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強欲のイグナート  作者: 霧島樹


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第五十八話「死して尚」



「ぐっ……はぁ……はぁ……」


 何度砕いても、薙ぎ払っても、新たなボーンワイバーンが俺に向かって群がってくる。


「はっ……悪夢だな……こりゃ……」


 血に濡れた口元を腕で拭いながら呟く。

 アニマの消費はそこまでじゃないが、とにかく腹部の激痛がひどい。

 最後の最後まで魂を燃やし尽くす、なんて格好つけたが、このままだとおそらく魂の限界とやらより先に体の痛みで気絶してしまいそうだ。


「ぬっ……がぁ!?」


 そんな風に心が折れかけたからだろうか。

 背中にボーンワイバーンの爪が突き刺さった。

 体を覆う硬化のアニマが弱っている証拠だ。


「この……骨野郎がっ!」


 振り向きざまにハルバードを振るい、周囲にいた他のスケルトンごとそのボーンワイバーンを粉砕する。


「まずい……まずいぞ……」


 一匹一匹は俺からしてみれば大した戦闘力を持っているわけではないが、いかんせん数が多すぎる。

 しかも俺は病み上がりで、アニマの使い過ぎは魂の崩壊に繋がるというオマケ付き。


 ……だが、このまま死ぬぐらいだったら。


「やるしかねぇか……!」


 イチかバチか、大魔法での一斉掃討……!

 そう決意したその時。

 後方から昔さんざん聞いてトラウマになったデッカイ羽虫の飛翔する、あの特徴的な音が聞こえてきた。


「ザンザーラ!?」


 平均して人の頭程度、大きい固体は全長一メートルを超える巨大な蚊に似た虫型魔物。

 そいつがボーンワイバーンなど話にならないほどの数でこちらに向かって飛翔して来た。


「ギギャァアアァアアァアアァ!?」


 無数のザンザーラがボーンワイバーンにまとわりついていく。

 数匹潰されれば十数匹、十数匹潰されれば数百匹と、数の暴力で次々とボーンワイバーンは制圧されていった。

 しかもザンザーラが襲い掛かるのはボーンワイバーンのみで、俺に対しては一切攻撃してこない。


「これは……」

「お待たせしました」


 そしてボーンワイバーンの群れを押し退け現れたのは、白いグバルビルに乗って無数の虫型魔物を率いる、深緑の触覚ヘアーにローブを纏った少女――魔術師セーラだった。


「転移魔法陣の更なる拡張に時間が取られました。スケルトンは私たちが受け持ちます。イグナートは勇者様のあとを追って下さい」

「セーラ……」

「早く行って下さい。先を急ぐのでしょう?」

「おう、助かったぜ。ありがとよ」

「大したことはありません。『ついで』、ですから」


 微笑しながら言うセーラ。


「ッハ、そうかい!」


 俺は短く答え、再び荒野を走り始めた。

 聞きたいことは山ほどあるが、セーラの言う通り今はとにかく先を急がねばならない。


「フィル、スラシュ、ディナス……死ぬんじゃねぇぞ!」




 ◯




「はぁ……遠いぜ……」


 どこまでも続くスケルトン地獄を蹴散らしながら走りつつ、深呼吸をする。

 相変わらず腹部の激痛はヒドイが、今までさんざんな目に遭ってきた耐性があるおかげか走っている間に大分慣れて、意識が遠のくことも、常に吐き気が襲ってくることもなくなっていた。


「でも痛いもんは痛いんだよっ……!」

 

