7
次の日、四人は俊一のエアカーに乗りクラド大学へと向かった。
午後一に大学に着くと、ヤンの案内でミッド教授がいる研究所へと向かった。
向かった先は校舎内では無く、反対側にある造林へと歩き、造林内には舗装された道が続いていた。
「この造林も大学の敷地?」
「実験用兼自然保護の為の造林なんだよね~。学生も職員もまだまだ知らない部分あるみたいよ~」
「どれだけ広いんだよ……ここの大学は」
ヤンとフランが話しながら先頭を歩き、その後ろを俊一と灯華が続いて歩いてきたが、少しフラフラと歩いていた。灯華の服装はヤンが持ってきた黒のタートルネックにベルトが付いた白のカーディガンにスカート、二―ソックスと何とかサイズの合った靴だった。
「大丈夫か?灯華。ヤンから借りた靴のサイズ合ってない?」
「大丈夫。サイズは合っているんだけど……足が……」
「まだ疲れが取れてないのでは?昨日はちゃんと寝れた?」
「うん……少しは寝られたけど……足がフラつくよ」
「疲れが抜き切れてないのか……ほら、手を貸して」
灯華の左手を俊一は右手で繋いだ。
「えっ!いや、大丈夫ですよ!」
「いいから。転んでケガした大変だろ?転びそうだったら俺に寄り掛かってもいいから」
「……あ・ありがとうございます」
「ん」
灯華は赤面していたので、顔を少し俯きながら歩いていたが俊一も赤面した。
それから数十分あるくと、木々の間から二階建てのログハウス見えてきた。
「あ~!あれだ~!あそこだよ~!」
ヤンが見つけると後ろを振り返りながら叫んだ。
「結構歩いたなぁ~……」
歩き疲れたのか一息付きながらフランが言うと、俊一と灯華が少し遅れて歩いてきた。
「お~やっと着いた」
「歩き疲れました……」
二人が歩いてくるとヤンが言った。
「よし、ミッド教授に会いに行こう……って、二人はいつまで手を繋いでいるの?仲がいいよね~」
ヤンがニヤニヤと笑いながら言うと、二人はパッと手を離した。
「は・早く会いに行こう!」
「うん!行きましょう!」
俊一と灯華は足早とログハウスへ向かった。
「え~、そのままでもいいのに~」
笑いながら二人を弄っているヤンを見ながらフランは溜め息をついた。
四人はログハウスのドアの前で固まった。
そこにはドアには一枚の張り紙が貼っていた。
『立ち去れ!騒いだら殺す!』と紙に書かれている文章に四人は唖然としたが、ヤンは気を取り直して、ドアの横にあったインターフォンのボタンを押した。
「ヤン!大丈夫かよ!」
「ん?だって会わないと先に進めないし、これで帰ったらダメだよ」
「確かに……」
数回のコール音後、ログハウスの中からドアに向かって駆け寄ってくる足音が聞こえ、ドアのカギが開く音と共に勢いよく開くのと同時に、ドアを開けた人物は怒鳴り声を上げた。
「貴様らは張り紙も見えないのか!貴様らの話を聞く気など……」
いきなりの怒鳴り声で俊一達はその場で立ち尽くして、ドアを開けた人物は俊一達を見て怒鳴り声を途中で止めた。
その人物は、黒のロングヘアーにスラッとしたスタイルで白衣を着ていたが前ボタンを留めておらず、白衣の下はジーンズに黒のTシャツだった。
ヤンは、少し緊張しながら聞いた。
「あの……ミッド・ルーシェ教授でしょうか?」
「……学生か?」
「はい、教授にお話しがあって……」
「話?今日は休日だぞ」
男性口調の様に話すミッドは、タバコの煙を上へ吐くと四人を見渡した。
ヤンとフランがミッドの前に立ち、俊一は二人の後ろにおり、怒鳴り声で少し怯えたのか灯華は更に俊一の後ろに隠れて肩越しから顔だけを出した。
四人を見渡していたミッドは、怯えている灯華を見つけると驚いたように口からタバコを落とした。
「灯華……あんた灯華か!」
「えっ……、は・はい、そうですけど……」
