさんもトナカイさんも影しか見えなくて鈴の音も聞こえない。
「おねーちゃん。信じよう?」
「・・・え?」
女の子は私の手をきゅうっと握って不安そうに見上げてくる。
それはずっと笑顔だった『みーちゃん』が初めて見せる顔。
「ねぇ。信じよう?みーちゃんね、おねーちゃんみたいにサンタさんのこと見えなくなっちゃうの嫌だよ・・・。」
「見えなく・・・?あなた・・・。本当、に・・・?」
『みーちゃん』
私の名前は魅依・・・小さい頃は『みーちゃん』って呼ばれてた・・・。
だけど、そんなことって・・・本当にこの子は・・・私・・・?
不安そうに見上げてくる『みーちゃん』の頭の上にそっと手を乗せると、小さな小さな『みーちゃん』は、優しくほっとした顔で目を細めて笑ってくれた。
「信じる・・・よ。ごめんね・・・。」
「うんっ。ありがとう!『みーちゃん』!!」
小さい『みーちゃん』は、私のことを『みーちゃん』と呼んでくれた。
その時・・・。
シャンシャンシャンシャン・・・。
「っっ!!・・・聞こえる・・・。綺麗な鈴の・・・音色。」
「うんっ。綺麗だね!」
小さな鈴の音をいくつも重ねた音色は静かに私の胸を満たしていく。
いつまでも立ち尽くしていた私の手をふわりと握った小さな『私』は、ふにゃりと子供らしい笑顔を浮かべると。
「みーちゃん。もう大丈夫だねっ。」
「うん・・・。大丈夫。私は、大丈夫だよ。」
初めて笑顔を見せた私に満足したのか、小さな『私』は薄っすらの消えていく。
「未来で・・・待ってるからね。」
「うん。また会おうね!みーちゃんっ。」
家に辿り着くと家の電気が煌々と灯っていて、玄関前で小さな妹を抱いた両親が必死に私を探していた。
「みーちゃんっっ。魅依っっ。どこに行ってたのっ。」
「よかった・・・っ。体がすっかり冷たくなってるじゃないか・・・。」
「ねぇね。うわぁぁぁん・・・。」
駆け寄ってきた両親と泣き出してしまった妹に、嬉しい気持ちを抱えながら妹の頭に手を置くと、瑠璃はきょとんと涙のいっぱい溜まった目で私を見上げてきた。
ああ、可愛いなぁ・・・。
初めてそう思った。
「ねぇねはね。瑠璃のこと世界で1番だぁいすきだよ。」
その言葉に目を細めて笑った両親と、ふにゃりと小さな『私』が見せた笑顔と重なった瑠璃の笑顔に私の胸はとてもぽかぽか温かくなった。
あなたには失くしたものはありますか?
大切だったはずなのに、いつのまにか見えなくなってしまったキラキラ素敵に輝く宝物。
失くしたと思っていても、きっとあなたの心の中で眠っているだけ。
見つけて、思い出して・・・と、今も輝き続けているのでしょう。
大人になったからといって
純真でなくなったわけではありません。
大人になったからといって
信じる心がなくなったとは思わないでください。
いつでも、どこでも、誰の心の中でも
キラキラの宝物はあるのですから