8
「さて……部屋に行こうか」
「そうですね」
二人は部屋を出ると言われた通りに通路を右奥に進んでいくと、T字路に行き止まり、正面にはスモークが掛った一枚のガラスドアがあった。
「ここかな?」
俊一はドア横にあったカードリーダーにカードキーを通すと、電子音と共にドアのロックが解除された。
二人は中に入るとそこには、半円形上に並べられたソファと円卓に、ドア側の壁には液晶テレビが埋め込めており、右側には奥に入る形でキッチンがあった。
そして、入って正面と左側には二つずつドアがあった。
「どれだけの研究室だよ。これで小部屋って……」
「いつも大きい事が好きな人と母が言っていましたね」
「なるほどね。え~と……正面の部屋か」
一つ一つのドアの上には番号が振ってあり、正面の一つにはⅠと書かれているドアを開けると、一つの部屋で両サイドにはベッドが一つずつ置かれていた。
「完全に寝室スペースだな」
「ですね~。キッチンあったんで、ちょっと見てきますね」
「ん」
灯華は部屋を出てキッチンへと向かった。
「さて……」
ベッドに座るとポケットからUSB型のパソコンを取り出して起動させた。
「フランのようにはいかなけど……教えてもらった通りに動かしてみますか」
デスクトップにある一つのアイコンをクリックすると表のような一覧が出てきた。それは、朝方までフランと共に急ピッチで作った稼働中の衛星とアルトの軌道衛星上に待機している軍の宇宙船艦隊を一覧にしたソフトで名前の横には緑色で起動中の文字が浮かんでいた。
「それにしても一晩で作るとは……」
俊一は昨晩の事を思い出した……
「フラン。他に何か用意する物あるかなぁ?」
「ん~、そうだなぁ……」
それはもう深夜三時を回ろうとしていた頃だった。
灯華は起きる気配もなく爆睡しており、フランは自分とヤンのカバンを確認した。
「俺は一度帰宅して、PCの周辺機器とソフト・自作ツールだろ。ヤンのカバンは……って、手甲いれているんだよ!ってかなんで手甲持ってきているだよ」
「あ~、女の感かな??それに、いざ戦うとかになったらいるでしょ?フーちゃんのもあるよ」
「……本当だ。俺の分まである」
空手用のグローブに似た手甲で、二人の物は真っ黒なタイプだった。
ヤンは台所から夜食もテーブルへと運んできた。
「備えあればなんとやら。はい、ヤン特製の夜食です!夜中だから低カロリーな野菜サラダにしたよ」
「ありがとうさん。あれ?もう手甲が一個あるぞ?」
「あ~ほら、俊ちゃんにも教えた時に使ったやつ。家に置いてあったじゃん」
「うわっ、一年生の時か。懐かしい」
俊一はフランから同じ真っ黒な手甲を受け取った。
「懐かしいなぁ。護身術だっけ?教えたの?」
「そ。三人で同じの買ったついでに。まぁ買ったのもノリだったね」
「いまでも覚えている?」
ヤンは野菜スティクを食べながら聞いた。
「多分。体が訛ったら運動程度には練習していたし」
「ん。まぁ私達もいるから大丈夫だよ」
「なんとかするさぁ。さて、他には……エアカーのキーは予備ある?」
「確か……一個あるはずだけど……ちょっと待ってよ」
俊一は立ち上がり、テレビ横にあるシルバーラックの中段に置いてあった小箱を開けて探し始めた。
「ん~と……おっ、二個もあったわ。ほら」
小箱から取り出したのは、長さ二㎝ほどの棒状キーだった。
それをフランに投げ渡した。
「なんで予備が二個もあるんだよ?」
「元々だった気がしたけど……忘れた。それをどうするん?」
そう聞きながら元の位置に座るとフランは笑いながら答えた。
「誰かがすぐに運転しないとダメな時に。各時が持っていればキーの受け渡しとかのタイムロスが少なくて済むだろ?」
「まぁそうだけど……二人とも運転は大丈夫なの?」
「俺は時々運転しているよ。ヤンは……」
「ペーパーだよ。機会があれば乗る程度」
ヤンの言葉に二人はヒソヒソと話した。
「……ヤンだけには運転させないでくれよ」
「……大丈夫。俺もまだ命は捨てたくない」
「こらっ。何を話している?」
指を鳴らしているヤンを見たフランは慌てて話題を変えた。
「き・気にしないで!あっ!俊はプログラミングは出来るよな?」
「えっ!?あ・あぁそりゃね」
「人を馬鹿にして……まぁいいけど。学科で習う程度出来るの?」
「ん~……学科がそうだけど……」
「そうか、ヤンは知らないのか。俊は学科ではかなり有名なんだよ」
