第八話「邂逅」
無数の魔物が視界を埋め尽くす中。
どれだけの時間を戦っているのだろうか。
もう何時間も戦っているような気がする反面、まだ一時間も経ってないような気もする。
魔物の数が非常に多く、常に目まぐるしく立ち回っているから感覚が狂ってきているのかもしれない。
なにしろ、ハルバードをデタラメに振るっても必ず何かしらの魔物には当たるという密集具合だ。
最初の方こそ右手のハルバードは遠距離や硬い敵に使い、左手は近距離や普通の敵に使うなどで区別していたが、途中からはもう何も考えられず本能の赴くままに戦っていた。
そして。
(……まずい、身体が……重い)
魔物の数が減り、右手のハルバードが空を切る回数が増えてきた頃。
俺は焦っていた。
魔物を倒した数がおおよそ百匹を超えた辺りから少しずつ身体に異変を感じ始め、今ではもう全身が鉛のように重くなっている。
(あぁ……ちょっと今回は、さすがに楽観視しすぎたか……)
正直、つい今さっきまで『最後はなんとかなるだろう』と思っていたのだが、どうやらそう良い具合にことは運ばないらしい。
ここ数分で身体を覆うアニマが激減した。
ハルバードを『強化』するアニマは消え、全身が怠く、意識は遠退き始めている。
俺の限界はここまでのようだ。
せめて魔物の数が三十を切っていればリーダーの救援を望めるのだが……。
(どう見ても五十以上はいるよな……)
戦闘開始時に比べたら随分と減ったが、それでも普通人間が一人で倒し切れる数の魔物ではない。
時間制限ありの対人戦ではその高い回避能力と剣術の腕前で俺と互角以上の戦いをするほどの実力を持つリーダーだが、時間制限がない場合や一対多数というような現在の状況では最終的にアニマの総量がモノをいうのだ。
通常状態でも硬い甲殻に守られている虫型魔物に比べ、『硬化』のアニマをまとっていない人間はあまりにも脆い。
そして訓練や魔物討伐時のリーダーを見ている限り、あの人の総アニマ量はどんなに多く見積もっても魔物三十匹分倒したら底を突くだろう。
ということは、だ。
(詰みか……)
戦闘開始時にいた場所である巣の端、つまり森のすぐ側で戦っていれば逃げるという選択肢もあっただろうが、迂闊にも今は森が見えないところにまで移動してしまっている。
同じ場所に留まっていると魔物の死骸が辺りに散らばり邪魔だったので、常に動きながら戦っていたのがアダとなったようだ。
「ぐっ……!?」
こちらに飛びかかってきたスコロエンドラをはたき落とした時、左手に激痛が走った。
どうやら手をまともに『硬化』させるアニマも無くなってきたらしい。
痛みに思わず動きの止まった俺を、魔物が一斉に包囲していく。
(……終わりか)
ハルバードを両手で構えつつも心の中で嘆息する。
身体を覆うアニマすら切れた今、俺は魔物の攻撃を耐え切れないだろう。
ましてやこの状況で避けることなんて出来るわけもない。
(はぁ……なにやってんだか、俺は)
孤児院を守るために魔物を討伐しようとして、逆にやられるとか。
これじゃ前世と変わらない。
いや、今回は自分の選択次第でいくらでも回避出来た事態であるため、前世よりもタチが悪い。
結局、また俺は自分の実力を過信していたのだろう。
でなければいくら魔物に囲まれてテンパっていたとはいえ、逃げ道のことを忘れるなんて致命的なミスをするはずがない。
イグナートは尋常じゃないぐらいに強い。そう周りにチヤホヤされて調子に乗っていたのだ。
……我ながら自分のことを学ばないヤツだと思う。
(でも、せめて一匹でも多く道連れにしてやる)
本当はみっともなく泣き叫んで、リーダーに向かって助けを呼びたい。
だけど、どうせ人間いつかは死ぬのだ。
だったら最後ぐらいは格好つけたい。
たとえその最後を知るのが自分だけだとしても。
「さぁ……かかって来い!」
自らの震える足に喝を入れるように、俺は魔物たちへ向かって啖呵を切った。
魔物たちはそれに応えるよう、こちらに向かって一斉に襲いかかり――そこで俺の意識は途切れた。
○
気がつくと、俺は何もない真っ白な空間で一人立っていた。
(ここは……?)
見知らぬ場所だが、なんとなく既視感を覚える。
「……あ」
辺りを見回し、後ろを振り返ったところに例の『真紅の光』がいた。
(思い出した。そういえばここ、何回か夢で見たことあるわ)
道理で既視感を覚えるわけだ。
(うーん、やっぱコイツ、転生した時からずっと俺の中に居たのかね?)
夢で何回か見てるというだけで他になんの根拠も無いが、感覚的にそんな気がする。
生まれた時から色々とおかしいしな俺。
煌々と輝く真紅の光を見ながらそんなことを考えている最中、俺は重要なことを思い出した。
(あれ、そういえば魔物との戦いはどうなったんだ俺……?)
最後の方で記憶が飛んでいる。
ということは、また死んでしまったのだろうか。
「なぁ、俺って……死んだのか?」
真紅の光に向かって話しかける。
だが、まったくの無反応。
「いや、無視すんなよ……。喋れる、っていうか、テレパシー? 出来るのは知ってるから」
転生する時はしつこいぐらいに絡んできたくせに、今になって黙秘するとかは許せん。
「……反応なしか」
ただ、いくら無反応といってもこの空間には俺とこの真紅の光以外なにもないし、誰もいない。
つまり他にやることがない。
(さて、どうしようかね)
俺は真紅の光の前に座り込んで溜息をついた。体格は目が覚める前と同じデカいままなので、座っている状態でも真紅の光を見下ろす形となる。
「……あれ、おまえ、なんか大きくなった?」
自分が異常にデカくなったからなのか今までその変化に気がつかなかったが、転生時はテニスボールぐらいの大きさだったのが、現在はバスケットボールぐらいの大きさになっていた。
こいつ、成長しているんだろうか。
(しっかし本当に無反応だな)
待てど話せど無反応。
「…………えい」
というわけで、俺は真紅の光を右手で掴んでみた。唐突に。
特に意味は無い。強いて言うなら暇だったから、何かしら反応があればなーという、そんな軽い気持ちだったのだが……。
次の瞬間。
(なんだ……これ!?)
右手から真紅の閃光が迸り、真っ白な空間を埋め尽くしていく。
そして視界は真紅の光に覆われて――。