おずおずと俊一の肩から様子を伺っていると、ミッドがヤンとフランの間を通り、灯華へと駆け寄った。
俊一はまだ怯えている灯華を後ろに隠すようにして、ミッドは二人の前で止まった。
「良かった!無事だったんだね。私の事は覚えているかい?」
「いいえ……母から写真を何度か見せて貰ったぐらいです。母は一番の大親友と言っていました」
「そうか……灯華と会ったのはまだ小さい頃だもんな。それにしても無事で良かった……」
「何か知っているんですか?」
ミッドは無言で一回頷くと俊一を見た。
「お前らが灯華を守っていたのか?」
俊一も無言で頷き、ミッドは後ろを振り返ると、ヤンとフランも同じく頷き、それを見たミッドは灯華振りかると、灯華は俊一の背中に隠れながら俊一の服を掴んでいた。
「……灯華はお前らを信用しているみたいだな」
タバコを拾い上げながらドアまで戻ると、四人に振り返って言った。
「四人とも中に入りなさい。何があったか説明して。私も話す事がある」
そう言うとミッドはログハウスの中に入って行った。
「どうする?灯ちゃん?」
「……行きます」
「ん。二人ともいいね?」
俊一とフランは頷き、ログハウス内へと入って行った。
中に入ると、部屋の真ん中にソファが四つ対面であり、壁側には大型の薄いシートが一枚張られていて、奥には天井の半分ンまで出たロフトへ行く階段もあり、ロフトの真下にはダイニングキッチンも備え付けてあった。
「取りあえず中に入りなさい。靴はそのままでいいから」
四人は中に入っていくと、ミッドはドアを閉めて鍵を掛けて言った。
「こっちだ」
ミッドはソファと反対側へと歩きだした。そちら側には細い通路で三つのドアが三方向にあった。
「部屋ですか?」
ヤンの問いかけにミッドは無言で一つのドアを開けた。
「中に入れば判る」
四人は不思議な顔をしながら案内された部屋に入ると、そこは二畳半ぐらいの物置だった。
「物置ですよ?」
顔を見合わせる四人にミッドはドアを閉めて、無言で白衣のポケットから小さいリモコンを出してボタンを押した。
部屋中に軽い振動が起きると下へと部屋が移動を始めた。
「エレベーターだ」
フランの言葉にミッドは新しいタバコ取り出すと火を付けて吸い始めた。
「上は只の泊まる為の場所。地下には私の研究所がある。まぁ大学の校舎内にも私の部屋があるけど、あの部屋こそ物置部屋。知っている人は少ないけどな」
四人は何も言えずにただ頷くだけだった。
数秒後、また部屋に軽い振動と共に止まり、ドアを開けるとミッドは言った。
「さぁ、中に入って。靴はそこの下駄箱に入れて、適当に座りなさい」
そこは、上のログハウスよりとても広く、奥からガラスの仕切りで区切られた実験室や資料で埋め尽くされた机などがあった。
靴を脱ぎミッドを先頭にエレベーターから降りると研究所内を歩くと、ガラス張りの部屋へと入った。そこは会議室だった。
それぞれが座るとミッドはタバコの灰を机にあった灰皿に落とした。
「さて……灯華。真奈は……お母さん達は無事なのか?」
「はい。今はアルトの研究施設にある病院に隔離されています……」
「政府関連か……」
「教授。灯ちゃんが来ていた入院服がこれです」
ヤンは持ってきた鞄の中から入院服を出してミッドに見せると、ミッドは顔をしかめた。
「チッ……政府関連とは考えたが、ここは政府直轄の研究所だ。しかも研究内容は最高機密になってやがる。大半が軍事研究だと聞いているな……」
ミッドは、机の上にあったリモコンを取って、ボタンを押すと正面の壁に画面が映った。
それは超薄型のTV画面で、ポスター程の薄さしかないタイプだった。
「灯華。この写真に研究所であった奴はいないかい?」
画面に出てきたのは灯華が見せてくれた集合写真で、全員が白衣を着ていた。
