第五話「実戦」
とうとう待ちに待った実戦初日。
大活躍する自分をイメージしながら魔物の群れへと突入し、グバルビル(全長五メートル以上あるダンゴムシのような魔物)に剣を振り下ろしたところ……。
剣が、折れた。
「このアホ! 力任せに振るからだ! そのバカみたいにあり余ってるアニマはなんの為にあるんだこの役立たずが!!」
俺は指揮官のおっさんに戦場から引きずり戻され畑の後方へと捨てられた。
結局その日は前線に戻ることは許されず、俺はまた今までと同じく見学を余儀無くされた。
大活躍どころか屈辱の初陣だった。
「リーダー……俺、『強化』のアニマ……才能無いんですかね……?」
俺はその夜、畑の前で地面にのの字を書きながら青年クラスのリーダー(二十五歳で藍色の髪をした優男、本名はウィンター)に昼間の失敗を相談した。
『強化』とはその名の通り、剣にアニマを纏わせて強度を高める技術だ。
この世界では優れた剣士の大体が修得していたりする。
「うーん、才能無いっていうか……イグナートはまだ三歳でしょ? 本来『強化』のアニマはさ、何年もの修業を経て出来るようになるものだから、むしろ今の時点である程度形に出来るイグナートは才能ある方だと思うよ」
「ほ、本当に? 慰めとかじゃなくてですか? 俺、才能あります?」
「う、うん。あると思うよ? だって三歳でしょ? 正直、素質は凄まじいものがあると思うよ? ぶっちゃけとても同じ人間とは思えない」
詰め寄る俺に若干引き気味で答えるリーダー。
そっか俺、よくよく考えたらまだ三歳だった!
精神年齢が今年で二十九なのと、最近周りが俺に慣れてきて態度が普通だったから忘れてたけど、まだ三歳なんだ!
そうか、そう考えたらなんだか気が楽になってきた。
みんなが何年、何十年掛けてやるところを俺は三年、剣を握った時期から考えたら正味一年でここまで来たんだもんな、そりゃ失敗の一つや二つあるに決まってる。
ただこの一年間、剣術ばかりにかまけて地道なアニマの鍛錬を怠り『強化』をおろそかにした結果、貴重な剣を一本ダメにしてしまったことは反省せねばならない。
同じミスは繰り返さない。絶対に、だ。
――そして、特訓の日々が始まった。
青年クラスの仕事……畑の管理や木の伐採、木材の加工などはそれぞれしっかりとこなしつつ、戦闘訓練では主に剣の『強化』を意識して戦う。
魔物が襲来した際の実戦では見学しながらも、先輩剣士たちの動きをよく見て剣の振るい方や立ち回り方などを研究し、自分の訓練に取り入れる。
俺が実戦で失敗してしまった一番の原因は慢心だ。
なまじ体格に優れているため、少年クラスでは天才少年の二人以外には負けることが無かった。
だから勘違いした。
俺はもう実戦でも通用する、と。
実際はろくに剣の『強化』も出来ていなかった為、硬い甲殻を持つグバルビルに対して俺はまったくダメージを与えることが出来なかった。
だが次は見ていろグバルビル。
俺の中の慢心はもう消えた。
万全を期して、次はおまえたちを一匹残らず駆逐してやる……!
○
あれから半年が過ぎ、その間に俺は自分の得物を剣からハルバード(斧槍)に変えた。
槍術の才能は剣よりも無かったが、ハルバードだったら振り下ろす攻撃を主に使えるし、俺の体格にも合っている。
そしてなにより、今回の『作戦』にはこの得物がうってつけだ。
もちろん半年間の過酷な(途中から院長が俺専用の特別メニューを組んでくれた。地獄だった)鍛練のおかげで一番の課題だった『強化』の熟練度という問題点も克服済みである。
「ふん……ちったぁマシな面構えになったじゃねぇか」
指揮官のおっさんが俺を見上げながら言う。
「いいか、テメェはグバルビルを潰すことだけ考えろ。どうせテメェじゃ他の奴らと連係なんぞ出来ねぇ。わかったな!」
「はい!」
俺は畑の向こうに見える魔物の群れを睨みつけながら返事をした。
屈辱の初陣以来の実戦である。
既に魔物の群れは先輩剣士たちが相手をしている。
そして俺の役割は、今から先輩剣士たちが足止めをしてくれているグバルビルにとどめを刺しに行くことだ。
「よし、陣形は万全だ、行け! イグナート!」
「おぉおおぉおぉおぉ!」
俺は手に持った二メートルを越える巨大なハルバード――昔、現役時代の院長が使っていた業物である――を後方に構えながら走り出した。
さすがの先輩剣士たちもグバルビルの甲殻を正面からカチ割るのは骨が折れるらしく、いつもは数多くある足から切り落としていき、動けなくなったところで甲殻の隙間から槍などを突き立て倒す、という戦法で始末している。
これは非常に時間の掛かる戦法であり、人員もグバルビル一匹に対し五、六人は割かなければならない。
だが今回試す新たな戦法が成功すれば、時間も人員も大幅に削減することが出来る。
その新たな戦法とは――。
「うらぁあぁあぁあぁああ!」
俺が気合いと共にハルバードを思い切り上段へ振りかぶると、グバルビルを囲んでいる五人の先輩剣士たちが一斉に退いた。
「くらいやがれぇぇぇ!」
そして俺のアニマによって充分に『強化』されたハルバードが、グバルビルの甲殻に凄まじい速度で振り下ろされる。
次の瞬間、激しい衝撃と共に緑色の液体が視界一面に飛び散った。
(甲殻を砕いた! しかも、かなりの手応えだ……これは……!)
