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強欲のイグナート  作者: 霧島樹


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第八十七話「桃源郷」

 


「『魂の制約』っていうのは、それを掛けることによって技の威力が増したり、自分本来の実力以上の力を出せたりするんですよね?」


 確かディナスから聞いた話はそんな感じだった。


「それはあくまで一例だよ。『魂の制約』は自分で自分に掛ける場合、神々や精霊、悪魔、魔術師などから掛けられる場合とか色々あるけど、中にはデメリットしかないようなものもあるらしいから」

「そうなんですか?」

「そうだよ。わかりやすいのは悪魔との取引に失敗して、何かしらの『代償』を支払う上にデメリットしかない『魂の制約』を背負うような話とかだね。絵本とかでもよくある話だろ?」

「確かによくある話ですけど……」


 え、あーゆーのってガチな話だったの?

 ……そうか、そうだよな。

 前の世界ではともかく、この世界ではファンタジーな絵本もガチになり得るのか。


 そりゃ現実がファンタジーだし、そもそも実際にいるもんな、悪魔。

 ……甘い言葉を囁かれないように気をつけよう。

 前の世界と同じ宗教がないから厳密には違う存在だけど、人を堕落させるところとか、似たような感じではあるからな。


「じゃあ『魂の制約』というのは本当に範囲が広いんですね」

「そうだね。まあでもその割には実際に『魂の制約』を自分に掛けてる人も、誰かに掛けられてるって人も全然見ない……っていうか少なくともアタシの周りでは聞いたこともないから、やっぱり絶対数は相当少ないと思うよ。それこそ自分で自分に『魂の制約』を掛けてる人なんて、冒険者や傭兵、魔術師のAランク上位かSランクの人でもいるかどうか、ってレベルなんじゃないかな」

「なるほど」


 じゃあもう本当に一握りの中の一握りってわけだ。

 段々そこら辺の実情がわかってきたな。


「じゃあ、これが最後の質問なんですけど」

「うん」

「その、『魂の制約』はどうやって自分に掛けたりするんでしょうか?」

「へ?」


 俺の質問に目を丸くするエウラリアさん。


「……何かおかしなことを聞きましたか?」

「え、あぁ、いや、別におかしくはないんだけど……え、アンタ、まさか自分に掛けるつもりなの?」

「いえ、今のところその予定はありませんが、もし必要になった時の為に知っておこうと思いまして」


 最終奥義に発動条件があるとか、そういうのってちょっと男心をくすぐられるからな。

 普通に興味がある。

 必要になることはまずないだろうが、聞いておいて損はないしな。


「体術も剣もアレだけのレベルで、しかも火と水と治癒の属性持ちで、続けて魔法使いまくってもアニマ切れしないアンタが? 『魂の制約』を必要になる? ……アンタ、魔王を倒しにでも行くつもり?」

「いえ、そんなつもりはないのですが」


 っていうかもう一度は倒しに行ったしな。

 結局倒すことはできなかったし、これから倒しに行くつもりもないけど。


「はぁ……なんというか、ストイックだね、アンタって。これが天才と凡人の差かぁ……」

「私は天才じゃないですよ。ただ運がちょっと良かっただけです」


 多分、今の実力の殆どがベニタマの力によるものだからな。

 ベニタマが俺の中に居なかったらきっと普通の人間だったに違いない。


「しかも天才にありがちな増長もしてない、と。完敗だね。アタシもこの歳でCランクっていったら相当イケてる方だと思ってたけど、スフィといいアンタといい、ホント、上には上がいるもんだねー……」

「エウラリアさんは今、歳いくつなんですか?」

「アタシ? アタシは今十八だよ。サリナも同い年」

「なるほど」


 Bランクは大多数の人間が辿り着けない一流の壁であるのに対し、Cランクは普通の人間の場合、長年冒険者を続けた者だけが辿り着ける、言わば凡人の終着点と言えるランクだという。

