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強欲のイグナート  作者: 霧島樹


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第九十八話「既得権益」

「受け取ってください」

「いやいや、受け取れんよ」


 ベックマンの屋敷に着いたあと。

 俺は改めてベックマンに昨日のことを謝罪して、慰謝料として大金貨百枚を彼に渡そうとしていた。


「いえ、勘違いしていたとはいえ、私があなたに対してした行為は決して許されることではありません。どうか受け取ってください」

「ハハハ、マリィもかなり気が強いところはあるが、キミも中々に強情だな。だがそれは受け取れんよ。言っただろう? 愛するマリィを助けようとしてくれたんだ。感謝こそすれど謝罪なんて求めない、と。あれが偽らざるワシの本心だよ」

「でも……」

「だが、そうだな。それじゃキミの気が済まないというのなら、キミから何かアイディアを提供してもらおうかな?」

「アイディア、ですか?」

「ああ。ワシは昔から人に欲しい物、あったら便利だと思う物を聞いて、それを商品化することにより成功を収めてきた。すぐれたアイディアだったら大金で買い取ることもしばしばある」

「なるほど」


 物や金ではなくアイディアという形だったら俺も直接的には損をしないから、ベックマン的には大丈夫だということか。

 顔がガマガエルで悪徳商人的な見た目と反して、本当に紳士な男である。


「なに、そんな難しく考えなくとも大丈夫だよ。なんでもいいし、今思いつかなかったら、思いついてから教えてくれてもいい」

「いえ、大丈夫です。ちょうど商品化してほしいアイディアがありました」


 俺はそう言って意識を集中し、『水寝台(ウォーターベッド)』と『水長椅子(ウォーターソファ)』を作り出した。


「こ、これは……素晴らしい寝心地……そして素晴らしい座り心地だ……!」

「この感触を再現できれば、相当売れると思うのですが……商品化は難しいでしょうか?」

「そうだな、開発自体、相当難しいのは間違いないだろうが……いや、だがこれは売れる! 売れるぞ! 大ヒット間違いなしだ!」


 懐から手帳を取り出し、そこに猛烈な勢いで次々とメモを書き込んでいくベックマン。

 どうやら俺に気を使っているわけではなく、本当にこのアイディアは気に入ってもらえたようだ。


「あとは……そうですね、これはアイディアではなく質問になりますが、なぜ王国には時計が殆どないのでしょうか? 売れば相当な利益になると思うのですが」

「時計?」


 ベックマンは『水寝台(ウォーターベッド)』の上で飛び跳ねながら俺の言葉を反復した。

 ……それはそういう使い方をするものではないのだが。


「時計ならあるじゃないか。我が商会でも火時計、水時計、砂時計……様々な種類を取り扱っているが?」

「ええと、少し言葉が足りませんでした。そうではなく、こう、円盤の中央に短い針と長い針がついて、時間経過と共にそれらが動くようなものです。帝国では見かけたのですが」


 そう、これは頭の片隅でずっと疑問に思っていたのだ。

 なにやら聞くところによると、最近では魔導機械というものが発達してきているようで、まだ普及はしていないが帝国では銃や自動車的な物も開発されているらしい。

 帝国ではそれだけ技術が進歩しているのに、片や王国では一般的に使用されている時計が火時計。

 これはどう考えてもおかしいだろう。


「ああ、針式はりしき時計か。あれはだね、帝国が販売している魔石時計にしか使えないんだ。それに加えて使用許可も、帝国の公共機関や一部の上級貴族しか下りないようになってる」

「なるほど。それはなぜですか?」

「確か大昔、人類が愚かにも時を操ろうとして神々の怒りを買い、一度滅んだ時の教訓として正確に時を刻むすべを放棄した……って話なんだが、なんだったかな、そのあと新たに時の神様をたてまつって、許してもらったんだったかな。ワシもあまりよく覚えてないんだが」

「はあ……」

「それで、時を刻むことを許してもらったのはいいんだが、まあ自制しようって話で、一番正確に時を刻める針式の魔石時計は帝国の公共機関か、もしくは時の神殿に大量の募金をした帝国の上級貴族以外は使用できない形となっているんだよ。だから帝国で針式時計を使用できる、というのは上級貴族の中でも一種のステータスになっているらしい」

「それって……なんというか、不公平な話ですね、たかが時計なのに」

「ハハハ、それは誰しもが思ってるよ。時を操るなんて神業ならともかく、いくら正確な時計を使ったところでバチなんて当たるはずがないからな。なんてことない、いくつもある帝国の既得権益のひとつに過ぎないさ」

「なるほど」


 帝国の既得権益か。

 しかし、いくらなんでも針式時計を独占販売ってのはやりすぎだろ。


「すみません、少し席を外しても大丈夫ですか?」

「ああ、構わないよ」


 ベックマンが目配せすると、近くで待機していたメイドも俺と一緒に部屋から出た。


「お手洗いの場所はこちらです」

「あ、ありがとうございます」


 俺の前を先導し始めたメイドについていく。

 さっきの目配せはこういうことだったのか。

 さすが紳士ベックマンだな。直接言わずともメイドに意図を汲ませるとは。

 とはいえ、俺は別にトイレへ行きたかったわけではないのだが。


「えーと……あれ、これどうやって使えば……」


 案内された洗面所の中で無限袋からギルドカードを取り出し、適当にいじりまくる。


「あ……これで掛けれたか……?」

『ジル・ニトラだ。どうしたイグナート』

「って出るの早っ!」

『他ならぬキミからの連絡だからね。どうやら声が変わっているようだが……真実の指輪はもう使ったのかな?』

「ああ、使ったぜ。変身後の姿は見事に俺の意図に反した形だったがな」

『ふむ? 確かキミの望みは普通の体格の人間に変身することだったと思うが、何か不都合でもあったか? 治療中にキミの魂の形を見る限りでは、まともな人間だったと記憶しているが』

「いや、確かにまともな人間なんだけどよ……声を聞いてわかるだろ? 性別が変わってんだよ。女になってんだ」

『ふむ……それで、何か問題でも?』

「大ありだろ! 大問題だ! 俺は男なんだよ! 女じゃねぇ!」

『ああ、なるほど、そうか。人間にとってはそこそこ重要な要素であったか、性別とは』

「わかってくれたか」


 性別の重要度はそこそこってレベルじゃねぇけどな。


『ふむ、だがしかし、代わりの神器を寄こせと言われても困るぞ。私の蔵にはそういった神器は無かったし、私が作れる変身系の神器はそれが限界だ』

「ああ、だと思ったよ。だから今日はそれがメインの連絡じゃねぇんだ。神器が俺の意に沿わなかった代わりってわけじゃないんだが、頼み事があってな」

『ほう、なにかな? なんでも言ってくれたまえ。キミは私のお気に入りだ。できる限りのことはしよう』

「おう、実はな……」


 俺はジル・ニトラに針式時計とベックマンのことを話した。










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