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強欲のイグナート  作者: 霧島樹


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第七十三話「毒」

 

 

 それから一時間ほど経つかという頃、部屋についている通信魔道具が鳴り、フロントへの呼び出しが掛かった。


「許可が下りたよイグナート。ただし伯爵も見物するってさ」


 フロントで複数の衛兵と待っていたアベルが先を歩き、ホテルの外へと誘導する。

 ホテルの外には大型の馬車があり、俺とティタはそれに乗るよう(うながされた。


「どこまで行くんだ?」

「都市の郊外(こうがい)にギムレット伯爵家の別荘地があってね。そこまで行くんだって」


 馬車の中で俺とティタの向かい側に座り、窓枠に肘をつきながら返答するアベル。


 こりゃ完全に余裕ぶっこいてるな。

 まあ実際、コイツは昔すでに人外な体格だった俺を相手に余裕で(もてあそ)ぶ実力があったからな。

 周りから天才天才言われてたし、あのまま順調に成長してるとしたらそんじょそこらの人間じゃ敵わないのは間違いないだろう。


 あとはジル・ニトラが手配した師匠(アサシン)に鍛えられたティタがどれだけやれるかだが……。


「…………」


 おお……ティタ、アベル相手に凄いガンつけてる。

 超ガンつけてる。

 やる気満々だ。

 気合いは十分だな。


「フッ……」


 お、おお……アベル、鼻で笑った。

 ティタ渾身のガンつけを鼻で笑ったぞコイツ。

 しかもティタと目を合わせてニヤニヤしながら前髪をいじり始めた。

 (あお)ってくるなぁ……さすがアベル。


「おまえら、着く前に()り合うんじゃねぇぞ……」

「ハハッ、オレは一向に構わないけどね……獣人のお嬢ちゃん?」

「…………」


 ティタは相変わらずアベルの目を見て殺気のこもったガンつけを継続している。

 おいおい、戦う前からこんな気張ってたら疲れちまうんじゃ……ん?


「なんか、甘い香りが……ぬぅ!?」


 俺の太ももをティタがつねる。

 なぜ。


「ハハ、何やってるんだよ、イグナート……ハッ!?」


 突然アベルが驚愕の顔で馬車から飛び降りた。


「お、おい! どうしたアベル!?」


 御者もいきなり馬車から飛び降りたアベルに驚いたようで、慌てて馬車を止めていた。


「ハ、ハハッ……毒、か……オレとしたことが、油断、したね……」

「毒!?  あ……例の揮発性のヤツか!?」

「……メトラが言わなければ、もっと吸ってた」


 ティタがジト目で俺のことを見る。


「いや、いやいやいや、すっかり忘れてたのは悪かったけど! そもそもそれ『あり』なのか!? まだ戦いの前だぞ!?」

「『あり』だよ……オレは着く前に()り合っても……一向に構わないって、言ったからね……でも……」

「これは前哨戦ぜんしょうせん。本番は『あの男』の前で」

「だね……前哨戦は、どうやらキミに一本取られたようだ……オレは、別の馬車に乗せてもらうとするよ……」


 アベルは二人の衛兵に両脇から抱えられながら、俺たちのひとつ前にある馬車へと引きずられていった。


「はぁ……凄いな、ティタ」

「なにが?」

「いや、なんか……色々と」


 もしかしてアベルの性格とか、言動とか、この状況とか、すべてを加味したうえでの行動なのだろうか。


「これあげる」

「ん? なんだこれ?」


 ティタは緑色の飴を俺の前に差し出した。


「解毒剤。メトラ、至近距離で結構吸ってるはずだから」

「お、おお。そういやそうだな。……でも、俺はなんともないから大丈夫だぜ?」

「なんで?」

「いや、俺は基本的に毒とか効かない体質だから。猛毒のキノコとか間違って食べても腹壊さないし、酒とかも酔わない。んでティタの麻痺毒はどうだかなーって思ってたが、やっぱり効かなかったからな」

