第六話「違和感の正体」
グバルビルにリベンジを果たしたが最後の最後で大ポカをやらかしたあの日から、俺は毎回魔物討伐に駆り出されるレギュラー戦闘要員となった。
なんだかんだでグバルビルの甲殻を正面からカチ割って倒せる俺は有用であるらしい。
すべての戦闘班は俺がグバルビルを一人で倒すという前提に合わせて全体的に組み直された。
とは言ってもいっぺんに全部を組み直すのは危険なので、最初は少しずつグバルビルに割く人員が減らされていき、十回目の戦闘ではとうとう対グバルビル戦力が俺だけになった。
その頃には俺も慣れたもので、サイズが五メートル前後のグバルビルだったらほぼ確実に一撃で倒せるようになっていた。
「しかし、半年ぐらい前には『強化』も出来ずに剣を折ってたイグナートが……強くなったよねぇ……」
ある訓練の日、俺の繰り出すハルバードを余裕な様子で避けながらしみじみと呟くリーダー。
「くっ、対人戦はっ、サッパリですけどね!」
「まぁ、そうだねぇ……本当にサッパリだねぇ……」
「そこはっ、まだまだこれからとかっ、言って欲しかったんですがっ!」
こうやって話をしている間にもリーダーは俺のハルバードを躱し続けていた。
しかもこの人、アクビまでしてるよ……。
ひどい……。
俺のハルバードがチョロすぎるのか、もしくはリーダーの回避能力が高いのか……両方だなきっと。
ちなみに最近、対人戦の訓練ではハルバードの『強化』を最低限にしてある。
幼い頃から戦闘訓練を積んできた戦士であるここのメンバーでも、さすがにグバルビルの甲殻を一撃で粉砕する俺のハルバードをまともに受けるのは危ないからだ。
それはリーダーとて例外ではない。
……まぁ、どっちにしろ当たらないのに変わりはないんだけど!
「うーん……なんか違うんだよねぇ……得物の扱いが素直すぎるっていうのもあると思うんだけど、それとはまた違った違和感が……なんだろう?」
「それはっ、俺の熟練度が足りないとかっ、そういうことじゃないですかねっ!?」
「うん、まぁ、それは大前提なんだけど……なんだけどねぇー……」
結局、俺はその日さんざんリーダーに『なんか違う』とか言われながら滅多打ちにされた。
『硬化』のアニマで身体を覆ってるからダメージは無いんだけど……なんだか釈然としない。
『なんか違う』ってなんだよ……。
○
時は過ぎ、三十回目の魔物討伐戦闘。
「暇だな……」
俺は戦闘開始早々、前線にいたグバルビル二匹を始末して戦場の後方で待機していた。
今日はどうやらグバルビルは二匹だけしか来なかったようだ。
そうなると俺は途端に手持ち無沙汰になる。
俺はまだ先輩剣士たちと上手く連携を取れるほどの技術が無い。
連携の訓練はしているのだが、先輩剣士たちいわく『センスがない』のだそうだ。
そのくせ俺の一撃は強力で、しかも武器がデカいハルバードだから危なっかしくて仕方が無い。
というわけで、俺は戦場の後方で待機しているのであった。
万が一先輩たちが魔物を討ち漏らした時のフォローをするためだ。
まぁそんなことは滅多にないのだが。
「イグナート! 一匹抜けちまった! 頼む!」
そんなことを考えていると先輩たちの防衛ラインをすり抜け、一匹のデッカい蚊みたいな虫型魔物であるザンザーラがこちらに向かって飛んで来た。
珍しいこともあるもんだ。
「ザンザーラか……久し振りだな」
ハルバードを上段に構える。
俺がメインで倒すのはグバルビルのみなので、ザンザーラなど他の魔物は普段相手をしないのだ。
……っていうか、よくよく考えたら先輩の剣を両断してしまった時以来だった。
久し振りというより、正面からまともに相手するのはこれが初めてだ。
ちょっとドキドキしてきた。
「はぁぁ……」
深く息を吸い、ハルバードを『強化』する。
なに、心配することはない。
俺の身体を覆う『硬化』のアニマは既に戦場で一番の攻撃力を持つグバルビルの突進さえも受け止められる。
ザンザーラなど、敵ではない。
――そう思っていた時期が、俺にもありました。
「なんだ、コイツ……ぜっんぜん当たらねぇ!」
狙っても狙ってもザンザーラにハルバードが当たらない。
ゲーム風に表現するとミス! ミス! ミス! ミス! って感じだ。
しかもその隙をついてザンザーラは口辺りから生えている針で俺を攻撃しまくっている。
「くっ……!」
ザンザーラからの攻撃は効かない。
効かないが……。
(コイツ……俺のこと完全にナメてやがる……!)