「え~と……あっ!この人!一番奥にいるこの男性です!」
灯華が示したのは、メガネをかけ頬は痩せ細っており、一人だけ笑わずに鋭く睨んだ目つきをしていた。
「……やっぱりなぁ……こいつが絡んでいるのか……」
「誰ですか?」
ヤンがミッドに聞くと、眉間にシワを寄せながら言った。
「細菌・感染症などの研究をしていた奴だ。名は桑島 ヒロト(くわじま ひろと)。タクト生まれで、奴の研究はいつも過激であまりにも危険性を含んだ内容だった」
「お母さんとお父さん……」
灯華の言葉にミッドは優しく声を掛けた。
「大丈夫だ。あの二人なら心配いらない」
「どれがお父さんなんですか?」
ヤンの問いかけにミッドは席を立って指を指した。
「あぁ、灯華の母親の後ろだ。まぁ真奈の周りにいる奴らは信用できる奴らだ。灯華、桑島は研究所で何と呼ばれていた?」
「……周りからは”主任”と呼ばれていましたけど……」
「チッ。あの時に潰しておくんだったな」
「あの時?」
俊一が聞き返すと、タバコの煙を吐くと口を開いた。
「この写真を撮った後、こいつはある研究論文をだした。『無害細菌から悪性細菌への変貌及び触発する細菌の開発』だ。最初は誰しもがバイオハザード防止やアウトブレイクした際の予防・防止と考えていたんだが……内容は全く違った。確か……ヤン。その論文は知っているか?」
「……はい。誰かの講義で、もっとも危険な論文で著作者も伏せられて教えられましたが、詳しい内容までは……」
「だろうな。学会どころか政府も危険の示唆をしたほどだった。内容は……バイオハザード指定の細菌を爆風などで成層圏まで運び、ある特定の無害な細菌を悪性に変異させる。というものだ」
ミッドの話を聞いていたヤンは声を上げた。
「待ってください!普通なら高温度の爆風や酸素が少ない成層圏で細菌は消滅か活動ができないはずです!それにバイオハザード指定でもセーフティレベルで止められるはずです!」
ヤンの質問に、ミッドは黙り他の三人はあまり理解出来てなく、フランは恐る恐る聞いた。
「……ヤン。それってどういう意味なの?セーフティレベルとか……」
「えっ!あ……ごめん。細菌って普通なら高温度・低酸素では、活動停止及び消滅して、バイオセーフティーっていう危機管理を行われているの。もしこの論文通りだとバイオセーフティレベル4以上の病原菌だけど……高温度と低酸素で活動できる細菌なんて……片手で数えられるはず……ですよね?教授?」
「その通りだ。ヤン」
黙って聞いていたミッドは笑いながら言った。
「三年なら少しは知識あると思っていたが、説明も知識も上出来の部類だ。四年はうちの研究室に来な。今年はお前に決定する」
「えっ……こんな説明で……」
ヤンはポカンとした顔をしながら三人を見ると、三人も唖然としていた。
「私が気に入ればそれでいいんだ。さて、難しい話で頭が混乱していると思うが、ようは超が付くほどの細菌を使ってバイオハザード、つまり生物災害を引き起こした。ただ、ヤンが言う通りに高温度・低酸素で活動出来る細菌は少ない。しかも悪性になると無に等しいが……古細菌を知っているか?」
その言葉に灯華が反応した。
「父や母が言っていた記憶があります。タクトの……まだ地球と言われていた時代に発見された生命の起源に近い菌で、海底火山の近くで発見されたと……」
「超好熱古細菌!アーキアですね!教授」
「その通り。ヤンは判ったみたいだな。え~と、お前。俊一だったか?」
ミッドはタバコで俊一を指した。俊一は驚きながら返事をした。
「は・はい!そうです」
「質問だ。海底火山は聞いた事あるな?」
「はい。地上にある火山の海バージョンで、島が出来る要因の一つだと」
「一般常識だな。そしたら海底火山付近はどんな状態だ?深く考えるなよ」
「え~と……海底だから水圧は高いし酸素も少ない。高温で……あっ!」
