第九十話「剣技」
覗き込んだ通路の先。
大部屋の中央には、大量の『邪悪な目玉』を相手に剣を振るう水色髪の長身少女、スフィがいた。
「っ! あぶっ……なくはない……か?」
大量の『邪悪な目玉』を相手取るも、あくまでその剣技は優美。
あまりの物量に回避行動を余儀なくされてはいるようだが、だからといって彼女の剣は一瞬たりとも止まらない。
彼女に近づいた『邪悪な目玉』は瞬きする間もなく次々と斬り落とされていく。
……この中へ助太刀しに行ったら逆に邪魔してしまいそうだ。
「うわ……」
『邪悪な目玉』の群れもこのままじゃただ数を減らすだけだと悟ったのか。
それぞれの固体が連なり、まるで巨大な槍のような形状になった。
そしてその槍が部屋の端から、スフィに向かって飛翔する――!
……と、思いきや。
飛翔する直前に、スフィの両手から放たれた巨大な水のレーザーがその槍をまるっと飲み込みぶっ潰した。
すげぇ。
「……っ」
さすがに疲れたのか、その場にしゃがみ込んでしまうスフィ。
だが撃ち漏らしたのか、それとも隠れていたのか、彼女の背後から三匹の『邪悪な目玉』が音もなく襲い掛かった。
「っ!?」
「……っと、間に合った」
俺は三匹の『邪悪な目玉』を瞬殺した。
『縮地』からの三連斬、なんとか成功。
「大丈夫ですか?」
「……助けてなんて、言ってない」
立ち上がり、剣を鞘に収めながら冷たく言い放つスフィ。
「あんなザコ、いくら不意打ちされても痛くも痒くもない。勝手な真似しないで」
「それは……失礼しました」
確かに助けてとは言われてないし、三匹程度なら不意打ちされても大したことなかったかもしれない。
なんだか『関わらないでオーラ』が凄いし、余計なお世話だったか。
「以後、気をつけます。それでは」
スフィに対して小さくお辞儀してから先を進む。
彼女は疲労がピークに達しているようなので若干心配なのだが、なに、俺がこの先で出てくる魔物を片っ端から片付けていけば問題ないだろう。
そんなことを考えながら大部屋から出ようとすると、
「待って!」
背後のスフィから呼び止められた。
「……なんでしょうか?」
「アナタ……なんで、そんなに生き急ぐの?」
「…………はい?」
「とぼけないで。わたし以上のペースでランクを上げてるじゃない。そんなの正気じゃない。アナタ……死にたいの?」
ケガでもしたのだろうか。
左脇腹辺りを右手で押さえながら、ギラギラとした視線をこちらに向けるスフィ。
怖い。
「いえ……私は死にたくありません」
「じゃあ勝手に先行するのはやめて、わたしの後をついて来て」
「ええと……あの……」
それだと俺が魔物相手に全力で無双できないんですが。
「なにか文句あるの?」
「……ないです」
目が怖いよ、目が。
「そう。……じゃあ、行くよ」
脇腹を押さえながら歩き出すスフィ。
……ううむ、眼力が凄くて思わず頷いてしまったが、この子ケガしてるんだよな、多分。
出力を絞ってバレないように回復魔法でも掛けとくか。
意識を集中して、細々と。
「後ろ!!」
「はい!?」
回復魔法を掛けてたら突然、スフィがこっちを振り向いた。
「今、後ろでなにか……」
「な、なにもいませんが?」
「……アナタ、わたしになにかした?」
「いえ……なにも」
「…………」
スフィは首を傾げながら、再び前を向いて歩き出した。
……心臓が止まるかと思った。
意外とバレるもんなんだな、これ。
ケガ、ちょっとは回復できただろうか。
「…………」
「…………」
互いに無言のまま薄暗い通路を歩いていく。
く、空気が重いなぁ……。
「……そういえば、ここって天井が発光してるんですね。明かりもいらないし、便利ですよね」
「…………そうね」
「…………」
「…………」
会話終了。
気まずい!
「……あ、この先に魔物がいます。私が先手打っていいですか? いいですよね? 危なかったら助けてもらいますから」
「は? ちょっとアナタ、なに言って……ちょ、ちょっと!?」
スフィの制止を無視して走り出す。
いくら強いとはいえ、お疲れな様子の少女を戦わせるのは俺の精神衛生上よくないからな。
あと、この気まずい空間から早く逃げ出したい。
「お、そこそこいる」
猛ダッシュで駆け抜けた通路の先にあった中部屋には、十数匹の『邪悪な目玉』がフワフワと浮遊していた。
「よーし」
これから追いついてくるだろうスフィに、俺がそこそこ戦えるところを見せるとするか。
怪しまれると面倒なので、もちろんアニマの出力は通常より大分抑えめに。
そしてなるべく俺の純粋な剣技だけで実力を示す。
「ちょっとアナタ! なに勝手に……」
追いついてきたスフィが『邪悪な目玉』を相手に戦う俺の姿を見て足を止める。
さぁ、見るがいい!
この五ヶ月間で磨かれた俺の華麗な剣技を!
俺は迫り来る『邪悪な目玉』を次々と斬り伏せ、葬り去っていく。
そして最後の一匹を斬り落としたあと。
「ふぅ……こんなものでしょうか」
なんてことを呟きながら、俺は最後にもう一度、地面へ向けて払うように剣を振るった。
剣に付着した『邪悪な目玉』の体液を飛ばす為だ。
つまりこれは必要だからやっている行為であり、決してカッコつけたいが為にやっているわけじゃない。
……なのになんだろうな、この恥ずかしさは。
直前に呟いたセリフといい、『やっちまった』感が拭えない。
「ミコト……アナタ、中々やるじゃない」
スフィが部屋の中央で佇む俺に近づいてくる。
「剣の扱い方はヒドイけど、それを補って余りある身体能力とアニマ……さすがに、わたし以上のペースでランクを上げてるだけのことはあるわね」
「…………」
俺の五ヶ月間の努力はいったい……。
「でもさっきみたいにいきなり飛び出すのはもうやめなさい。死ぬわよ?」
「は、はい……」
スフィの笑顔が、怖かった。