いや、虫型の魔物にそんな知能があるのかは実際わからないが、なんとなくそんな気がする……!
「おいおい! ザンザーラ相手になに苦戦してんだよイグナートよぉ!」
前方で戦っている先輩剣士の一人がこちらを振り返って嘆くように声を上げた。
「そうは言ってもっ! 当たらないんですよ攻撃がっ!」
「なんだそりゃ! だったらもう手で叩いちまえよ! お前だったらそっちの方がよっぽど早えよ!」
――無駄にバカでけぇ手してんだからよぉ!
そう続けて叫ぶ先輩剣士。
「ハッ……! なるほど!」
俺はハルバードを左手に持ち替えて、右手を開きザンザーラを手のひらで叩き落とした。凄まじい勢いで地面に半壊したザンザーラがめり込む。
一発で命中。そして終了。超絶簡単だ。
今までの苦戦が嘘のようであった。
まさに『その手があったか』という感じである。
「ああっ!」
そんな俺を見て、なぜか前方にいるリーダーが驚いたような声を上げていた。
◯
戦闘が終わったあと、俺はリーダーに訓練場へと連れて行かれた。
「イグナート、わかったよ。キミの戦闘で感じていた違和感の正体が」
開口一番、リーダーはそんなことを言った。
「あぁ……そういえばずっと言ってましたね」
しつこいぐらいに。
「うん。それで、結論から言うんだけど、イグナート……キミ、これからは素手で戦いなさい」
「素手ですか……それまたなんで……って、素手!?」
思わず二度聞きした。
「いやいやいや、それなんて罰ゲームですか!?」
「罰ゲームだなんて、とんでもない。キミはおそらく素手の方が強いよ」
「武器持ちより素手の方が強いだなんて、そんなことあるわけないじゃないですか!」
「うん、そうだね。ちょっと語弊があったかな。もちろん攻撃力は武器を持った方が強い。だから、これからハルバードは大型の魔物や硬い魔物だけに使って、それ以外の相手には素手で戦うんだ」
「なんでそんなことを……」
するんですか、と言おうとしたところで、俺はリーダーの真意をなんとなく察した。
「気付いたかな? イグナート、キミは類稀なる体格と、膨大なアニマの持ち主だ。今日、ザンザーラを素手でいとも簡単に叩き落としたように、キミだったら大体の人間や魔物はちょっと大きな蚊みたいなものだ」
リーダーは地面から小さな木の枝を拾って俺に見せる。
「キミの場合、身体全体もそうだけど、手足の大きさはそれ以上に規格外だ。だからキミがハルバードを持って自分よりも小さな相手と戦うことは、今から僕がそこらへんの羽虫をこの枝で打ち落とすことぐらいに困難だと言えるだろう」
「な、なるほど……」
「それに素手での格闘だったら攻撃の幅も広げられる。正直、僕はキミがハルバードをいくら振るっても怖くないが、素手で攻撃してくると考えたら気が抜けないからね。叩く、掴む、蹴る、突進する……キミの場合は全身が凶器だから、どれも致命傷になりそうだ」
俺が素手で戦うことの優位性を饒舌に語るリーダー。
確かに、俺のハルバードはグバルビル以外を相手するには威力があり過ぎて、どう考えてもオーバーキルだ。
リーダーの言うことも頷ける。
……頷けるんだけど。
「あれ、イグナート……? 浮かない顔だけど、もしかして乗り気じゃない?」
「ええ、まぁ……」
「ううん、わからないな。さっきの話が理解出来ないというわけじゃないだろう? キミは物分りの良い方だ。なにか問題があるのかい?」
「そうですね、ちょっと……」
俺はリーダーから目をそらしながら、小さく呟いた。
「素手って、あんまりカッコ良くないかなー、なんて……」
「……………………」
リーダーが手に持っていた小枝がパキッ、と音を立てて折れた。