第七話「東の森」
色々とあった。
ひとつだけ言えることは、リーダーは非常に怖いということだ。
結局、これから俺は体術をメインに、ハルバードをサブで戦うということになった。
体術をメインで戦うようになってからは戦闘の感触が劇的に変わった。
戦闘訓練ではリーダー以外の先輩剣士を圧倒出来るようになったし(今まで苦戦していた)、 魔物討伐の際に先輩剣士たちと上手く連係が取れることも多くなってきていた。
ハルバードを気に入っていただけに複雑な気持ちではあるが、やっぱりリーダーの言う通り俺には武器より素手の方が向いていたようだ。
我流ではあるが、俺は着実に体術をものにしていった。
○
月日は流れ、俺は五歳になった。
そんな頃のある日。
「なぁ……今日さ、ほとんどの魔物、イグナートが倒してねぇ?」
恒例の魔物討伐のあと、一人の先輩剣士が言った。
確かに、今日は非常によく動けた。
体術をメインで使うようになってからというもの、俺がグバルビルを倒したあとは他の戦闘班のところへ助太刀しに行くのが定番になっている。
それゆえ、最近では俺が近づくと先輩剣士たちも即座にその場を退いてくれるようになった。
近頃は素手の攻撃力も異常に上がっており俺が魔物の相手をすると大体が一撃なため、下手に共闘するよりも完全に任せてしまった方が早いからだ。
せっかく連係が上手くなってきたというのに残念ではあるが……いや、これも連係といえば連係か。
「もうさ、魔物全部、イグナート一人で十分なんじゃねぇ?」
軽い感じでヘラヘラと、そんなことを言う先輩剣士。
……いやいや、さすがにそれは無理があるだろ。なに言ってんだこの人。
そんな風に呆れている俺の隣でリーダーがボソッと不穏なことを呟いた。
「……試してみる価値はあるね」
そんなバカな。
と、俺が惚けている間にリーダーは周りのメンバーを集めて作戦会議を始めてしまった。
俺の抗議の声もむなしく、本当に俺一人で魔物を全滅させるというムチャな作戦が次の魔物討伐で実施されることになり……そして四日後。
「いやぁ、ビックリするぐらい強くなったねぇイグナート……キミなら出来るとは思ってたけど、実際目にすると凄まじいの一言だよ、うん……なにはともあれ、ご苦労様」
魔物を一人で全滅させた俺にまずはねぎらいの言葉を掛けたあと、リーダーは首を左右に振りながら言った。
「だけどこれじゃ、普段の戦闘とあまり変わらないね……」
「いや、だから初めに言ったじゃないですか……一人で抑えるのは無理だって」
魔物は確かに俺が一人で全滅させた。
させたのだが、それは畑の前で先輩剣士たちが防衛ラインを作り魔物を食い止めてくれていたからである。
もし先輩たちがいなかったら、きっとさんざん畑を荒らされた挙句、魔物の何匹かは森へ逃げられてしまっただろう。
こうなると、俺が一人で魔物を倒すというのは正直まったく意味がない。
「まぁ、でも今日の戦闘で更に人員を絞る検討がついたから、有益ではあったよ?」
「え……また人員削減するんですか……?」
俺がハルバードを持って戦闘に参加し始めた三歳半ごろから、人員はどんどん削減している。
最初は一回の魔物討伐に三十人近くの戦士を動員していたのが、俺が素手で戦い始めた四歳のころには二十人。
連係が上手く出来るようになった五歳の今は十五人と、すでに人員は半分も削減されている。
一回の戦闘で魔物は三十匹前後来ることが多いから、単純計算すると前は一人一匹だったのが、今では一人で二匹を相手するということになる。
……まぁ、最近では魔物の過半数を俺が倒すようになっているから、実際はもうちょっと余裕があるのかもしれないが、それでも随分とギリギリになるだろう。
「北東の森が今、厳しいらしくてね……」
リーダーが顔を曇らせる。
北東の森が厳しい。
つまり、それは国軍から人員の要請が来ているということだ。
「イグナートに頼りきりなのは本当に申し訳ないと思ってる。だけど、国軍が突破されたらここも無事じゃ済まない。だから……」
頼む、と頭を下げるリーダーに俺は慌てて言葉を継いだ。
「いやそんな、俺は全然構わないというか、大丈夫なんですけど……でも、正直ジリ貧ですよね。なんとか出来ないんですかね」
「……なんとかって、どういうことだい?」
「ええと、魔物が来ないようにする、とか」
俺がそう言うと、リーダーは首を振って答えた。
「昔は森の近くに壁を作ってみたり、森へ魔物の巣を破壊しに討伐隊を組んだりしたみたいだけど……どれも上手くいかなかったみたいだよ」
「あー……まぁ、そうですよね」
やれることはやってるに決まってるか。
前に聞いた話だと、北東の森と東の森から虫型の魔物が頻繁に出てくるようになったのは今から二十年も前のことらしいからな。
その間に試せることは試したのだろう。
「壁はグバルビルの体当たりでいつか壊れてしまうし、軍で討伐隊を組んでも森の中じゃ魔物たちの方が圧倒的に有利……」
と、そこまで言ったところでリーダーはなにやら腕を組んで考え込んでしまった。
……あ、なんか凄く嫌な予感がする。
こういう時のリーダーは大体――。
「イグナート……キミ、自分の限界を知りたくはないかい?」
――俺にムチャ振りをしてくるからだ。
○
自分の限界?
