第六十八話「神器」
雲を突き抜け、サンサンと輝く太陽に目を細めながら一度そこで減速する。
「っと……ここまで来たらもう誰も見えねぇな。どうだ、ティタ。気分悪くねぇか?」
「…………」
右手に握ったティタを見てみると、青い顔で目をつぶり、うつむきながらブルブルと首を左右に振っていた。
「お、おう……すまんな……んじゃとりあえず帝国出たらそこら辺に降りるわ」
ティタの耳が完全にヘタレている。本気で怖いらしい。
大丈夫そうだったらこのままディアドル王国までひとっ飛びしようかと思っていたが、そういうわけにもいかないようだ。
俺はディアドル王国へ方角の検討をつけて空中を飛翔し、帝都から十分離れたと思われるところでストップ、そのまま高度を下げて森の中へと降り立った。
「地上に下りたぞ、ティタ」
「っ!?」
俺が声を掛けて手を開くと、ティタは即座に飛び降りて地面へと張り付いた。
未だに耳はヘタレて、尻尾は股の間に引っ込んでいる。
「そんなに怖かったのか……」
なんか悪いことしたな。
あらかじめ説明しておけばよかったんだろうが、もし『イヤだ』って言われても困るからな。
それに急いでたし。
「……って、あぁ!?」
よくよく考えたらジル・ニトラから報酬の変身系神器とかもらうの忘れてた。
それに、今までずっと背中にあったハルバードの重みもない。
「相棒……」
魔王との戦いで瀕死になったあと、回収した覚えがない。
ということは今頃、崩れた魔王城の下に埋もれているのだろうか。
「…………」
最初はネタとして相棒呼ばわりして、普段は単なる武器扱いだった。
だが失いそうになって始めて、自分が本当にあの無骨なハルバードを大事にしていたんだと気づいた。
「そして結局は失う、か」
皮肉なものだ。
物には対して執着のないタイプだと、自分では思っていたのだが。
そんなセンチな気分に浸りながら、ジル・ニトラからもらった灰色の無限袋とやらに指を突っ込む。
服を着替えた時に、いつも懐に忍ばせておいたマギー・アーツや硬貨の入った袋がなかった為、それらもまとめて無限袋の中に入っているのではないかと思ったからだ。
「ん? ……おお!?」
そして人差し指と親指に掴んだのは、ひんやりとした感触にずっしりとした重量と存在感を放つ、銀色の巨大なハルバードだった。
「相棒!!」
ジル・ニトラのヤツ、回収しておいてくれたのか……!
現金なものだが、俺の中でヤツに対する悪感情が大分軽減した。
なにせこれから廃墟となった魔王城へ捜索に行こうかと思っていたところだ。
「……礼を言わなきゃな」
戻ってきた相棒を背中に差し、再び無限袋の中に指を突っ込む。
指の先に当たった感触を頼りに掴み引っ張りあげると、それは俺がいつも旅で使っていた麻袋だった。
「おー、やっぱこれもこの中にあったか……ん?」
麻袋の中でブルブルと、何か動いている。
「……ギルドカード?」
麻袋からその動いている物を取り出すと、それは黒色の傭兵ギルドカードだった。
その表面には光の文字で『ジル・ニトラ』という名前が点滅している。
「まさか……」
俺はその文字を指で押して、ギルドカードを耳に当てた。
「……もしもし?」
『やっと出たか。心配したぞ』
案の定、声の主はジル・ニトラだった。
「これ、電話機能なんてついてたのか」
『デンワ機能? よくわからんが、私のカードと直接繋がる通話機能ならキミが寝ている間につけたよ。普通はこんな機能ついてないさ』
「そうなのか。そりゃ便利だが、なんでまた?」
『言っただろう? 私はキミを気に入っているんだ。何かあったらいつでも連絡するがいい。助言ぐらいはできる』
「……そうか、ありがとよ」
メチャクチャ怪しい。
コイツがただ『気に入ってるから』なんて理由でそんな贔屓をするはずがない。
短い付き合いだが俺にはわかる。
何かあったら面倒事に巻き込まれる予感がビンビンする。
『フフ、訝しげな顔をしているのが目に見えるようだぞ。そんなに私が信用できないか?』
「そりゃな……いや、でも俺のハルバードを回収しておいてくれたりとか、命を助けてくれたことに関しては本当に感謝してるぜ」
