第五十三話「荒野蠕虫」
大きな地鳴りと共におおよそ百メートルほど遠方に現れたのは、クジラだって飲み込んでしまえるんじゃないかというほどに巨大な、茶色いミミズのような魔物だった。
「なんだありゃ」
「あれは……」
「知ってるのか、フィル」
「ええ。荒野を住処にする環形型魔物、荒野蠕虫だと思われます。ですがちょっと……」
「ちょっと?」
「ちょっと大きいですね。話で聞いていたよりも二十倍ほど大きそうです」
淡々と話すフィル。
二十倍って……それ、ちょっとってレベルなのか?
「魔王領が近いと魔物も変質するって聞くからねぇ。でもアタシらだったら余裕だろ?」
「まあな。っていうかスラシュはアニマ残量大丈夫なのか? さっきの魔法陣に相当持っていかれてただろ」
「さっき霊薬を飲んできたからね。そこそこ回復してきたよ。アニマ消費が激しいのはムリだけど、普通に戦う分には大丈夫さ」
「そうか。俺もアニマ温存しろって言われてるから、大魔法は避けるかね」
「あれ一匹程度であれば私が単独で片付けることも容易だが」
俺とスラシュの話にディナスが提言する。
「いや、おまえをひとりで行かせるのはなんか怖いし、何があるかわかんねぇからな。この付近で待ち構えて、来たら全員でサクッと片付けようぜ。こういう場面で人員を分けるとロクなことがねぇからな」
「む、なぜだ?」
「根拠はねぇ。俺の勘だ」
「イグナートさんの勘は当たりますからね……」
フィルが目をつぶりながら、しみじみと言う。
この一年半の出来事を振り返っているのだろう。
確かにこの一年半、俺の勘が当たることは多かった。
……まあ、その殆どが回避できてないってオチがつくんだが。
「イグナートさんの言う通り、ここは確実を期して全員で迎え討ちましょう。……どちらにせよ、他に選択肢はなさそうですし」
フィルが遠くの荒野蠕虫を見ながら嘆息する。
どういう意味なのかと俺も視線を向けると、なんと荒野蠕虫の巨大な口から大小様々な生き物の『骨』が続々と吐き出されていた。
「あー……そういう感じか。なるほどね」
吐き出された『骨』はそれぞれ生前の姿だと思われる姿の骨格を形作り動き出した。
そして現れたのは不死者の一種、スケルトンの大群だ。
人型はもちろんのこと、魔物系の動物型、鳥類型、爬虫類型など多様な種類がうごめいている。
「あの荒野蠕虫ってのはあくまで輸送役なわけだ」
「厄介だねぇ。でもあれぐらいだったら……」
スラシュの言葉を遮るように再び大きな地鳴りが連続して響き、先程と同じように巨大な荒野蠕虫が遠くの地中から現れた。
その数、九匹。
さっき現れた一匹と合わせて、これで十匹だ。
しかもその十匹揃って当然のように口から大量の『骨』を吐き出している。
「…………アタシ、夢でも見てるのかねぇ。スケルトンの海が見えるんだけど」
「海っつーか、津波だろ。こっちに向かってきてるから」
んでもって夢だとしたら悪夢だな。
しかも俺とスラシュが大魔法制限とか、タイミングが悪すぎる。
魔王側の勢力的にはベストなタイミングなのだろうが。
「フィル……いけるか?」
「もうやってますよ」
両手を広げて空を見上げるフィルの視線を追うと、その先には上空を広範囲に渡って覆う大きな雷雲があった。
「『雷雨』」
フィルが呟いたと同時に雷雲から十数本の黄色い光が走り、こちらに向かってくるスケルトンの大群を一気に吹き飛ばしていく。
「おお……」
凄いな。
さすがフィル。
威力は最低限で、とにかく広範囲に雷撃を飛ばしている。
ここで必要なのは点の威力より面の広さだということは誰にでもわかることだが、実際こうして器用にできるというのは凄いことだ。
「ボクは範囲攻撃に集中します。ですので皆さんは」
「前衛で漏れた敵を、ってこったろ?」
「任せな。一匹たりとも近付けやしないよ」
「血の通う生物でないのは残念だが、手は抜かん」
各々がフィルの前に出て武器にアニマを込める。
「行くぜ!」
そう言って俺がハルバードを担ぎ走りだしたその時。
「なっ……おい、ディナス!?」
ディナスがスケルトンの大群とは逆方向である森方面へと疾走した。
「アイツなにやって……!?」
間を置かずに、凄まじい地鳴りと共に大地が揺れた。
――まさか、この真下に?
