第八十五話「勉強嫌い」
「囲まれてるみたいですね」
俺は周囲に展開する影を見ながら言った。
どうやら話に夢中で気がつかなかったようだ。
「くっ……!」
「エウラリアさんは、サリナさんを守ってください。まだ目が覚めないみたいなので」
俺は腰の長剣を抜いてアニマを込めた。
「でもこれだけの数をアンタだけで……しかもエルダートレント!?」
木々の間から差し込む夕日に照らされたのは、無数に蠢く古びた枯れ木の魔物、エルダートレントだった。
「無茶だ! エルダートレントの硬さは鋼鉄にも匹敵する! 火属性の魔術じゃないと倒せない!」
「そうなのですか」
今や普通に鋼鉄とか斬れるし、火属性の魔術どころか火魔法使えるけど……そこまで言うなら別の方法で倒すとするか。
「じゃあ蹴飛ばします」
「蹴飛ばすって、アンタ……」
普通に素早く間合いを詰めて、威力を加減しながらそのままエルダートレントの一体に向けて蹴りを放つ。
数十メートルぐらい吹っ飛ばせばとりあえずは大丈夫だろ。
そんな軽い気持ちで放った蹴りは、
「え?」
予想外の重量感で放たれ、エルダートレントを凄まじい勢いでぶっ飛ばした。
……あれ、おかしいな。
明らかに今のオーバーキルだぞ。
今蹴り飛ばしたエルダートレント、森の木々を薙ぎ倒しまくって数百メートル先まで飛んでいきそうな感じなんだけど。
「……あ」
わかった。
今の俺、いつもと体重が違うんだ。
そりゃいつもの感じで動いたらその分体重が乗るよな。
うん、理解した。
「くっ、やらせるかぁ!」
俺が呆けている間にエウラリアさんがサリナさんを守るため、エルダートレントに応戦していた。
おぉ、さすがC級冒険者。
真正面から受け止めてる……って危ない!
エウラリアさんの側面から迫り来るエルダートレントに対して『縮地』で距離を詰め、剣を振り下ろし一刀両断する。
「なっ……え……斬った……?」
それを見て目を丸くするエウラリアさん。
おいおい、目の前にエルダートレントがいるのによそ見してる場合じゃないだろ。
……あぁ、もう、面倒だな。
もういいや、どうせ秘密にしてもらう予定だし。
「燃えろ、『地獄の業火』」
俺は周囲を取り囲んでいる無数のエルダートレントを、すべて炎の海に飲み込んだ。
◯
エルダートレントを一匹残らず灰にしたあと。
俺は火魔法制御で木々に燃え移っていた火を消して、周囲一帯に治癒魔法を掛けた。
すると燃えかけて葉や枝がなくなった木々がまるで動画を巻き戻すかのように再生していく。
今まで殆どする機会がなかったから知らなかったが、俺の治癒魔法って範囲全体に掛けることもできるんだな。
こりゃ凄い。
「聖女様……?」
そんな俺をポケーっと眺めていたエウラリアさんが、小さな声で呟いた。
「聖女様って……なんのことですか?」
「え……アンタ、癒しの神、ユリエン様の使徒じゃないの?」
「違いますけど」
なんだそれ。
いや、癒しの神は聞いたことあるけどさ。
これ以上俺に変な情報というか、要素を付け加えるのは勘弁してほしい。
「じゃあなんで……って、大丈夫か!?」
「え?」
「いや、腹を押さえてるから。やっぱり傷口が痛むんじゃないのか?」
「ああ、これですか。違いますよ」
俺は胃の辺りをさすっていた右手を離した。
「食べすぎです」
「……は?」
「だから、食べすぎです」
「…………」
「…………」
……あれ、なんだろう、なんだか恥ずかしいぞ。
精神が肉体に引っ張られているのだろうか。
今までこんな感情は全然なかったのに、この姿だと異常に恥ずかしく感じる。
……俺、もうちょっと発言をおしとやかにした方がいいのだろうか。
「……腹をケガしてるんじゃないのか?」
「してませんよ。これは返り血です。そもそも治癒魔法使えるんだから、ケガしてたら自分で治しますよ」
「いや、自分には使えないって制約でも掛けてるのかと思って」
「そんなの掛けてませんよ」
っつーかなんだよその制約。
自分に使えないとか勝手が悪すぎるだろ。
人助け専用か。
「制約が無しで火魔法も治癒魔法も……しかもその威力で……」
「私はちょっと事情がありまして、普通ではないのです。そんなことより制約って、『魂の制約』ですよね?」
「え? ……まあ、そのつもりで話したけど。属性二つ持ちでしかもあの威力とか、人間だったら思い当たる節はそれぐらいだし。そりゃ、人間でも生まれながらに『存在の制約』持ちのヤツもいるって話もあるけど、あれは都市伝説みたいなもんだし」
「なるほど」
よくわからん。
ディナスが最終奥義に制約とやらを掛けている関係で、『魂の制約』については少しだけ聞いたことはあるのだが、そこまで詳しくは教えてもらわなかったからな。
「私、先ほど対価は求めないと言いましたが、訂正します。その『魂の制約』や『存在の制約』などについて詳しく教えてください」
「いいけど……え? アンタ、貴族なのに知らないの?」
おっと、貴族だったら普通に知ってる系の話だったか。
でも残念ながら俺は脳筋ファイター育成機関である孤児院の育ちなので知らないんだな。
もちろん面倒なので正直に言うつもりはないが。
「ええ、知りません。私、体を動かすことは好きなのですが、勉強は嫌いだったので」
「へぇ、そうなのか。実はアタシも大した家じゃないけど出身は貴族でさ。その気持ちよくわかるよ。……アンタみたいな凄い人からしたら、一緒にすんなって思うかもしれないけど」
「そんなことありませんよ。私はまだまだ若輩者ですから。色々と教えてください、先輩」
「う……よしてくれ、そんな風に言うの。エウラリアって呼び捨てにしてくれ。アンタみたいな凄い人から先輩なんて呼ばれると、変な汗が出てくる」
「わかりました。ではエウラリアさん、色々と教えてください」
「呼び捨てじゃないじゃん……まあいいや、任せてくれ。命の恩人だからね。アタシにわかることだったらなんでも教えるよ」
「ありがとうございます。……あ、でも時間は大丈夫ですか? 帰らなくても?」
さっきまで森の中に差していた夕日の光は消えて、今は辺りも薄暗くなってきた。
今のところ孤高を貫くスタイルである俺は、あまりエウラリアさんと話しているところを他の人間には見られたくないから、できればこの場所で教えてもらう方が都合は良いのだが。
「アタシたちは二人とも親元から離れてるし、大丈夫だよ。それにどっちにしろ夜にこの森を移動するのは危険だからね」
「そうですか」
森を抜けようと思えば二人を抱えて空を飛ぶなり、サリナさんだけ抱えて普通に走破するなりいくらでもやりようはあるが、別に急がないということであればあえてそうする必要もないか。
「であれば今日はここで野宿ですね。準備するので少しだけ待ってください」
「準備?」
エウラリアさんが首を傾げる。
俺は野営の道具など持ってなさそうに見えるから不思議なのだろう。
俺もそんな本格的に野営の準備をするつもりはないが、サリナさんを地面にそのまま寝かせておくのはしのびないからな。
この三ヶ月で習得したとっておきのオリジナル魔法を披露しよう。
「エウラリアさん、下がってください」
「え……あ、うん」
俺は目を閉じて意識を集中し、鮮明なイメージを元にアニマで『皮膜』を作り始めた。