「…………ずるい」


 ティタは心底残念そうにため息をついて、緑色の飴を懐に戻した。

 見るとティタは心なしか眉をひそめており、口はモゴモゴと動いていた。

 おそらくティタ自身も解毒の為にさっきの飴玉を舐めているのだろう。


「その飴、マズいのか?」

「…………………………」


 その答えは沈黙が雄弁に物語っていた。




 ◯




 しばらく馬車で移動したあと、俺たちはギムレット伯爵家の別荘地に到着した。


「遅かったな」


 別荘のすぐ近くにイスとテーブルを展開し、優雅に紅茶を楽しんでいる伯爵が話しかけてくる。


「待ちくたびれたぞ」

「申し訳ありません伯爵。多少時間を掛けて来ました」

「……どうしたアベル? 体調が悪そうじゃないか」

「それが道中で不覚を取り、毒を吸い込んでしまいました」

「毒?」

「はい。ですが時間経過で多少は回復しました。戦闘に問題はありません」

「毒、か。……なるほど、ちょうどいいハンデじゃないか。一方的なのもつまらないからな」


 伯爵は不敵に笑い、自分のアゴヒゲを撫でた。


「確か、アベルが負けたらこちらは例の事件の真相を話す。アベルが勝ったら『それ』の身柄はこちらで引き受ける。……それでよかったな?」

「おう。そんでもって俺は手を出さねぇ。その代わりアンタや周りの衛兵にも手を出させねぇ。そういうルールだ」

「いいだろう」


 伯爵が指を鳴らすと、衛兵のひとりがティタとアベルをそれぞれ十メートルほど離れたところで配置につかせる。


「始めろ」


 伯爵の声で真っ先に動いたのはティタだった。


「ッシ!」


 ティタが両腕を振るうと、その袖から無数のナイフが投擲された。


 アベルはそれを長剣の二刀流で次々と撃ち落としていく。


「どうせ、これも毒が塗ってあるんだよ……ねっ!」


 そう言いながらアベルはナイフのいくつかを長剣で打ち返した。


 するとティタは打ち返されたナイフを避けながら、手のひら大の黒い玉をアベルに向かって投げつけた。


「っとぉ!?」


 アベルはその黒い玉を長剣の腹で衝撃を殺しながら受け止め、そのまま離れた場所へと放り投げた。


 黒い玉が落ちたところに灰色の煙幕が現れる。


 直後、間髪入れずにティタが煙幕の直線上に移動した。


「ちょ……マジ!?」


 そして煙幕を挟んでアベルに投擲されたのは、先程と同じ黒い玉だった。


 避けきれずその身に黒い玉を受けるアベル。


「ッシ!」


 煙幕に包まれたアベルにティタがナイフを投擲し、そのままショートソードを両手に構えて走り出す。


「惜しいっ!」

「ぐっ!?」


 だがしかし、ティタが煙幕に飛び込んだと同時にアベルの蹴りが炸裂した。


「殺気がダダ漏れだよっ!」

「っ!」


 腹に蹴りを受け吹っ飛ばされたティタを追ってアベルが右手の長剣を振るった。


 それに対しティタは長剣を(かわ)しながら、右手をアベルに向かって突き出した。

 次の瞬間、右袖から極細の針が発射される。


「甘い!」


 だがアベルは即座に反応し、左手の長剣、その柄を使って針を受け止めた。


「これで終わりだね」


 そう言いながらアベルは素早く右手の剣をティタの首に添えた。


「いやぁ、足が痺れてあんまり動けなかったから、ちょっとヤバいかなーって思ったけど、なんとかなるもんだね」

「…………」

「もっと続けてもいいけど、キミの攻撃は大体見切ったからもうムダだと思う……よ……?」


 どさり、とアベルがその場に尻もちをつく。


「これ……毒……なん、で……?」

「足」


 ティタの言葉にアベルが自分の足を見ると、その左足首には極細の針が刺さっていた。

 アベルが目を細めてティタの靴を見る。


「そう……か……手甲だけじゃなく……その靴も……」

「…………」

「ハハッ……オレも一から……鍛え直さなきゃ……ね……」


 そう言ってアベルはそのまま地面に倒れこんだ。










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