第八十二話「依頼完了」
「……無理だな」
しばらく考えた結果、セーラと会わずにこの木を置いてくることは不可能だという結論に達した。
いや、厳密に言えば置いてくること自体はできるが、依頼の完了ができないのだ。
これはもうしょうがない。
フードを目深に被ってササっと受け渡しをしてくるしかないか。
俺はディアドル王国の上空から街を眺め、超視力により誰も空を見上げている人間はいないということを確認してから、速やかにセーラの屋敷前に降り立った。
「何者か!」
即座に屋敷から衛兵たちが出てくる。
侵入者感知の結界があるとはいえ、反応速いな。
「怪しい者ではありません。依頼の品を運んで来ました。これが依頼書と、私のギルドカードです」
俺は肩に担いだ大木を近くに下ろし、懐から依頼書と自分のギルドカードを出して掲示した。
もちろんギルドカードの『イグナート』という名前の部分だけ指で隠すのも忘れない。
「確かに依頼書とギルドカードは本物のようだが……顔を隠した者を主に会わせるわけにはいかない。フードを取れ」
あー……やっぱりそうなるのか。
まあそうだよな。
顔隠して『怪しい者ではありません』って、そんなの通じるわけないよな。
「……わかりました」
フードをとって顔を見せると、俺に向かって衛兵たちが手に持った懐中電灯のような魔導具の光を向ける。
「なんと……声から予想はしていたが、まだ年端もいかぬ少女ではないか。どうやってこの大木を運んで来たのだ? 他の人間は?」
「私がここまで担いで来ました。他の人間はいません」
「そんなバカな……」
「今さっきまで私が担いでいるのを見たでしょう?」
「いや、しかし……」
「手段など今はどうでもいいでしょう。私は急いでるんです。早く依頼完了の手続きをさせてください。この依頼書には『手段を問う』なんて記載はありませんよ」
セーラの屋敷に住んでた頃から知ってるけど、この衛兵長って頭が固いんだよな。
ただ話せばわかる人だからちゃんと理屈を言えば大丈夫だとは思うんだけど。
「う……む、確かに、手段を問うなどの記載はない。……わかった。今、主を呼んで来よう」
そう言って衛兵長が屋敷の中に入っていくと、数分もしないうちにセーラが正面扉を開けて出て来た。
「お待たせしました。私が依頼主のセーラ・ウィンザー・ベアトリス・ディアドルです。そちらが依頼の品ですか?」
「はい、そうです」
「確かめても?」
「どうぞ」
俺がそう言うと、セーラは隣の衛兵長に目配せをした。
それを受けた衛兵長は腰の剣を抜き、俺が持ってきた大木に向かって振り下ろした。
ギィィン、と辺りにまるで金属を斬りつけたかのような音が鳴り響く。
「……アニマを込めた剣でかすり傷程度ですか。確かに本物のようですね」
セーラは衛兵長が斬りつけた箇所を触りながら、今度は大木の根本を見た。
「土も根を覆い尽くすほどの量。素晴らしい仕事です。ただ……」
「ただ?」
「どのようにしてこの木を運んだのか気になりますね。ここから生命の森までは往復で二年以上の月日が掛かります。片道だけでも一年以上です。その時間をどうやって短縮したのでしょうか。しかも、この依頼はまだギルドに出してからひと月すら経っていないのに」
「ああ、それは簡単な話ですよ。説明したら多分『なんだ、そんなことか』と納得されると思います」
「そうなのですか?」
「ええ。ですが内容はもちろん秘密です。商売のタネですから」
俺はそう言って不敵に笑うと、『ミコト』以外の名前を指で隠しながらギルドカードをセーラの前に差し出した。
依頼完了の催促である。
「そうですか。それでは無理に聞けませんね。今回の依頼には『手段を問う』とは書いていませんから」
俺の言葉にセーラも少しだけ口角を上げながら、目の前に差し出されたギルドカードに手をかざした。
すると白色のギルドカードが仄かに光り、『依頼者アニマ認証完了』と文字が浮かび上がる。
「ですが、いつか聞いてみたいものです。……『ミコト』さん、ですか。また会えるでしょうか?」
「ええ、機会があれば。……それでは、失礼します」
俺はセーラに対して一礼すると、踵を返してその場を去っていった。
◯
「依頼完了しました」
「………………はぁ?」
「依頼者アニマ認証も終わってます。確認をお願いします」
そう言いながら俺がカウンターに出したギルドカードを見て、モヒカン男はあきれたような声を出した。
「あのなぁ、お嬢ちゃん。そういう冗談は……」
「冗談じゃないです。確認してください」
「そうは言っても、往復で二年以上の依頼を」
「確認お願いします」
「わかったよ……」
モヒカン男はやれやれ、といった感じで俺のギルドカードを手に取り、カウンターの奥に歩いて行った。
そして数分後。
「おい、お嬢ちゃん、どんな不正をしたんだ」
カウンターに戻ってきたモヒカン男の第一声がそれだった。
「してませんよ。不正なんて」
「依頼人を脅したのか?」
「いやだから、そんなことしてません」
「ギルドカードに細工できるなんて話は今まで聞いたことないが、だが実際に……これは一大事だぞ、魔術師ギルドに報告しなければ……」
「怒りますよ?」
「え……ってことは本当に、依頼を達成したのか?」
「だから最初からそう言ってるじゃないですか」
「片道一年以上、往復で二年以上掛かる依頼を?」
「はい」
「半日で?」
「はい」
「オレの就業時間内に?」
「はい」
「お嬢ちゃんが?」
「はい。……って何回繰り返すんですか?」
「………………依頼主に確認を取ってもいいか?」
「どうぞ」
再びモヒカン男がカウンターの奥に下がって、さらに数分後。
「ウソだろ……」
「どうでした?」
「……依頼主いわく、素晴らしい仕事だった、と」
モヒカン男はカウンター内のイスにゆっくりと腰掛け、小さく呟いた。
「…………洗脳……」
「おい」
思わず素の声が出た。
どんだけ信じられないんだ。
「いや、すまん、ちょっと混乱してるみたいだ……ちなみに、どうやって半日で生木を運んだんだ?」
「それは秘密です」
「そうか……いや、過程がどうであれ、依頼を達成したのは事実だ。ここでの依頼完了処理は終わったから、あとは商人ギルドで報酬の大金貨を受け取ってくれ。窓口にギルドカードを出せば受け取れる」
「わかりました。ありがとうございます」
俺はモヒカン男に礼を言ってから冒険者ギルドを出て、すぐ商人ギルドに向かった。
受付にギルドカードを出すと、数分もしないうちに報酬の大金貨十枚を受け取ることができた。
「これで当分は暮らせるな」
ギルド本部から出て王国街を歩きながら、俺はこれからの先の生活を思い浮かべ少しワクワクしていた。
体が少女になってしまうとかいう理不尽なイベントはあったものの、今は自分自身になんのしがらみもなく自由なのだ。
自由。
なんて素晴らしい響きだろう。
ちょっと今回の依頼では金に目が眩んで自重しなさすぎたが、なに、どうせこの姿は一年間限定だ。
多少目立ったところで問題はない。
とはいえ油断していると厄介事に巻き込まれる体質なので、一応はコソコソと活動するつもりだが。
「さて、どこに泊まろっかな」
いやぁ、ドアの大きさ、天井の高さを気にしないで宿を選べるというのは素晴らしいな。
俺はそんな当たり前のことに感動しつつ、今日泊まる宿を探しながら王国街を歩いていった。




