第八十一話「Aランク依頼」
「お、持ってきたか……って、お嬢ちゃん、これAランク依頼じゃねぇか。却下だ却下」
「確かにAランクですけど、でもこれなら大丈夫な気がするんです」
「大丈夫な気がするって……」
モヒカン男は俺が持ってきた依頼表に改めて視線を落とした。
「……ああ、この依頼か。そりゃ危険な戦闘はないかもしれないが、難易度はやっぱり高いぞ。そもそもこの報酬は低すぎて現実味がなさすぎる」
「そうなんですか?」
俺が持ってきた依頼表の内容は、『生命の森に生えている木をまるまる一本、調達してほしい』というものだ。
それで報酬が大金貨十枚。
日本円にしておよそ百万円だ。
確かに生命の森は遠いし、普通だったら割りに合わないかもしれないが、『現実味がない』とまで言われるほどだろうか?
この国だと物価が高いから微妙かもしれないが、他の国に行けばディアドル王国大金貨十枚は相当な価値があると思うのだが。
「特記事項をよく見ろ。『生木に限る。現地の土も一緒であれば尚良し』って書いてあるだろ?」
「はい」
「生木ってことはまるごと一本抜いて来なきゃダメだ。しかも移動している最中に枯れたらアウトだから、どっちにしろ土も一緒に運ばなきゃならない。土も一緒であれば『尚良し』とは書いてあるが、結局のところ必須になる。それで、だ。ここから生命の森まで行くのにどれくらいの時間が掛かると思う?」
「えっと、一年ちょっと、ですか?」
「まあ大体はそれぐらいだな。それだけの月日を生木の管理をしながら進むんだ。こりゃ相当な手間が掛かる。しかも一人じゃまず無理な依頼だから人を雇うことになるだろう。それを考えるとこの報酬じゃ完全に足りない。多分、これの五倍以上の報酬でやっとこの依頼を受けるか受けないか悩む人間が出てくるぐらいだ」
「なるほど」
「ただそれはこの国での話だ。ディアドル王国大金貨は他の国に行ったら十倍以上の価値になったりするからな。大方、向こう側のギルドでも同じ依頼を出してるだろうよ。それで現地の人間を安く使う、と。そういう魂胆だろう」
「そういうことですか」
つまり最初からこの国で依頼を受けてもらえるとは考えてないというわけか。
確かにギルドの依頼は掲示してもらうだけならタダだからな。
可能性がほぼゼロでも、出さないよりは出しておいた方がいい。
「まあそれにしたって安すぎる報酬だけどな。見積もりが甘いのか、それとも予算が足りなくてカツカツなのかはわからないが、少なくとも新人が受けるような依頼じゃない。いくら危険が少ないとはいえ、な」
「わかりました」
俺は手元に返された依頼表を、再びモヒカン男に差し出した。
「受けます」
「……あのなぁ、お嬢ちゃん。話聞いてたか?」
「大丈夫です。秘策があるので」
「途中で依頼を放棄すると信用を失うぞ? ランク昇格にも響く」
「大丈夫です。絶対に達成します」
「……そこまで言うならこれは受け取るが」
モヒカン男はため息をつきながら依頼表を受け取った。
「割りに合わない依頼だと思うんだがなぁ……」
「大丈夫です。俺にとっては割りに合うはずですから」
「ん? 『俺』?」
「間違えました。私にとっては、です」
「……おかしなお嬢ちゃんだな」
そう言って笑いながらカウンターの上に右手のひらを差し出すモヒカン男。
一瞬なんだ? と思ったが、すぐにギルドカードを求めているのだと気がついた。
登録に必要だもんな。
胸の内ポケットからギルドカードを取り出し、モヒカン男の手の上に乗せる。
「それでは、お願いします」
「おう。……ん? そういえばオレ、ギルドカードに依頼情報登録すること話してないぞ。今のでよくわかったな、カードが必要だって」
ギクリ。
「……あらかじめ、依頼を受ける時の流れは大体聞いてましたから。予習してました」
「はー、そういうことか。最近の新人は勉強家なんだなぁ」
感心したように頷くモヒカン男。
いや、本当はここら辺のシステム周りが傭兵ギルドも冒険者ギルドもほぼ同じだからわかるってだけなんだけどな。
ギルドカードに依頼情報の登録を終えたあと。
俺はギルド本部を出てディアドル王国街を端まで歩き、正門を抜けて城壁から十分に離れた森の中で立ち止まった。
これからやることは結構目立つので、万が一姿が見られた時の為に服装を黒のローブに着替えておく。
もちろん腰まで届く長い黒髪をフードの中に入れて隠しておくのも忘れない。
「さて、と」
ここから先は生命の森まで全力飛行でかっ飛ばし、土魔法と風魔法をフル活用して木を一本拝借、そしてまた戻ってくる簡単なお仕事だ。
「んー……夜までには帰れるかな」
俺は耳を澄ませ周囲に人がいないことを確認したのち、思い切り跳躍してそのまま風魔法を使って上空へと飛翔していった。
◯
生命の森に辿り着いたあと。
俺は立ち並ぶ木々の中からひときわ立派な大木を一本選び、そいつを土魔法を駆使して根本から掘り返した。
そしてそれを俺のアニマで包み、肩に担ぎながらまた全力飛行でディアドル王国へと戻った。
「さすがにもう真っ暗だな……」
依頼を受けたのが昼過ぎだったからか、ディアドル王国の上空へと戻った頃には日はすっかりと暮れて夜になっていた。
「ええと、住所住所と」
空高い雲の上に風魔法で滞空しながら、懐から依頼の詳細情報が書いてある紙を取り出す。
確かこの木は依頼主の自宅へ直接送り届けることになっていたはずだ。
「うわぁ、マジか」
住所を見たらもの凄く見覚えがあった。
「これ、セーラの屋敷じゃん……」
俺は肩に担いだ木のバランスを保つ為に前へ後ろへとフラフラしながら、どうやってセーラと顔を合わせずに屋敷へ物を運ぼうかと思案し始めた。