 そんな感じでスケルトンに八つ当たりしつつ走り続けると、しばらくして遠方に巨大な古城が見えてきた。


「あれが魔王城か……!」


 とうとう視認できる距離まで近づいた。

 だがここまで来てやたら地面に巨大な穴が増えてきている。

 荒野蠕虫ウィルダネスワームが這い出た穴だ。

 これらの穴は俺の中でちょっとしたトラウマである。


「よっ……と」


 それでも遠回りするつもりはない。

 身体能力に任せて跳躍し、巨大な穴を飛び越えていく。

 そしていくつかの穴を飛び越え、地面に着地した時。


 ぞくり、と背筋が凍った。


「っ!」


 即座に跳び上がり背後を振り向くと、そこには大剣を振り抜いた形でこちらを見上げる黒騎士の姿があった。


「穴にひそんでいやがったか!」


 警戒しておいて正解だったぜ。


「おい、テメェと戦っていたヤツらはどうした!?」


 そう言いながら穴から離れてハルバードを構える。

 黒騎士も俺と対峙するよう移動してくるが、こっちの質問に対して答える気配はない。


「答えるつもりはねぇってか。まあでもどっちにしろテメェはここでリタイアしてもらうぜ」


 ディナスとやりあえるようなヤツを後方に行かせるわけにはいかねぇし、そもそも背中を見せたらやられそうだからな。


 それに短期決戦のタイマンだったら、今の俺とは比較的相性がいい。

 数の暴力よりよっぽどやりやすいぜ。


「いくぜ……『限界突破オーバードライブ』!」


 すべての技を駆使して速攻で終わらせる。

 俺は肉体と魂の激痛を決死の覚悟で抑え込みながら、黒騎士に向かって突撃して行った。







 黒騎士は思ったよりも強くなかった。

 剣速も力もディナスに比べて劣るし、強力な魔法を使うわけでもなく、莫大なアニマがあるわけでもない。

 一撃一撃が致命傷になるわけでもない。


 だがそれでも俺は手も足も出ず、一方的に攻撃を受け続けていた。

 思ったよりも強くない。

 強くはないが……勝てない。

 それはなぜか。


「くっ……当たらねぇ……!」


 そう、こちらの攻撃が当たらないのだ。


 巨大な大剣を巧みに操るヤツに俺のハルバードはいなされ、かわされ、そして反撃される。


「へっ……ディナスが夢中になるわけだ」


 ディナスが初めてコイツと遭遇した時、その剣技を見て『美しい』と言った意味がやっとわかった。

 俺は剣技に関しては門外漢もんがいかんだが、それでもわかる。


 剣を愛し、剣に生き、剣に死んだ。


 だがそれでも、死してなお尽きないその剣への想いが、意思が、打ち合う度に伝わってくる。

 長い年月を掛けて積み重ね、磨き上げた技に対する自負を感じる。


「アンタ、すげぇよ。こうした形で逢わなかったら、剣の師匠になって欲しかったぐらいだぜ」


 ちなみにディナスはダメだった。

 アイツは天才型なうえ狂人だからか、教えることが致命的に下手なのだ。

 決して教わる側の俺に才能がないというわけではない。

 ……多分。絶対。きっと。


「だが決着はつけなくっちゃならねぇな。……次で最後だ。俺の渾身の一撃、受けてくれや」


 俺はハルバードを頭上に大きく振りかぶった。

 黒騎士はそれに合わせて馬を止まらせ、迎え撃つと言わんばかりに剣先をこちらへ向けた。


「ありがとよ。アンタならきっと答えてくれると――思ってたぜ!」


 俺は一息で間合いを詰め、頭上のハルバード振り下ろした。

 その直後、俺の腹に大剣が突き刺さる。


「ぐぶっ……」


 血を吐きながら地面に片膝をつく。

 俺のハルバードは直前で受け流され、黒騎士は無傷だ。

 ……だが。


「ヒヒィィィン!?」


 俺の左手が黒馬の首を握り潰し、そのまま持ち上げて地面へと思い切り叩きつける。


「ギヒ……ヒィン……」


 そして黒馬はそのまま動かなくなった。


「残念だが、俺はタフでね……これぐらいじゃ死なねぇんだ」


 腹の傷口に治癒魔法を掛けながら立ち上がり、強がってみせる。

 本当は馬じゃなくて黒騎士を掴もうとしたのだが、ヤツは即座に反応して飛び降りたので馬を狙うハメになったというのは秘密だ。


『……………………』


 黒騎士は動かなくなった黒馬を、ジッと見つめていた。








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