第七十五話「帰還」
初めて見たティタの笑顔と急遽展開された謎理論に衝撃を受けつつ、その後はとんとん拍子に話が進んだ。
そして結局、ティタはジル・ニトラの元で働くことになった。
ジル・ニトラに『それってもしかして暗殺者として働くんじゃないだろうな』と聞いたら、親バカ扱いされた。
失礼な話である。
普通に心配しただけだっての。
まあ暗殺者としてじゃなく、要人の護衛任務やら、ジル・ニトラの雑用要員やらの仕事を与えられるとのことだったので、ひとまずは安心だ。
ちゃんとティタにも嫌な任務をやらされそうになったらすぐディアドル王国に来いって言ってあるしな。
大丈夫だろう、多分。
……大丈夫だよな?
「なあ、大丈夫だよな?」
「大丈夫だと言っているだろう。彼女は私が責任を持って預かる。何度言わせるのだキミは」
呆れたように言うジル・ニトラ。
「メトラ。チキは大丈夫。だからメトラはメトラの好きに生きて」
「ティタ……」
ジーンときた。
けどなんだろう、なんかデジャヴというか、どっかで聞いたような気が……あ、わかった。
俺だ。
俺が今さっき同じようなこと言ってたわ。
「さぁ、早く行きたまえイグナート。いつまでこうしているつもりだ? これが今生の別れでもあるまいし」
「ぐ……わーったよ。ティタ!」
「なに」
「もっかい言っとくけどな、おまえも好きに生きろよ」
「わかってる」
即行で返答が返ってきた。
本当にわかってるかは怪しいところだが、ここは信じるしかない。
「じゃあな! ちゃんとメシ食べるんだぞ! 肉だけじゃなく野菜もな! 睡眠はしっかり! 布団は掛けてな!」
「わかった」
「キミは彼女のお母さんか」
「うるせぇ! せめてお父さんにしてくれ! じゃあな! 元気でな!」
「バイバイ、メトラ」
「さっさと行きたまえ」
俺は手を振る二人に別れを告げ、風魔法で星の輝く夜空へと飛び上がっていった。
◯
「お……おお……足が……」
足が超フラフラする。
千鳥足状態である。
「でもやみつきになりそうだ……」
ジル・ニトラの屋敷から夜空へと飛び上がったあと。
俺はひとりで飛んでいることをいいことに、超高速飛行やアクロバットな飛行方法を試しながらディアドル王国へと戻ってきた。
色々と自重しなかっただけあって凄まじい速さで戻って来ることができたのだが、さすがの俺も三半規管がやられてしまったようだ。
グラグラと揺れる視界を戻すため自分に治癒魔法を掛ける。
「ふぅ……」
急速に体調が回復していく。
しかし風魔法といい回復魔法といい、本当に便利な能力だな。
ベニタマのコピー能力さまさまである。
「イグナート、ですか?」
そんなことを大きな屋敷の前で考えていると、扉を開けてひとりの少女が顔を出した。
深緑の前髪パッツン触覚ヘアーが特徴的なディアドル王国の宮廷魔術師、セーラだ。
「おお、よく俺が来たってわかったな」
「結界が感知しましたから。ジル・ニトラ様によるケガの治療はもう終わったのですか?」
「終わったぜ。もうすっかり全快だ。……っと、わりぃな、こんな夜遅くに」
「いえ、夜はまだまだこれからですよ。積もる話もあります。中に入って下さい」
こうしてセーラの屋敷に上がらせてもらった俺は、夜通し彼女と酒を飲み交わしながら積もる話を消化した。
そして次の日の朝。
屋敷の敷地内から出る門の近くにて。
「本当にもう行ってしまうのですか?」
「ああ。次に来る時には、まともな体格になってるだろうぜ」
「私はそのままのイグナートでいいと思うのですが……」
セーラは昨日、俺が姿を変える神器のことを話した時からずっと『イグナートは今の姿でいい』と言っていた。
最終的にはしぶしぶ納得していたが、未だに俺が神器で姿を変えることには積極的ではない。
まあ確かに今まで見知った人間が姿だけとはいえ別人になるようなものだからな。
少なからず拒否反応があるのだろう。
……こりゃ、神器のことは孤児院メンバーに話さない方がよさそうだ。
「いーんだよ、もう決めたことだ」
「そうですか……」
「なんだ、そんなに今の俺の姿に愛着があるのか?」
「そうですね、あります」
「マジか」
あるのか。
「最初は人間に見えませんでしたが、慣れれば慣れるほど味が出てくる姿だと思います」
「はぁ……そうかい……」
「私は好きですよ」
「おー、ありがとよ」
「聞き流してませんか?」
「流してねぇよ。いやホント。ありがたいぜ」
もう完全に姿変える気でいるから今更感が凄いけどな。
「そんじゃ、また近いうちブラっと来るぜ。礼を言いに来たのに酒とツマミまでもらって悪かったな」
「お礼なんていいですよ。それ以前の借りを返しただけです。……あと、イグナート」
「ん?」
「父は……あの漆黒のグバルビルに乗っていた魔術師は、本当に……」
「ああ……俺がセーラに助けてもらった時以外では、本当に『見ていない』ぜ」
「………………そう、ですか」
俺の返答に表情を曇らせるセーラ。
セーラには、バルドが邪神に飲み込まれたことは一切伝えていない。
俺はそうした方がいいと判断したのだ。
……セーラには嘘をついていることになるが、未だ父親の存在に囚われている彼女にとってはその方がいいはずだ。
「すみません、何度も同じことを聞いて」
「親父さんが心配なんだろ? 気にすんな。もしまた旅に出て見かけたら教えるぜ」
「……そういえば、旅の間、手紙が一通も届きませんでしたが」
「さて! もう行くぜ! またな!」
「あっ……まったく、もう。……行ってらっしゃい、イグナート」
手を振るセーラに背を向けて、俺はその場を後にした。
「おーう、院長いるかー?」
孤児院に顔を出すと、懐かしいガキどもが群がってきた。
そいつらを掻き分けながら進むと、もういい歳だろうにピンク色のポニーテールがよく似合った治癒魔術師、イルミナさんがいた。
「イグナート、今、失礼なこと考えたでしょ」
「滅相もない」
イルミナさんの笑顔が怖い。
っていうかなぜわかる。
「院長なら王国軍に行ってるわよ」
「そうか。なら……」
他にも俺はミサ、アリス、リーダー、シエナさん、カインなどの居場所を聞いた。
「ミサ、アリスは王宮、リーダーは王国軍だと思うけど、シエナ、カインはわからないわね」
「なるほど」
皆、それぞれの持ち場で頑張ってるんだな。
普通は日々の仕事があるんだからよくよく考えれば当然か。
しかし、王宮とか王国軍とか俺が行ったら絶対なにか起こりそうだよなぁ……。
根拠はないが嫌な予感がする。
よし、こっちから会いに行くのはやめとこう。
皆には悪いが、俺は自分の勘に従う。
孤児院に言伝を頼んでおけば俺が戻ったことはわかるだろうし、会ったら礼を言えばいい。
今や俺には長距離も超高速飛行ですぐ移動できる風魔法があるし、何かあったらいつでも会えるからな。
俺はイルミナさんに千年荒野での礼を言って、早々に立ち去ろうとした。
「あ、待って。お昼まだでしょ? 食べていきなさい」
「いいのか?」
「いいのかって……あなたの家みたいなものでしょ、ここは」
そう言って笑うイルミナさんに袖を引かれながら、俺は孤児院内へと連れられていった。