そんなもの、知りたくありません。
そう俺は即答した。したよ?
だけど今、なんでか俺は武装してリーダーと一緒に東の森へと入っていた。
……不思議だなぁ。
「さぁイグナート。魔物を見つけたら思う存分暴れてくれ……と、言いたいところだけど、魔物の巣を見つけるまで出来るだけ戦闘は回避しようか。肝心なところで体力の限界が来たら困るからね。限界を知るのは帰り道にしよう」
辺りを警戒しながら俺の前を先導するリーダー。
「わかりました。じゃあ出来るだけ慎重に進みます」
「うん、頼むよ。……おっと、さっそく見つけたよ。グバルビルが三匹も固まってる。よし、この距離だったら充分に迂回出来る。イグナート、僕の後ろをついて来てくれ」
「はい」
俺は小さく返事をして、慎重に、ゆっくりと右足を前に出した。
すると、バキボギバギッ! っと木の枝が折れる音が森の中に響き渡った。
「……イグナート?」
「……はい、すみません」
そして当然のように、その後こちらに気づいたグバルビルたちと戦闘になった。
リーダーが長剣で触角をすべて切り落とし、俺がハルバードで仕留める。
「ふぅ……まだ先は長いからね。次は頼むよイグナート」
「はい、今度こそ」
戦闘が終わり、気を取り直して先を進む。
このあと魔物の巣を見つけるまでに幾度となく(俺のミスで)同じようなことになり、戦闘を繰り返した。
そして体感でおよそ三時間ほど魔物の通り道を辿りながら森の中を進んだ頃。
「まさかここまで規模が大きいなんて……ちょっと予想外だったな……」
俺とリーダーはとうとう魔物の巣にたどり着いた。
森を横断するように現れた灰色の壁。
これが全部、魔物の巣らしい。
壁面はゴツゴツと岩のようでぱっと見、穴が無数に空いている崖のようにも見える。
この中にグバルビルやザンザーラ、スコロエンドラ(全長三メートル前後のムカデのような魔物)など、複数の魔物が共生しているのだ。
ここ、東の森と北東の森に生息する虫型の魔物は異なる複数の種族で同一のコロニーを作る。
しかもそれぞれ行動を共にして、お互いの種族が苦手とする部分を補い、協力して獲物を仕留める。
これは元々この虫型魔物たちが遥か遠い昔、魔王軍に対抗するため人族側の秘術によって作り出された生物兵器だった頃の名残りだという。
「ダメだね……これだけ巣が大きいんじゃ、中に入ってる魔物は百をゆうに超えるだろう。もしかしたら二百ぐらいいるかもしれない……」
リーダーが悔しそうに拳を握りしめる。
「……あれじゃいくら僕とイグナートでも無理がある。残念だけど、ここは戻るしかないね」
そう言って魔物の巣に背を向けるリーダー。
「行こう、イグナート。今なら日が沈む前に帰れる……イグナート?」
俺はそんなリーダーの催促を聞きながら、ずっと考えていた。
(あれを潰せば……もう、孤児院に魔物が襲ってくることは無いのか……)
そうなれば、これから先は孤児院のメンバーも命の危険がある戦闘を日常的にこなさないで良くなるし、人死にも無くなるだろう。
俺が魔物討伐に参加するようになってから戦闘で命を落とす人間はまだ現れていないが、これは今までと比べると奇跡的なことであり、例年通りだったら少なくとも年に三、四人は死ぬのが通常だそうだ。
(……出来ることをやっておかないで周りの人間が死んだら、メチャクチャ後悔するだろうな)
俺は大きく深呼吸をして、決意した。
――よし、やれるだけのことはやろう。ダメだったらその時はその時だ。
「リーダー……、俺、やっぱ自分の限界に挑戦してもいいですかね?」
「……え?」
「来る前は限界なんて知りたくない、なんて言いましたけど、いざ目の前にしたらなんか……やる気になってきました」
「イグナート……」
