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強欲のイグナート  作者: 霧島樹


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第九十ニ話「覚悟」

 スフィを置き去りにして通路を駆け抜け、悲鳴が聞こえてきた部屋へ入ると、そこには無数の魔物たちに囲まれた冒険者風の男がいた。


「うわあああ! 助けてくれぇ!」


 これは出し惜しみしてる場合じゃない!


「私の後ろに隠れて!」


『縮地』で男の前に移動し、すぐ防御網として自分たちを囲むよう紫電のドームを形作る。

 そしてその紫電を、全方位に向けて一気に雷撃として放出させる――!


「『放電ディスチャージ』!」


 いくつもの迸る雷撃が宙に浮いていた『邪悪な目玉(イビルアイ)』を貫き、周囲を取り囲んでいた『邪悪な蛙(イビルトード)』を焼き殺していく。


「ひいい……」

「もう、大丈夫ですよ」


 頭を抱えてちぢこまる金髪の男に声を掛ける。


「あ……ありがとう! なんて礼を言ったらいいか……!」

「礼には及びません。ただ通りすがっただけですから」

「そういうわけにもいかないよ! そ、そうだ! ボクの家に(まね)くよ! 歓迎するから!」

「いえ、本当にお気になさらず」

「え、遠慮しないで! ボク自身はともかく、実家は結構お金持ちだからさ!」


 立ち上がりながら頭を掻く金髪の男。


「あはは……でも、その前に無事帰らなきゃいけないんだけどね……」

地下迷宮(ダンジョン)の出口まで送りましょうか?」

「あ、いいかな? 悪いね、何から何まで……」

「いえ、困った時はお互い様……っ!?」


 会話の途中で突然、金髪の男がこちらへ向けて剣を横薙ぎに振るってきた。

 それをギリギリのところでバックステップにより避ける。


「いったいなにを……!?」

「あ……あれ? ご、ごめん、おかしいな、なんでボク……ぐあ!?」


 困惑の表情を見せる男の左胸を、俺の背後から飛んできた水のビームが貫いた。


「離れなさいミコト」

「スフィさん!?」

「そいつはもう、死んでるわ」


 右手をピストルの形にして、人差し指で男を狙うスフィ。


「死んでるって……」

「一緒にパーティを組んでた冒険者たちの証言があるのよ。魔物に生きたまま喰われたって。外見の特徴も一致してる」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ……ボクが死んでるって……そんなわけ……」

「じゃあ、アナタの『それ』はなに?」

「え……?」


 男が自分の左胸を見る。


「……なんだよ、なんともなって、ないじゃないか」

「……そう、アナタには、『それ』が普通なのね」


 水のビームによって貫かれた男の左胸。

 その空いた穴からはいくつもの小さな目がついた、無数の触手が這い出て、うごめいていた。


「だから、なに言ってるんだよ。なんにもおかしなところなんて……ひい!?」


 男の頭に向けて放たれた水のビームを、俺はアニマを込めた剣の鞘で受け止めた。


「ミコト……どういうつもり?」

「それはまだ、待ってください」

「待てない。そいつはもう」

「まだわかりません」

「魔物相手に背を向けて、アナタ……死ぬつもり?」

「私は、死にません」


 そう言って俺は今まで抑えていたアニマを一気に解放した。

 その波動によりゴウッ、と周囲の空気が風となる。


「あ、アナタ……」

「大丈夫です。私にやらせてください」


 驚愕の顔で固まったスフィに背を向けて、今度は男に向き直る。


「後ろを向いて、目を閉じてください」

「あ……う……ぼ、ボクは……」

「私を信じてください。お願いします」

「う…………」


 男は自分の左胸を押さえ、深呼吸した。


「わ……わかったよ。キミは、ボクの恩人だ。ボクはキミに従うよ」

「……ありがとうございます」


 男はゆっくりとこちらに背を向けた。

 そして俺は……男に悟られないようゆっくりと、鞘から剣を抜いた。


「…………」

「あ、あはは……よくわからないけど、なんだか変なことになっちゃったなぁ……」

「…………」

「こう見えてもボク、もうBランク上位なんだよ? まあ、仲間におんぶに抱っこなところはあるけどさ、それでも結構今までがんばってきたんだ、これでも……」

「…………」

「ここで特大の魔結晶でも持ち帰れば、父さんも母さんもボクを認めてくれると思ったんだけど……あはは……なんだか、疲れちゃったなぁ……」

「…………」

「仲間はボクを置いて逃げちゃうし……帰ったら、もう冒険者はやめて家の手伝いでもしようかな。領地経営なんて仕事ボクには向いてないと思ったけど、少なくとも命の危険はないからさ。ああ、でも兄貴には色々言われるだろうなぁ……」

「…………っ」


 剣を持つ手が震える。


 本当に、俺が今やろうとしていることは正しいのか?

 他にもっと方法があるんじゃないか?

 成功するのか?

 失敗したら?


 心臓の音がやけに大きく聞こえる。

 ひたいを一筋の汗が流れる。


「でもボク……やっぱり死にたくないから……家に帰らなきゃ……父さんも母さんも心配してる……仲間はボクを置いてったけど……逃げちゃったけど……裏切ったけど……あぁ……でもやっぱり……」


 男の背中。

 その貫かれた傷口に目玉が生えて――『それ』が、俺の剣をギョロリと見やった。


「キミも、ボクを裏切るの?」

「……っ!?」


 男が小さく呟いた瞬間、彼の両手が紫色の触手へと変わり、俺に向かって襲い掛かってきた。


「ミコト!?」

「……大丈夫です。スフィさんは、手を出さないでください」


 すんでのところで触手を避けて、今や完全なる魔物となった男を見上げる。


「みんな……なんで……仲間なのに……ボクを……見捨てた……誰か……助けて……」

「……ごめんなさい。私は、躊躇すべきではありませんでした」


 部屋の天井近くまで巨大化した男の体は、もはや人の原型を留めてなかった。


 無数の触手と目玉で構成された紫色の肉塊。

 その天辺に男の頭部だけは原型を留めたまま、アンバランスな状態で乗っかっていた。


「あぁ、あぁ……今、帰るよ……父さんに……母さんに……謝らなくちゃ……」


 ブツブツと、夢現ゆめうつつな状態で呟く男の頭部。


 こういった場面はいつか来ると想定していた。

 幾度と無く想像して、覚悟を決めていたはずだった。

 迷えば迷うほど、選択肢は狭まっていく。

 ……だから。


「だからもう……迷わない」

「ア゛アアァアアァアアアァアアァアアァアァアア!!」


 男が上げる悲鳴のような声と共に、無数の触手がこちらに向かって襲い掛かってくる。

 それを無視して思い切り跳躍し、そして――


「ア゛アァアァ……?」


 ――俺は、男の首を斬り飛ばした。










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