第六十七話「幻の四人目」
「メトラ。目が覚めたのか」
「……ティタ」
部屋の外に出て会ったのは、明るい茶髪に猫耳が目を引く獣人族の少女、ティタだった。
「……どうかしたのか? メトラ」
「…………いや」
ダメだ。
どうやら今は頭が上手く回っていないらしい。
再会して言うことは色々とあるはずなのだが、なにも言葉が出てこない。
「……起き抜けで、まだ完全に目が覚めてねぇみたいでな。外の空気を吸いに行くところだ」
「そうか。外に行くならこっちだ。案内する」
「おう、ありがとよ」
前を歩くティタの後ろについて行く。
「ティタ」
「なんだ?」
「千年荒野で、助けに来てくれてありがとな」
「礼はいい。チキはメトラからの恩を返してるだけだ」
「はは、そういやそんな話もあったな。すっかり忘れてたぜ」
「チキは忘れない。まだまだメトラからの恩は返し切れない」
「恩ねぇ……千年荒野で俺を助けてるんだから相殺されてるんじゃねぇか?」
「チキはそれ以上の恩を受けてる。返すまでメトラから離れない」
「お、おう……そうか」
なんつーか……律儀だな。
「そういえばティタ、しばらく会わない間に随分と雰囲気変わったよな」
「雰囲気?」
「ああ。なんか、格好よくなった」
今のティタは千年荒野で会った時と同じく、黒を基調とした服に黒いマントを纏っている。
なんかもう完全に『自分、暗殺者です』って感じの服装だ。
だからだろうか。
元々はただ単にぶっきらぼうな印象だったティタが、今はクールな感じに思えてくる。
「…………」
ティタは俺の言葉に一瞬目を見開いたあと、そのままなにも言わずに首を前に戻した。
「ティタ?」
後ろ斜めの位置から見たその横顔はやや赤く、口元も口角が上がるのを堪えているかのような、不自然な形でモニョモニョと動いていた。
「なんだ、照れてんのか?」
「……っ! てっ、てっ、照れてない!」
「ははっ、わかりやすいなぁ」
小さな見た目に反して落ち着いてるティタではあるが、こうして見ると年相応の少女だ。
微笑ましくて、ジル・ニトラとのやりとりでささくれだった心が穏やかになっていくのを感じる。
「そ、外に着いたぞ!」
「おう……ッハ!?」
ティタの後ろに続いて渡り廊下へと出た瞬間、俺の超感覚が危険を察知した。
「メトラ? なぜ隠れる?」
「しー、静かに」
俺は渡り廊下へ出る直前の壁に隠れ、耳を澄ませた。
すると広い庭の向こう側から話し声が聞こえてきた。
『執事さんー、ちょっとでいいから教えて下さいよー、お礼は弾みますから』
『はて、知らないものは教えられませんな』
『またまたー、わかってるんですよ、今ここに帝都中で噂の、『幻の四人目』がいるってことは。確かな情報筋ですから』
『そうですか。その四人目という方は存じ上げませんが、参考までに聞きましょう。確かな情報筋とは?』
『シラを切りますねー、わかりました。これを聞けば言い逃れはできないでしょう。実はですね……あの、勇者一行のひとりである『疾風のスラシュ』が酒場で、その『幻の四人目』に関して話していた内容の詳細を、ウチの者が掴んだんですよ』
『……それで?』
『そしてその情報から、重症を負ったその四人目の元に『勇者フィル』と『疾風のスラシュ』が連日、見舞いに通っているらしい、ということまでわかりました。そしたらあとはどこに通ってるのかなんて、調べるのは容易ですよ』
『そうですか』
『ねぇ、だからわかってはいるんですよ。ここにその四人目がいるのは。内密にしておきたい事情があるというのならそこには触れませんから、せめてどんな人物なのかだけでも教えてもらえませんかね? 性別とか、職業とか、身分とか』
『先ほども言いましたが、知らないことは教えられません。お引き取り願います』
『いやいや、だから言ったでしょ? タネは割れてるんですって。しらばっくれないでくださいよー』
『しつこいですな。では私も職務がありますので、失礼します』
『ちょ、ちょっと! あなたねぇ、勇者一行の一員って言ったら完全に公人ですよ! 国民にはその正体を知る権利がある! なぜ隠すんですか!? なにかやましいことでもあるんですかぁ!?』
しばらく門をガンガンと叩く音が聞こえたあと、再び話し声が聞こえてきた。
『どうでした? 班長』
『……ダメだな。取り付く島もない。ここまで頑なだとはな。そっちはどうだ?』
『ダメですね。屋敷のメイドはおろか、庭師ですら買収できませんでした。どうやら関係者全員に箝口令が敷かれているようです』
『随分と厳重だな』
『なぜでしょうね? 人類滅亡の危機を救った勇者一行の一員なんだから、普通だったら大々的に宣伝するようなもんだと思いますが』
『そりゃお前、『普通』じゃないからに決まってるだろ。公表できない理由があるんだよ』
『理由、ですか?』
『そうだ。血筋を重んじる貴族が嫌う貧民街の出身だったり、帝国と仲が悪い他国の王族だったりな。大穴だと、そもそも人間じゃないって可能性もある』
『まさか……』
『あくまで可能性だがな。いずれにせよ、勇者一行を支援する金は国民の血税で賄われてるんだ。そして国民は『幻の四人目』が誰なのか知りたがってる。一昔前だったらいざ知らず、今この時代にこれだけ高まった民意を無視するなんて真似が許されると思うか?』
『許されませんね。まあ他の社は国の圧力に屈するかもしれませんけど、少なくとも我が社は屈しません』
『そういうことだ。しょうがない、ウチの班だけでスッパ抜くつもりだったが、その間にネタが逃げたら元も子もないからな。本部に伝えるぞ。こうなったら人海戦術だ!』
『了解です!』
そこで会話は途切れ、地面を駆ける二つの足音が遠ざかっていく。
「……運がいいのか、悪いのか」
いや、このまま放置したらとんでもないことになっていただろうことは容易に想像がつくから、俺にしては相当運がいい方なのだろう。
今日ほど超人的な聴力があってよかったと思った日はない。
「メトラ?」
「ん? ああ、すまねぇなティタ。俺は今すぐここから離れなきゃならんことになった」
「そうか。じゃあチキもついてく」
「いいのか?」
黙って頷くティタ。
「よし、じゃあちょっと驚く移動手段を使うが、絶対に大丈夫だから俺を信じてくれよ」
「わかった」
「即答か。さすがティタだな。んじゃ早速」
俺はティタの体を右手に掴み、首だけを出すような形で持ち上げた。
「苦しくないか?」
「ん、大丈夫」
「よし」
右手に掴むティタを含め、全身を硬化のアニマで覆っていく。
「おしっ! んじゃいくぜ!」
「っ!?」
俺はその場で大きく跳躍すると、そのまま風魔法を使って猛スピードで空高くへ飛び上がっていった。




