第九十一話「頑固」
だが、数十匹の『邪悪な目玉』をひとりで殲滅した実力は認めてくれたのだろう。
そのあと通路を進んでいる最中、先んじて魔物の存在を感知した俺が『ひとりで戦わせてほしい』と言えば、そのたびに先を譲ってくれた。
そして何度か目の中部屋に入り、『邪悪な蛙』と呼ばれる目がない巨大な蛙型魔物を三十匹近く斬り捨てたあと。
「アナタって……本当に人間?」
「はい?」
足元に広がる無数の死骸を眺めながら、スフィが部屋の中に入ってくる。
「もう最初の方から含めて合計百匹以上はひとりで相手してるじゃない。疲れないの? アナタ?」
「疲れませんね。私、タフさが取り柄なので」
「……そう。でも、いくらアナタが先行して魔物を倒そうと、依頼報酬の折半はしないから」
「え? ……あー、はい。それはもちろん。私が好きにやってることですので。私も自分の依頼がありますし、特にスフィさんへ報酬を請求したりはしないですよ」
「ええ、当然ね」
「はい」
確認するまでもないようなことだと思うが……なんだろう。
そんな気にするってことは、なにかお金が必要な事情でもあるのだろうか。
「ここで道が分かれているようね」
スフィが部屋の向こう側を見て呟いた。
その視線の先にはこれまでの一本道とは違い、二手に分かれた通路があった。
「そうですね」
「ここからは別々の道を行きましょう」
「わかりま……え? なぜですか?」
「その方が効率がいいからよ。アナタ、受けている依頼はどんな内容なの?」
「この地下迷宮奥地で取れる魔石、及び魔結晶の採取ですけど……」
「そう……わたしの依頼はこの地下迷宮で死んだとされる、冒険者の遺品探しよ。二人ともに目的とする物が違うのだから、それぞれ違う道を行く方が効率的でしょう? もし互いが進んだ先で見つけた物が目当ての物じゃなかったら、あとで交換すればいいんだから」
「それは……そうですけど」
「こういった状況下ではパーティを組んでなくとも、互いの利益になるよう協力し合うのが冒険者よ。それともなにか不満があるの?」
「いえ、不満とかはありません」
「それじゃ決まりね。アナタは行く先で冒険者の遺品と思われる剣があったら拾ってきて。わたしも行く先で魔石と魔結晶があったらできる限り採取するから」
スフィはそう言って左側の通路を選び、さっさと先を行ってしまった。
行動が早い。
「そうすると俺は右か。……と、その前に」
俺は無限袋からフライパンを取り出した。
別に今ここで料理を始めるわけではない。
スフィはどうしたのか知らないが、地下迷宮で分かれ道があったら目印を作るのが基本らしいからな。
俺はこのフライパンを目印として置いておくつもりなのだ。
しかし、二手に別れる方が効率が良いのはわかるんだが、あの子をひとりで行かせるのは少し心配なんだよな。
俺なんかよりどう考えてもあの子の方が生き急いでるし。
「よし」
ささっと奥まで行って目的のブツを拾ったら、俺もスフィの後を追うとするか。
◯
「まずいな……」
俺は右側の通路を風魔法で飛びながら超ハイスピードで移動し、かなり奥地へ進んで無事、魔石及び魔結晶を採取していた。
ちなみに魔物は基本無視しながら移動した。
採取する際に邪魔だった魔物は『地獄の業火』で一掃したから、時間は通常より大分短縮したはずだ。
だがしかし、それでもここまで来るのに相当な時間を掛けてしまった。
なぜなら途中で何度も道が分かれて、その度に奥まで進んでは引き返すハメになっていたからだ。
「……大丈夫かね、スフィは」
俺は途中からスフィのことがどんどん心配になってきていた。
なぜなら魔石及び魔結晶を採取している最中、『邪悪な蛙』に無数の目玉がついた触手が大量に生えた、異様な魔物を何匹か見つけていたからだ。
俺の場合は見つけたと同時に『地獄の業火』で片付けているからなんてことはないのだが……パッと見たところあの、無数の目玉がついた触手が『邪悪な蛙』に取り付いて操っているような感じに見えるから怖い。
なんで怖いかっていうと、この世界的に存在するいわゆる寄生型っぽい魔物ってのは大体が人間にも取り付けるようなヤツばっかりだからだ。
つまり近接戦闘は命取りってタイプである。
『渇望の地下迷宮』にあんな魔物が出るなんて情報は見たことも聞いたこともないから、新種か、もしくは変異種か……いずれにせよ不安要素でしかない。
スフィは水魔法も凄まじいが、基本は剣士だからな。
「何事も無ければいいが」
魔石及び魔結晶を無限袋に手当たり次第詰め込んだあと、俺は今まで来た道を高速飛行で引き返していた。
そして二手に分かれる部屋に目印として置いておいたフライパンを回収したのち、今度はスフィが進んだ左側の通路を高速飛行で進んでいく。
「うっ……今のは……」
高速飛行で通り過ぎて行く大部屋のひとつに、足場もないほどの魔物の死骸が敷き詰められた部屋があった。
スフィ、あんな数の魔物をまともに相手したのか。
それでも全滅させている限りさすが周囲から天才と呼ばれるだけのことはあるが……。
「くっ、分かれ道か!」
いくつか部屋を進んだら、当然のように分かれ道があった。
嫌な予感がするな……無理はしないでくれよ、スフィ!
◯
高速飛行で分かれ道を進んでは戻り、進んでは戻りを繰り返し、俺はやっと先を進むスフィに追いついた。
案の定、満身創痍で大量の魔物に囲まれていたので即座に俺も加勢して、その場はなんとか事なきを得た。
……が、しかし。
「バカですか、あなたは」
「バカって……アナタ、先輩冒険者に向かって……」
「先輩だろうとなんだろうとバカはバカです」
アニマは弱々しく、体もボロボロになっても尚、スフィは先に進もうとした。
「自分の体を見てください。引き際もわからないんですか?」
「……うるさいっ!」
俺を突き飛ばし、先へ進もうとするスフィ。
「もう……時間が、ないのよ……わたしには……!」
「…………わかりました」
「なにがっ……」
「私が行きます。そして冒険者の遺品を取ってきます」
「……アナタ、なにが目的なの?」
「目的なんてありません。明らかに自殺しに行くような人を、ただ見過ごしてはおけないだけです」
「…………甘い言葉には裏がある。そんなの信用できないわね」
「スフィさん……」
「わたし、人に借りを作りたくないから」
そう言って先に進もうとするスフィ。
……ああ、もう、頑固なヤツだな!
「わかりました。それじゃあ……」
仕方なく、俺が譲歩案を口に出そうとした次の瞬間。
通路の奥から、若い男のモノと思われる悲鳴が聞こえてきた。
「なっ……人が!?」
「あ……アナタ、待ちなさい!」
俺はスフィの制止を振り切って、声の元へと疾走して行った。