『そうか、そうか。それはよかった。一度は止むを得ず見捨てる形となってしまったが、私は本当にキミを気に入ってるんだ。これからもできる限りの助力はさせてもらうよ。その代わり、私もキミを頼ることがあるかもしれないがね』
「ハハ……お手柔らかに頼むぜ」
『もちろんだとも。それでだね、以前話した変身系神器だが、もう既に手にとってはいるかな?』
「いや、まだだ……っていうか、この無限袋の中に入ってるのか?」
『ああ、入れておいたよ。キミの旅道具が入っていた麻袋の中に入れてある。小さな銀色の箱だ』
麻袋の中を確認すると、底の方で小さな銀色の箱が見つかった。
さっき覗いた時はロッド型のマギー・アーツや硬貨の入った巾着袋などにまぎれていたのだろう。
『その箱には銀色の指輪が入っている。それがキミの望んでいた変身系神器だ』
「これか……って、小さいな」
箱も小さいが、指輪はもっと小さい。
普通の人間の指輪並だ。
「これ俺が使えるのか?」
『問題ないよ。便宜上、指輪の形をしているだけだからね。指に嵌めなくても使うことはできる』
「そうか。……で、どういう代物なんだ? これは?」
どうせ前回もらった『変わり身のペンダント』みたいに不備があるんだろ。
わかってるっつーの、そんぐらい。
『おや、慎重だね。もっと喜ぶかと思ったよ』
「前回は本当にぬか喜びだったからな。アレはアレで使い道はあるんだが、俺の望むところじゃない」
『そうか。でも安心したまえ。それはおそらくキミの意に沿う代物だ。多少の手間と制約はあるが』
「へぇ、そりゃ嬉しいな」
本当だとしたら。
『実はあの後、キミの目当ての物を見つける為に私の蔵を探したのだが、都合のいい物が見つからなくてね。それは私が直々に作製した神器なのだよ』
「え、マジで?」
神器を自作って……いや、まあ元神だってのは知ってるけど。
「おまえって本当になんでもできるんだな……」
『そんなことはないさ。色々と制約が多くて困ることも多い。まあそれはともかくだ。その神器だが』
「ああ」
『その名を『真実の指輪』と言ってね。使用者の肉体を、使用者の魂本来の姿にする、という機能を持つ』
「ん……ん? ちょっと待った。それどういうことだ?」
『ん? そのままだが?』
いやいやいや、ちょっと飲み込みづらいぞ、その説明。
「あー……つまり、こういうことか? 俺の魂本来の姿がもしカエルだったら、カエルになる。ブタだったら、ブタになる、と?」
『そういうことだな』
「ふざけんな」
それのどこが俺の意に沿う代物だよ。
バケモノになる未来しか見えねぇよ。
『ハハ、心配するな。魂の修復中に薄っすらと見えたが、キミの魂本来の姿は人間だよ』
「本当か……?」
『ああ、間違いないとも。どのような容姿になるかまではわからないがね』
「そうか……」
魂本来の姿か。
長身イケメン細マッチョだったら相当これからの人生イージーモードなんだろうが、俺に限ってそれは無いな。
……となると、順当なところでいくと前世のドチビで童顔のひょろメガネか。
「うーん……背に腹は変えられないか……」
『それで、使用条件なんだが』
「……うん? 使用条件なんてあるのか?」
『それはそうだよ。本人自体の肉体を作り変えるなんて、これは本来だったら失われた古代魔法に近い奇跡だからね。それを『物』で再現するんだから相応の制約はあるさ」
「なるほどな。じゃあ使用者の肉体を『魂本来の姿にする』なんて遠回りな効果だったりするのも、そういう制約的なものが理由なのか?」
『察しがいいね。その通りだよ。自分の想像通りに肉体を作り変えるだなんて、そんなことは古代魔法ですらそう簡単にはできないからね。それ専門の神でもない限りは、いくら制約をつけても神器として機能をつけることすらできないんじゃないかな』
「へぇ、そういうもんか」
意外とシビアなもんなんだな。
まあそう都合よくはいかないってことか。
『それで、使用条件だが――』
そう言って話し始めたジル・ニトラの説明に、俺は耳を疑った。