「えっ!?なにそれ?教えて!」
俊一は苦い顔をした。
「ヤンにならいいんじゃないか?」
「まぁね。俺の親父と母親が有名って言う話なんだよ」
「両親が?」
頭を掻いている俊一に代わりフランが言った。
「俊の両親は、アルトで有名なロボット工学の博士なんだよ。プログラミング関係やロボット工学関係も出来るんだよな?」
「父さんの手伝いもしていたし、研究は間近で見ていたからね」
「今回の事とか頼めないの?」
「……無理かな。どっかの研究所で夫婦揃って研究中だろうし」
野菜をポリポリと食べていたヤンは、
「なるほどね。一年の時にあまり講義室とかに学友とも話していなかったのね」
「色々あってね」
俊一も野菜を一つ取り、食べているとヤンは関係ない顔をしながら言った。
「そうなんだ。でも関係ないでしょ。俊ちゃんは俊ちゃん。それ以上でもそれ以下でもないんだからさ。じゃぁフーちゃんと同じぐらいの速度でプログラミングとか打ているの?」
「互角じゃね?あまり速打ちは見てないけど」
「出来ない事はないけど、プログラムハックはしない。なぁフラン?」
「なんのことやら~」
フランは口笛を吹いて別方向へと顔を逸らすと、二人は呆れたように笑った。「さて、本題だけど……一般の通信機器での惑星通信は遮断されているよね?」
指を立てながらフランは二人に質問した。
「あぁ。電話も電子メールも繋がらない状態だ」
「一般はね。けどこの状況かでも惑星通信をしている人達がいる。さて誰だ?」
「そんな人達は……あっ」
「なるほど。確かにあの人達なら出来るな」
二人は判ったらしくフランに微笑した。
「灯華ちゃんの話でもあった通り、政治家や軍が絡んでいる。ならその人達も出来ないのか?否、出来ている。だから灯華ちゃん達がタクトを脱出したのも判ってしまった」
「んで、それをどうするの?」
「俺が自作したソフトを少し変えて、現在タクトとアルトで惑星通信をしている建物や機器があるはすだ。それを一覧にして起動中の物を見つけ出す」
フランの提案にヤンはポカンとし、俊一は難しい顔をした。
「でも、惑星通信って言っても俺らが使っている衛星は起動してな……って、まさか……」
「そのまさか。元々タクトからの通信もあるからそれを傍受している物だけを割り出せばいいし、この状況化だと起動しているのは一部の惑星通信衛星と軍の宇宙艦隊のはず。それを使えばいいのさ」
ヤンは唖然としたが、俊一は焦った。
「待て!惑星通信衛星は使えるけど、軍の艦隊は難しいだろ!いや不可能だ!簡単にはいかないし短時間でも不可能に近い!」
「慌てるな。誰も直接は軍に行かないよ。俊。軍の艦隊から地上に通信する時はどうしている?」
「えっ?なにを?」
「いいから」
フランに押し切られるように俊一は質問に答えた。
「通信だから普通に電波でも飛ばしているから……」
「判った」
俊一が小声で答えを言っていると、横で聞いていたヤンが言った。
「ようは、艦隊と地上が通信するために起動している衛星から盗み聞きすればいいんだ」
「そういうこと。ちょっと調べたらやっぱり幾つかの主要な惑星通信衛星は中央センター以外の通信は遮断されて、起動はしてない。これはアルト内にいるハッカー対策なんだろうけど、一部の緊急用や観測用の衛星は起動している。これらは静止軌道などは中央が管理しているけど、地上との通信は別な場所で行われているし、ここらへは既に押さえられている。後は通信を傍受と起動中の艦隊を見つけ出す事。これらを見られて聞けるソフトを作る」
フランは一気に説明すると、俊一は聞いた。
「半分は出来ていると……ってことは、残り半分も制作中?」
「少しだけね。でも二人でかかれば完成出来る」
「……完成予定の時間は?」
「今から四時間強。朝の八時までには出来ている物にしたい」
その言葉に部屋は一瞬静かになった。
フランは苦笑いしながらも答えた。
「今回は灯華を助けたいし、それが人助けになるなら久々に本気だしますか!」
「OK!やりますか!」
二人は、拳と拳を合わせて話始めた。
それを見ていたヤンは、邪魔にならないように立ち上がり、灯華が寝ている部屋のドアを少しだけ開けて中を見た。
「……寝ているね。必ず力になるから今はゆっくり休んでね」
そう言うと静かにドアを閉めた。
「さて……また夜食でも作るか~」
体を上に伸ばしながら台所へと向い、作業は朝方までかかった。