第五十七話「進むも地獄、退くも地獄」
「廃品回収でーす。……あら?」
「…………」
「ヨダレ垂らしちゃって、まぁ……予想以上に壊れてるわねぇ。なにがあったのかしら?」
「…………」
「あら……ジル・ニトラに使い捨てされちゃったのね。ふーん……それは、ちょっと面白くないわねぇ……」
「…………」
「回収時に無反応ってのもつまらないし、そうね……まだ予定まで時間もあるから、フフフ……ホンの少しだけ、助けてあげる」
◯
「ぐっ……ぐぼぁっ!?」
胸からこみ上げる何かを吐いて、目が覚めた。
「なんだ……こりゃ……」
地面に吐いたそれは、血だった。
鮮やかな赤い色をした血。
それを認識したと同時に、腹の中身がぐちゃぐちゃに掻き回されたような凄まじい激痛を腹部に感じた。
「おはよう、イグナート。ごきげんいかが?」
口元を拭いながら顔を上げると、そこには黒のとんがり帽子に同色のローブを纏った金髪碧眼の魔女、ヴィネラが宙にふわふわと浮かんでいた。
「……最悪だ。テメェ、いったい俺に何をした」
「あら、ヒドイ言い草ね。せっかく命を助けてあげたのに。まあ、内蔵はいくつかもらったけど」
「んなこったろうと思ったぜ、チクショウ……いや、助かったのは間違いねぇな。ありがとよ」
右手を腹部に当てて、意識を集中する。
よくよく考えれば内蔵は治癒魔法で元に戻せばいいのだ。
「ぐっ……うぐ……げぼぁっ!?」
喉元から再び血が込み上げてきて吐き出した。
「なん……でだ……?」
おかしい。
治癒魔法を掛けたのに一向に治る気配がない。
それどころか治癒魔法を発動してアニマを消費した瞬間、胸の奥から溶岩が湧いて出てくるような、形容しがたい激痛を感じた。
「ああ、治癒魔法で治そうとしても無理よ。魂の情報から直接、内臓をもらったから。あと、あんまりアニマを使い過ぎるとまた魂が壊れちゃうわよ? あくまで応急処置なんだから」
「ぐっ……なんで、こんな中途半端に……」
「あら、これでも随分とサービスしてる方なのよ? 本当だったらそれだけの代償で魂の修復なんてしないんだから。アナタは特別なの。それに……」
ヴィネラは俺の胸に人差し指を突き立て、妖しく微笑みながら言った。
「アナタ、もう一度は死んでスヴァローグに『蘇生』されてるでしょう?」
「な……」
「術式が解除されてるの見たからわかるのよ。だって、それ掛けたのアタシだもの」
「……そーかよ。で、それがどうだってんだ?」
「どーもしないわよ。ただ、スヴァローグを育ててくれたお礼はその『蘇生』で支払い済みで、今回のはアタシの気まぐれ。……でも、二度目はないわよ? 次に死んだら普通に回収するから」
「なんでだよ……いいじゃねぇか、また助けてくれても」
「やぁよ。だって、それじゃつまらないじゃない」
「俺の世界にあるコトワザではな、二度あることは三度あるって言うんだぜ」
「スヴァローグの『蘇生』はアタシが助けたってカウントじゃないから。つまりアナタを助けたのはスヴァローグが一回、アタシが一回。あら残念。二度じゃないわね。というわけで三度目はないわ」
「っち……わーったよ、死なないようにすらぁ」
一度あることは二度あるってコトワザもあるが、さすがにしつこいと思うのでそれは言わない。
なんだかんだで助けられたのは事実だしな。
「別にアタシはどっちでもいいわよ。『その時』まで暇が潰せれば」
「なんだよ、また意味深なこと言いやがって。そりゃどういう意味だ?」
「んー……別に話してあげてもいいのだけれど、アナタ、そんなこと聞いてる暇あるの?」
「あぁ? ……あ!?」
「フフフ、その様子だと思い出したようね」
ヴィネラはふわり、と宙に舞った。
「急ぎなさい。アタシの見立てだと、あの子たち……アナタが行かなければ死ぬわ」
「ヴィネラ……いいのかよ。アイツらが死んだら、世界が滅ぶんだぞ」
「あら、人類が滅ぶだけでしょう? アタシは特に困らないわ。暇潰しのコマが一種類なくなるぐらい」
「そうかよっ!」
俺は腹部の気絶しそうな激痛を耐えながら走りだした。
「フフフ……そうよ、走りなさいイグナート。バルドちゃん、ゼタルちゃんも見てて楽しいけど、アナタもそこそこ期待してるのよ……?」
ヴィネラの呟きに振り返りもせず、俺は森の中を駆け抜けて行った。
◯
森の中を抜け、大量のスケルトンを蹴散らしながら荒野を走る。
そしてアニマを供給した大型魔法陣の横を走り抜け、少し離れたところで無数のスケルトンを相手に悠々と剣を振るうリーダーの姿を見つけた。
「リーダー!」
「あれ、イグナート。もう大丈夫なのかい?」
「おかげ様でな! 詳しい話はあとだ! フィルとスラシュ……勇者たちを見なかったか!?」
「勇者様とスラシュさんは簡単な治療のあとすぐ、先行して魔王城へと向かったよ。今すぐにでも邪神が復活しそうだって話でね」
「そうか! わかった! ありがとよ!」
「あれ、ちょっとイグナート!? 行くの!?」
「行く!!」
後ろは振り返らず走って走って走りまくる。
腹部の激痛で意識が飛びそうになるのを必死になって堪える。
「ぐっ……ぐぶっ……ペッ!」
時折、喉元から込み上げてくる血を吐き捨てながら走る。
クソッ、なんの苦行だよこれ。
いったい俺がなにをした。
「邪魔……だぁ!」
しかも前に立ち塞がるスケルトンどもが先に行けば行く程どんどん増えてやがるうえに……。
「ドラゴンの……スケルトン……?」
上空から俺よりやや大きい程度の、生前は羽のあるドラゴンであったことを思わせるスケルトンが降りてきた。
いや、前足に相当するものがないことから、おそらくワイバーンのスケルトンか。
「どっちにしろ強そうってことに変わりはねぇな……」
俺はここで初めて背中のハルバードを抜いてアニマを込めた。
治癒魔法を使った時ほどではないが、新たにアニマを引き出したことにより胸の奥で形容しがたい激痛が走る。
だがそれも仕方がない。
なにしろ目の前のボーンワイバーンはそこらのスケルトンとは違って、その図体に纏うアニマが莫大だ。
それに後方の大型魔法陣の周囲には懐かしい顔ぶれと共に、たくさんの兵士たちもいる。
こんな面倒そうなヤツをこっから先に行かせるわけにはいかない。
「ギ……ギヤアァアァァアアァアアアァ!」
「なに喚いてんだよ……って、おいおい……」
ボーンワイバーンが甲高い鳴き声を上げると、少し離れた上空から無数に飛来する影があった。
「……冗談だろ」
仲間であるスケルトンを押し潰しながら俺の周りに降り立ったのは、新たなボーンワイバーンの群れだった。
その数はパッと見ただけでも、ゆうに百を超えていた。
こんなの、頼りになる懐かしのメンバーでも相手にできるわけがない。
「進むも地獄、退くも地獄、ってか」
なんつーか……事あるごとにそんなんばっかりだな、俺は。
「いいぜ。どうせ逃げても人類滅亡ってんなら、最後の最後まで燃やし尽くしてやろうじゃねぇか、魂をよ……!」
俺はハルバードを手に、ボーンワイバーンの群れへと突っ込んで行った。