周囲に居た先輩剣士たちから次々と驚愕の声が上がる。
グバルビルの体液が目に入らぬよう即座に目を閉じたので状況が掴めなかったが、周りの反応から察するにどうやら標的は無事倒せたようだった。
だが、俺の役割はまだ終わっていない。
まだこの戦場にはグバルビルがあと三匹残っているのだ。
予想以上に上手くいって正直メチャクチャ嬉しいが、調子に乗ってミスをするような真似は絶対にしない。
俺は顔に飛び散ったグバルビルの体液を腕で拭い、すぐさま次の標的へと走った。
次もさっきと同じ要領でグバルビルの中心部を狙い、真上から全力でハルバードを振り下ろし、甲殻を粉砕した。
すると今度はまだ標的に息があった。
どうやら一番最初に一撃で倒せたのはまぐれだったらしい。
即座にハルバードを戻して再び中心部を狙い、粉砕。二匹目クリア。
三匹目は更に手間取った。
始末するまでに掛かった攻撃回数は二回だが、その合間に触手で反撃されたのだ。
三匹目の息の根を止めたあと、先輩剣士が俺の為に治癒魔術師を呼ぼうとしたが引き止めた。
触手によるダメージは無かったからだ。
ひとしきりダメージを疑われたあと、本当にケガの一つもしていないとわかった時は非常に驚いた顔をされたが、俺は地獄の特訓前から身体の防御力を上げる『硬化』のアニマだけは得意だった。
半年間の鍛錬を経た今となっては、ちょっとやそっとの攻撃じゃ痛くも痒くもないのである。
ここでまた周囲から驚愕の声が上がり、俺は多分、いや間違いなく調子に乗っていたのだろう。
一番大事なことを忘れて、最後の最後で大ポカをしてしまった。
自分の役目を終えて戦場の後方へ下がろうとした時、リーダーの背後にザンザーラ(人の頭ほどの大きさを持つ蚊のような魔物)が迫っているのを見て、とっさにハルバードで打ち落としてしまったのだ。
結果、無事ザンザーラを両断して、リーダーも助かったわけだが……残念ながら両断したのはザンザーラだけではなかった。
リーダーを助けようとしてザンザーラを切り落とそうとした先輩女剣士の『剣』も同時に両断……というか、叩き折ってしまったのだ。
つまり、俺がリーダーの背後に迫るザンザーラに気付いた時には既に、先輩女剣士がリーダーのフォローに逆方向から走り出していたということで……これは完全に俺のミスである。
落ち着いて視野を広げていれば先輩女剣士がリーダーのフォローに入ろうとしているのが見えたはずで、それさえ出来ていれば何の問題もなかったはずなのだ。
俺は初陣の時と同じように指揮官に戦場から引きずり戻された。
そして畑の後方に転がされたあと、罵倒と共に二、三度顔面を蹴られ、放置された。
戦闘が終わったあとも、俺に声を掛ける人間はいなかった。
当然だ。
今回は武器同士がカチ合って剣を両断しただけだが、一歩間違えれば人を両断していた。
こういったミスを起こさないために戦闘班が組まれ、役割が決められ、綿密に作戦が立てられている。
しかも、俺に至っては役割が至極単純であり、なんら複雑ではなかったのだ。
それなのに周りを見ず余計なことをして、致命的な部類のミスをした。
こんなバカに声を掛ける人間などいるわけがない。
(あぁ……戦闘前にあれだけ、『グバルビルを潰すことだけを考えろ』と言われていたのに……)
力をひけらかして、調子に乗って、視野を狭くして、ミスをした。
(もう戦闘には入らせてもらえないかもな……)
自分の迂闊さが恨めしくて、悔しかった。
俺は畑のすぐ近くで仰向けのまま歯軋りした。
(……このまま雨でも降ってくれたらよかったのに)
そしたらドラマの主人公よろしく、雨に打ちひしがれながらウジウジ悩むことが出来たのだが……。
残念ながら空は晴天。日差しは強く、この巨体だと腹も異常に減る。
(…………もう一度、謝りに行こう)
うん、ショックを受けてないでとにかく反省しよう。
よくよく考えたら精神年齢的には良い歳なんだから。
もちろん剣を両断してしまった時に各方面へその場で謝罪しているが、戦闘中に慌ただしくしたものだ。
改めて謝罪した方がいいだろう。
悩んでいても仕方が無い。
各所に改めて謝りに行ったら、ビックリするほどあっさりと許してもらえた。
指揮官には、『まぁ、よくよく考えたらお前、三歳だって話だもんな。それを考えたら今日の働きは上出来だ。しかし、オークのハーフってのは随分と成長が早いんだな? 大したもんだぜ』と褒められさえした。
……いや、あの……それ、ただの噂なんで。俺、一応人間なんで。
そう言ったら、『人間でお前みたいな三歳児がいるわけねえだろ!』と笑われた。
ハハハ……うん、正論すぎてこれはにはもう俺も笑うしかなかった。
…………あれ、俺、マジで人間だよな?