第五十九話「絶対絶命」
「どうした……掛かって来いよ。お馬さんがいないと戦えないってか?」
俺はアニマを大量消費した魂の激痛に顔が歪まないよう、必死で耐えながら黒騎士を挑発した。
捨て身の不意打ちで黒騎士自身を掴むことはできなかったが、ヤツの馬を倒すことはできた。
これで幾分か戦力が落ちてくれれば助かるのだが。
「……おい、なにやってんだ?」
黒騎士が動かなくなった黒馬に手を乗せる。
すると黒馬は黒色のアニマとなって黒騎士に吸い取られていき、最後には跡形もなく消えていった。
『…………』
「ははっ……そんなのありかよ……」
明らかに黒騎士のアニマが増大している。
戦力落とすどころか上がってる疑惑だぞこれ。
『――――!』
「ちっ……うおおおぉぉ!」
もう掴んでからの握撃という手の内を見せた以上、不意打ちは難しいだろう。
俺はハルバードを背中に戻して両手を使った戦闘スタイルに切り替えた。
あのディナスとすら渡り合えるこの戦闘スタイルなら悪くても互角、上手くいけば相手を上回ることができる。
……はずだった。本来ならば。
「ちょ……待っ……ぐっ……なんで……!?」
だが俺はより一方的にやられていた。
拳、蹴り、体当たりによる攻撃は避けられるか受け流される。
相手を掴もうと手を出せば、アニマの少ない指先を斬り飛ばされる。
ならば、と『剛気』で手を覆っていけば今度は足の指を斬り落とされる。
出血大サービスで全身を『剛気』で覆っていけば距離を取られて、避けられる。
「なん……だよ、そりゃ……」
黒騎士の剣速、力、アニマ……なにもかもが著しく上昇していた。
理不尽にも程がある。
その剣技だけでも圧倒的なのに、加えて身体能力とアニマも上回ってくるとか。
こんなの、俺が魂を損傷してなくたって勝てるわけがない。
「まっ……待て……待て……待ってくれ!」
必死になって黒騎士から距離を取りながら、斬られた各所を回復魔法で再生する。
「参った。降参だ。アンタ、すげぇ強いのな。っつーか強すぎだ。尊敬するぜ。いやマジで」
『…………』
「俺、アンタのこと気に入っちまったぜ。だからよ、ここらへんで手打ちにしねぇか? このまま続けたらアンタが勝つのは間違いないが、それでも消耗は避けられねぇだろ?」
『…………』
「アンタが止めなきゃいけない相手はまだまだゴマンといるぜ? いくらアンタが強いつったって、アニマは無限じゃねぇだろ? な? 見逃してくれよ。俺もこっから先には行かねぇからさ。引き返すよ。そしたら俺も幸せ、アンタも幸せ。だろ?」
『…………』
黒騎士は剣を構えたまま微動だにしない。
こちらの真意を見定めようとしているのだろうか。
「なんだよ、アンタの馬をやっちまったの、怒ってんのか? それに関しては謝るよ。俺も最初から馬を狙うつもりはなかったんだ。ただ、俺も必死なんだよ……わかって、くれる――だろ!!」
意識を集中させ、黒騎士の顔面に炎を発生させる。
それと同時に『縮地』で一気に間合いを詰め、その胴体を掴み上げる――!
「ぐぁ!?」
だが次の瞬間、黒騎士の姿が掻き消えたかと思うと、どこからともなく現れた大剣が俺の視界で瞬いた。
そして気がつけば俺は右手首から先を斬り飛ばされ、地面に転がされていた。
「うおぉぉおぉおおぉおお!?」
かろうじて見えた残像から黒騎士の手を読み、地面に転がったまま残った左手に『剛気』を掛けて自分の首へと振るわれた大剣を掴んで止めた。
「だああぁぁあぁぁぁあぁああ!!」
このまま大剣を粉砕してやる。
『剛気』に合わせて左手に『剛力』を掛け、思い切り大剣に握撃をくらわせる。
だが、効かない。
それどころか俺の左手から血が流れ始めた。
俺のアニマが黒騎士のアニマに負けている証拠だ。
「はっ……はは……笑っちまうぜ……」
あまりにも圧倒的な力の差に笑ってしまう。
あと数秒もしないうちに左手の『剛気』は解ける。
そしたら俺の首は胴体とお別れだ。
その場合おそらく黒騎士は俺に治癒魔法を使う暇さえ与えず止めを刺すだろう。
絶体絶命だ。
「だが生憎と……往生際の悪さには定評があってね……!」
なんも策は思いつかんが、こんな終わり方は到底受け入れられねぇ。
だったら最後の最後まで足掻くまでだ。
『――――!』
そんな不屈の精神が好機を呼び寄せたのだろうか。
黒騎士が何かに気づいたように顔を上げた。
そして唐突に訪れたその光明を俺が逃すはずもない。
「っおらあ!」
俺は転がったまま右足で黒騎士を蹴り飛ばした。
『――――』
だが寸前で黒騎士は剣を盾にしながら後ろへ飛んだらしく、まったくもってダメージをくらった気配はない。
……それどころか。
「やって、くれるぜ……」
黒騎士の野郎、去り際に俺の胸から腹までを縦にかっ捌いて行きやがった。
あまりの手際の良さに、今しがた斬られたことに気づいたぐらいだ。
「イグナート! 大丈夫ですか!?」
様々な激痛が臨界点を超えたせいか、それとも一度に大量の血を失ったせいか、身動きの取れない俺の体をいくつもの白い触手が包み込む。
それと同時に無数のザンザーラとグバルビル、スコロエンドラが俺を横切って黒騎士に向かい襲い掛かって行った。
「バカ野郎……セーラ、来るんじゃねぇ……!」
「バカは貴方です! ここは私に任せて、貴方は……」
「ごぷっ……ちげぇ……そういうこと言ってんじゃ、ねぇんだよ……!」
「なにを……」
――そして訪れる、絶対的な死の気配。
「……え?」
白グバルビルに乗ったセーラの顔が驚愕に染まる。
そりゃそうだ。
つい今しがた大量の虫型魔物に囲まれていた黒騎士が、まるで紙切れをちぎるかのように容易くグバルビルを斬り飛ばして、こちらに向かって来るのだから。
ザンザーラやスコロエンドラなんてもはや完全に無視されている。
今のヤツにとっては本当の意味で虫けら同然なのだろう。
そして。
「……やめろぉぉぉ!!」
黒騎士の大剣が、セーラへと振り下ろされた。