 つまり天才、秀才組と凡人の壁となるランクだ。


 だから成人の十三歳から冒険者を始めたとしても、僅か五年でCランクっていうのは相当才能がある方なのだろう。

 若くしてもう次の壁に手が伸ばせる状態ということだからな。

 まだまだ伸びしろは十分あるに違いない。


「あぁ、ごめん、話がズレてるね。『魂の制約』を自分に掛ける方法だったっけ」

「はい」

「結論から言うと、個人個人によって違うらしいからわからないんだよね。人によっては気が遠くなるような鍛錬の末に、人によっては死にかけた瞬間に、人によってはある日突然に……っていうぐらい、色んなケースがあるらしいから」

「そうなんですか」


 つまり自分で都合よく考えた技に『魂の制約』を掛けるのは難しいというわけか。

 鍛錬しまくれば可能性はあるかもしれないが、今は冒険者としての生活が楽しいからそこまで時間も()けないし……ううむ、残念だ。


「うわぁ……残念そうな顔してる……怖いなぁ……さすが二代目イグナート」

「だから二代目じゃないですって。それどこからの情報ですか?」

「いや、どこが発信源かはわからないけど、ミドルネームが『イグナート』なんだから『じゃあイグナートの娘かな?』ってなるじゃん」

「別にミドルネームが父親の名前とは限らないじゃないですか。先祖の名前とか、偉人の名前とか、尊敬する人の名前とか……」


 ……いや、ないな。

 ここら辺じゃ『イグナート』って言えば悪名高いあの『強欲のイグナート』だ。

 名前にあやかるにはイメージが悪すぎる。

 しかもどう考えても普通の娘につけるようなミドルネームじゃない。

 それこそ……血縁関係ぐらいじゃないと。


「今、自分で言ってて『あ、ないな』って思ったでしょ?」

「…………残念ながら」

「でしょ? それにほら、突如として現れて一気にランクを上げて目立ったじゃない? その辺も『二代目イグナート』って言われる所以(ゆえん)かもね」

「なるほど」


 つまり自然発生的な噂であるわけか。

 困ったもんだ……ん? 待てよ?

 別に俺自身は困らないか?


 親父が『強欲のイグナート』だって言えば大抵の人間は敬遠するだろうし、色々と面倒事に巻き込まれることも少なくなるかも……って、もしかして、だから俺って今まで大したパーティ勧誘もなくやれてたのか。