本当はビビリまくっているが。
「リーダーはここで待っててください。あ、大丈夫ですよ心配しなくて。もしダメそうだったら即行で逃げ帰るんで」
リーダーはしばらく俺の目を真正面から見据えたあと、
「……わかった。だけど、キミ一人では行かせられないな。僕も行こう」
覚悟を決めたように背中から剣を抜き出した。
「いや、本当に待っててください。さすがの俺も、リーダーを守りながら百匹以上の魔物を相手するのは無理ですから」
「……言うようになったねぇ。対人戦でまだ僕に勝ったこともないキミが」
「ですね。でも、今じゃ負けることも無くなった。……でしょう?」
「ははっ……そういえば、そうだね」
リーダーは破顔して、俺の隣に並び立った。
「イグナート……僕はまだ、キミの限界を見たことがない。三十近くの魔物を屠ってなお息も切らさないキミなら、もしかして百……いいや、二百の魔物だろうと、一人で殲滅出来るのかもしれない。そうなると、僕は完全に足手まといだ」
リーダーは俺の隣を通り過ぎ、背中を向けたまま話を続ける。
「……僕はね、イグナート。本当はここに来る前から予想していたんだ。巣の規模と魔物の数、僕が足手まといになること、そして……キミがそれでも一人で戦おうとすることを」
「リーダー……」
「わかっていて、キミを利用するつもりで、ここまで来た。……こんな僕を、軽蔑するかい?」
自嘲気味に笑うリーダー。
「いえ、別に……リーダーらしいなとは思いますけど」
「ははっ、僕らしいか! さすがイグナートだね、よくわかってる」
「えぇ、まぁ、結構普段から目的のために手段を問わないですもんね、リーダー」
「うん、それだったら話が早いね。そういうわけで、イグナート。僕はキミの帰りが遅くなっても助けには行かない。だから、ちゃんと引き際を見極めて帰ってくるんだよ?」
「わかってますよ、大丈夫です」
俺は背中のハルバードを手に取りながら返事をした。
(まぁ、こんなこと言ってるくせにいざって時は助けに来ちゃうのがリーダーなんだけど……)
そこはあえて言うまい。
「じゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい。ああそう、巣穴はキミの場合小さくて入れないし、森の中は戦うのに不利だから巣の上を戦場にするのが良いよ」
「巣の上?」
「うん、多分その方が戦いやすいと思うよ。視界が開けてるしね」
「なるほど、了解です」
そして俺はリーダーの助言を受けて、魔物の巣まで全力疾走した。
どうせ巣の近くまで行ったら感知されるから、表に出て来ている魔物が少ないうちに勢いをつけてそのまま巣の上まで登ってしまおうという作戦だ。
作戦の結果は大成功で、俺は数匹の魔物を相手しただけで大して労せず魔物の巣を登ることが出来た。
ロッククライミングのように魔物の巣を登っていたら、顔の目の前にあった穴からザンザーラが飛び出て来たのは軽くトラウマになったが。
「さてと……ここからが本番か」
俺は魔物の巣の上を見渡しながら背中のハルバードを手に取った。
巣の上は側面と同じくゴツゴツと凹凸のある岩場のようになっており、ところどころ穴が空いている。
「うわぁ……これはドン引きだわ……」
ハルバードを『強化』していると、次々と穴から魔物が出てくる出てくる。見渡す限りの魔物、魔物、魔物。
おそらく今見えているだけでも百匹は超えているだろう。
無数に蠢く巨大な昆虫たちがこっちに向かって迫り来る光景は、心の底から原始的な恐怖を呼び起こさせる。
正直もう帰りたい。
(でも、ここまで来たらやるしかないよな……!)
俺は覚悟を決め、気合の雄叫びと共に魔物たちの群れへと突っ込んで行った。