俊一はある事に気づき、それは灯華やフランも同じだった。
「そうか!熱にも強いし酸素もない場所でも生息している菌なんだ!」
「うむ。少し加えると、アーキアは極限環境といわれる普通では生息出来ない場所にいて、生物としても認定されている。海底火山近くだからメタン・硫黄・二酸化炭素など酸素が極端になく、しかも高熱・高温度でも生息するやつで、地球誕生や生物の誕生の秘密を握っている。原始菌とも言われているな」
四人はミッドの解説に頷きながら聞き、ミッドは話を進めた。
「このアーキア……論文では古細菌と書いてあるが、古細菌と数種類の病原体とを合成して新しい細菌を作り出す。それが野郎の研究論文だったんだよ」
「じゃぁ……その数種類の病原体って……まさか」
「ヤンの思っている通りだ。バイオセーフティーレベル4に相当する菌類の遺伝子を組み合わせ、さらに古細菌の特性を持った新しい細菌だ。そこに新しくアルト特有のカイブを使ったんだろう。あれも真空状態だった火星時代の極限環境の土中に含まれていたし、悪性どころか超悪性と言った方が正しい。感染症・バイオレベルも4以上だな。これのワクチンを精製できるのは……灯華。お前さんの父親と母親ぐらいだろう」
「ひとつ聞きたいのですが……」
フランが手を挙げた。
「なんだ?」
「灯華ちゃんの話だと無害のバクテリアと反応して悪性になると……もしその新しい細菌を作ったらならそのままバラまけばいいのでは?」
「いい質問だ。確かにこの超悪性細菌を使えばいいが……弱点があるんだよ」
「弱点?」
「簡単な話さ。あまりにも強力しすぎて、活動時間が極端に短いんだよ。その時間もたったの2分。地上や上空で撒いても菌の約90%が死滅する。じゃぁ活動時間を延ばすには?死滅しないようには?そう考えた奴は、他細菌の遺伝子と結合して無害から超悪性細菌に変異させ、活動時間も大幅に延ばした。数日は持つだろうな」
その話に四人は唖然とした。ミッドは新しいタバコに火を付けて煙を吐くと、頭を掻きながら言った。
「ただなぁ……どのようにして無害な細菌から有害になるかだが……」
「それって、DNAとかですか?」
「まぁそうだな」
俊一は、灯華から預かっていた超薄型のホログラフィー機をテーブルの上に出した。
「なんだそれは?」
「灯華が持っていた物です」
「はい。母と父から預かりました。判る人に見せるようにと」
「何が入っている?」
灯華は超薄型のホログラフィー機を操作すると、家で出たDNAの二重らせんと、二重らせんの一部と外から入ってきた一つのらせんと合わさった瞬間、二重らせんは赤くなり『DANGER(危険)』と『Risk.FOUR(リスク4)』と出て、次に何かの塩基配列図と英文が出てきた。
「おい……これは……さっき言った無害から有害へと変わる時の立体構造だぞ。しかもこの塩基配列図は、超悪性細菌の塩基配列にワクチンを作る際の精製方法も途中まで書いてある!」
「えっ!それは……」
タバコの火を灰皿で消すと、立ち上がって言った。
「灯華!お前の両親は一時的なワクチンと同時に超悪性細菌のゲノム解析を八割の解析を終えている!しかもワクチン精製もだ!ゲノム解析さえ終われば完璧なワクチンを作れるぞ!」
「それじゃ……」
「これを今一度見せてくれ!ヤン!お前も手伝え!」
「あっ……はいっ!フランも手伝って!」
「了解!」
三人は部屋を出ようとした時にミッドは、白衣のポケットから一枚のカードキーを取り出して俊一に放り投げた。
「二人は休んでいてくれ。ここから出て右奥に行けば、小部屋があるから中にあるゲストルームの1番部屋を使用してくれ。二人部屋になっているから広いはずだ」
「あっ、判りました」
カードキーを受け取ると早々と部屋を出て行った。