俺がそう思った瞬間。
「秘奥義……『真・斬鉄剣』!」
ディナスが抜刀した。
直後、大地が割れた。
「ギュウゥゥウウゥゥウゥゥゥ!!」
大きく裂けた大地から今まで聞いたことのない生き物の鳴き声が聞こえてきた。
おそらく荒野蠕虫の断末魔だろう。
「おお! やるなぁディナス!」
「いや、まだだ」
割れた大地の裂け目を警戒するよう、バックステップでこちらに戻ってくるディナス。
「なに? 今ので荒野蠕虫は倒したんじゃねぇのか?」
「荒野蠕虫なんぞどうでもいい。私が狙ったのは――」
大地の裂け目からゴウッ、という風圧と共に黒馬にまたがった黒騎士が現れた。
「――奴だ」
そう言いながらディナスは間髪入れずに黒騎士へ向かって襲い掛かった。
「おいディナス! 深追いするなよ!!」
「わかっている!」
黒騎士と激しい剣戟を繰り広げるディナスが叫ぶ。
「アイツ、本当にわかってんのか……?」
「イグナート! アタシらは後ろの心配してる場合じゃないよ!」
スラシュが大弓に溜めた風の矢を一気に解き放つ。
「『空襲風矢雨』!」
無数に上空へと放たれた風の矢が、途中で急激に高度を下げスケルトンの大群を次々と打ち砕いていく。
アニマを節約した攻撃としては最適解であろう技だ。
「やるじゃねぇか」
んじゃ、俺も密かに練習した新技を繰り出すとするか。
「ちょ、イグナート! なに遊んでるんだい! 真面目にやんな!」
「いや、俺は至って真面目だぜ」
俺はアニマを込めて強化した背中のハルバードを右手の上に乗せ、風魔法でぐるぐると回していた。
この技はまだちょっと出だしがもたつくが、上手くいけば消費アニマの割に相当な効果が得られるはずだ。
「よし、安定してきた……いくぜ!」
キィィィン、と超高速で回転するハルバードを風魔法の制御で撃ち出し高速飛翔させる!
「『風円斬』!」
凄まじいスピードで俺の手元から飛翔したハルバードが、直線上に存在するスケルトンをことごとく打ち砕いていく。
「へっ、どうよ」
「アンタいつの間にそんな技を……いや凄いけどさ、武器投げ捨ててどうすんだい」
「心配ご無用だぜ」
三十メートルほど離れた地点でハルバードは大きく弧を描き、行きと同じくその軌道上にいるスケルトンを打ち砕きながら俺の右手の上に戻ってきた。
「この通りだ」
「……イグナートさ、ディナスのこと戦闘狂だのなんだのって言うけど、アンタも大概だよ」
呆れた顔で言うスラシュ。
この一年半結構な数の新技を開発してきたが、最近は新たな技を見せるたびにこんな反応だ。
ひどい。
この技だけでも三ヶ月以上、毎晩不眠不休で一生懸命がんばってたのに。
「イグナート! しょぼくれてないでほら!」
「わーってるよ!」
スラシュに促されて『風円斬』第二射目を放った。
第二射目の『風円斬』も順調にスケルトンの大群を打ち砕いていき、さぁ手元に戻ってこい、というところで、
「避けろ!」
背後からディナスの叫びが聞こえた。
次の瞬間ぞくり、と背筋が凍る。
「っうお!?」
即座にその場でしゃがみ込んだ俺の頭上を黒色の大剣が薙ぎ払っていく。
斬られた髪の毛がパラパラと宙を舞った。
あ、危ねぇ……あとちょっとで頭半分になってたかもしれん。
回避行動で逆に致命傷とか笑えねぇよ。
「くっ、すまない! まさかそちらに行くとは!」
「お、おう、避けれたからよかったぜ……ん?」
こっちへ移動してきたディナスに適当な返答をしつつ、俺の横を通り過ぎていった黒騎士を見る。
……なんだ? アイツ、戻ってこないぞ?
「なにやって……あぁ!?」
黒馬に乗った黒騎士は高速回転してこちらへと戻ってくる途中のハルバードを、まるでゴルフのフルスイングのように下から上へと大剣で打ち抜いた。
こちらとは、反対側に向かって。
「おおおぉおおぉぉおぉぉ俺のハルバードぉおぉおぉぉぉぉおおぉおおぉおぉ!!!!」
そして、俺の相棒は――星になった。