 パーティ勧誘があっても一言『ソロでやる主義です』って断れば引き下がってたのも、勝手に『二代目イグナート』とかいう通り名をつけられてたからなのか。


 おぉ……『強欲のイグナート』、グッジョブだぜ。

 まさかこんなところで過去の努力が生きてくるとは。

 ……運命ってのは、変えられるんだなぁ。


「え、え? な、なんで泣いてんの? そんなに『二代目イグナート』って言われるのが嫌だった?」

「いえ、違うんです。ちょっと昔のことを思い出して……」


 今まで結構がんばってきたから、こうして自由に生きていられるというのが非常に感慨深いのだ。


「……よくわかんないけど、アンタも苦労してるんだね」

「うっ……うぅ……そうなんです……私、結構がんばってきたんです……誰も褒めてくれないけど……」


 期間限定の姿だからか、自分の本音がポロポロと口から(こぼ)れる。

 そうだよなぁ、俺、結構がんばってきたよなぁ……何度も何度も死にそうな思いして……。


「なんでもないフリしてたけど……本当は……つらかったんです……」

「……っ! ミコト!」


 エウラリアさんがガバッと俺を胸に抱き寄せる。


「いいんだよ……いいんだよ今は我慢しなくて! 泣きな! 思いっきり泣きな!」

「……エウラリアさん」

「なに!?」

「息が……苦しいです……」

「え……あぁ、ごめん!」


 慌てて俺を胸から引き離すエウラリアさん。


「ぁ……」

「あれ……もう泣き止んでる……」

「……ええ、ちょっとだけ涙腺が緩んだだけですから」


 っていうか、エウラリアさんの胸が意外と大きくてビックリした。

 息もできないくらいだもん、そりゃ泣く子も黙るわ。


「…………」

「ど、どうしたの?」


 露骨にエウラリアさんの胸を見つめる。

 ……息が苦しくて離れちゃったけど、今なら合法的かつ自然な流れであの胸に抱きつけるんだよな。


 今の俺、美少女だし。

 なんもやましいことなんてないし。

 ちょっとだけ勇気を出して『泣き止んじゃったけど、もうちょっとだけ抱きついていいですか?』って言うだけだ。


 それぐらいの役得は、いいよね?

 今まで一生懸命がんばってきたし。

 ……よし、言うぞ。俺は言う。


 そしていざ、桃源郷へ。


「あの……エウラリアさん……」

「ど、どうしたのそんな真面目な顔して」


 エウラリアさんは俺の視線がどこに向かっているのかを見て、サッと胸を両手で隠した。


「あ……あはは……そんな見られると恥ずかしいよ。アタシ、昔っから胸が大きくてね。特に何かしてたってわけじゃないんだけど」


 聞いてもないことを語り出すエウラリアさん。


「でもね、別に良いことばっかりじゃないんだよ? 肩は凝るし、夏場は蒸れるし、走ると揺れて痛いし、寝る時うつ伏せになると痛いし……」

「そうですか……」


 知らんけど。

 胸が大きいことの悩みなんて。


「……ただ、胸を大きくしたいんだったら、アタシ良いツボ知ってるよ」

「……はい?」


 そう言いながら、エウラリアさんはおもむろに俺の背後へと回り込んだ。










Sランク 人間の壁 存在を疑われる伝説レベル。よく絵本に描かれたりする、物語の登場人物的な扱い。


Aランク 天才の壁 本当に同じ人間なのかと疑われる人外レベル。実力を間近で見ると恐怖の対象になることもしばしば。


Bランク 秀才の壁 男の場合、同窓会で言うと当時は話したこともない大多数の女が群がってくるレベル。だがしかし女の場合は逆に大多数の男から距離を取られてしまうので、憤る女冒険者が続出する。


Cランク 凡人の壁 街の実力者レベル。夢のある仕事で豊かな生活ができる勝ち組。ただし危険はいつも隣り合わせだから家族は心配。おやっさん、俺はアンタの背中を越えていくぜ。


Dランク 上位冒険者の壁 調子に乗ってくるレベル。このぐらいになると冒険者の収入だけで普通の生活ができる。ただし割には合わない。冒険者が好きじゃないとやってられない。


Eランク 中位冒険者の壁 大多数の人間がここらへんで辞めていく。


Fランク 下位冒険者の壁 センパイ……オレ、センパイのおかげでFランクになれました!


Gランク 新人の壁 おい、照り焼きバーガー買ってこい。シェイクはストロベリーな。……お、早ぇな。ん? なんで自分の分を買ってねぇんだよ。……あ? 金がない? バカかおまえ、何のために大銀貨渡したと思ってんだよ。お釣りなんざいらねぇーよ。好きなだけ買ってこいよ。テイクアウトもしとけよ。……なんでって、当たり前だろ。妹、いるんだろ? 持って帰ってやれよ。あ……おいバカ、なに泣いてんだよ。バカかおまえ。泣くんじゃねぇよ。男だろ。おら、さっさと行け! ……ったく、柄にもないことはするもんじゃねぇな。だがまあ、これも伝統だからな……なあ、おやっさん?


俺はそう呟いて夜空を見上げた。

もちろん返事なんてものはない。

だが満天に輝く星々の何処かで、昔のように『おうよ、ボウズ』とおやっさんが笑っている――そんな気がした。




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