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強欲のイグナート  作者: 霧島樹


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第四十五話「月見酒」



「んでな、そこで俺はこう言ったわけだ。『おっと、人間か。蚊と間違えちまったぜ』ってな!」

「あっはっは! それはひどい!」


 酒が入っているからか、なんでもないような話でも大笑いする町長。

 笑い上戸なのかもしれない。


「はー……面白い人ですな、あなたは。おっと、酒が切れてしまった」

「あぁ、すまねぇな、結構飲んじまった」

「いえいえ、構いませんとも。勧めたのはこちらですからな。はは、しかし樽ごと全部飲み干す人間がいるとは思いませんでした。中々に強めの酒ですが、体調は大丈夫ですかな?」

「おう、大丈夫だ。まだまだいけるぜ?」

「すごいですなぁ……ドワーフでもこれだけ飲めば前後不覚になったりするものですが」

「体質でな」


 この世界でも酒を飲む機会は多々あったが、転生してこの体になってからというもの俺はまったく酒に酔えなくなっていた。

 前世から酔っ払うのが大好き、というわけではないため別に困ることはないが、多少寂しくはある。

 美味い酒は美味いし、飲みの雰囲気でテンションは上がるから無駄ではないのだが。


「はっはっは、では屋敷中の酒を飲み干される前にここらでお開きとしましょうか」

「そうだな、もういい時間だ」

「すみませんね、結構な時間を付き合わせてしまって」

「いや、こっちも上等な酒を堪能させてもらったからな」


 空いた樽を台所へ片付けたあと、俺は月を見上げる町長に声を掛けた。


「じゃあな、町長。俺はもう寝るぜ」

「……イグナートさん」

「ん?」


 背を向けて歩き出した俺を呼び止める町長。


「最後に少しだけ、いいですか」

「なんだ?」


 町長は今までの人好きしそうな笑顔から一変して真剣な顔つきになり、言葉を続けた。


「あなたは良い人だ。だからこそ、言わせてもらいます。――不死王ゼタルを倒しに行くのは、おやめなさい」

「……理由を聞いてもいいか?」

「無意味なことだからです。無駄に命を捨てることはない。の者を倒すことは何人なんぴとたりとも不可能なのだから」

「ふうん、そうかい。そこまでその、ゼタルってのは強いのか?」

「強い……そうですな、強いことは間違いないでしょう。ですが、事はそもそも強い弱いの問題ではないのです」

「どういうことだ?」

「…………」


 ここでだんまりかい。


「……まあ、つってもよ、どっちにしろ魔王を倒さないことには世界が滅びるってんだから、選択肢はないわな」

「世界が滅びる?」

「おう。もうそろそろ魔王が邪神を召喚して、世界が滅びるんだと。ジル・ニトラが言ってたぜ」

「……………………そう、ですか」


 ……ん?

 なんだ今の間は。

 意味深なんだが。


「そのような話しは聞いたことがありませんが、ジル・ニトラ様が仰るのなら何かしらの根拠があるのでしょう」

「……おう」


 うーん、とりあえず返事してみたが、なんだか不安になってきたぞ?

 まさかジル・ニトラ、俺たちにデタラメ言ってんじゃねぇだろうな。


「だとしても、悪いことは言いません。不死王ゼタルと敵対することはおやめなさい」

「そんなにか……わかった。もしかしたら何かしらの行き違いがあるかもしれねぇからな。最初は話し合いから入ることにする」


 んでもって、説得してもジル・ニトラが言うように世界を滅ぼそうとするのならば、その時は戦うしかないだろう。


「そうですな、それが最良でしょう」

「おう、忠告ありがとうよ」


 俺は縁側の前で佇む町長に別れを告げ、今度こそ部屋へ戻り床についた。




 ◯




 そして朝。


「それでは皆さん、お元気で。旅のご無事をお祈りしております」


 町長に見送られ、俺たちは獣人の町を後にした。

 それからいつもの定位置である最後列の馬車、スラシュの横を歩いている最中。


「イグナート、アンタやけに町長と親しそうだったけど、なにかあったのかい?」

「ん? ああ、昨日の夜なかなか眠れなくて水を飲みに起きたら、縁側でバッタリ町長と会ってな。酒を勧められたから二人で飲んでた」

「えぇ!? なんでアタシも誘ってくれなかったのさ!」

「いや、おまえ寝てたじゃねぇか」

「そこは起こすところだよ! くぅー、わかっちゃいないねぇアンタは!」

「そんなに酒が好きなのか?」

「断腸の思いで禁酒してるって、前に言ったじゃないのさ!」

「んなこと言ってたっけか?」


 記憶を探る。

 ……あー、そういえば大分前にそんなこと言ってたような気もするな。

 半年、いやもっと前か?


「その顔だと思い出したみたいだねぇ……」

「いや待て。俺が仮にそれを思い出してたとしても、寝ているおまえを起こしてまで酒盛りには誘わねぇよ」

「なんでさ!?」

「なんでもなにも、そんなこと言うような場面じゃなかったんだよ。町長だって、気軽に酒を勧めた男が突然『酒が好きなヤツがいるから』とかいう理由で女連れて来たらどう思うよ? ビックリするし、女だから気ぃ使うだろ? つまり迷惑だってこった」

「んなわきゃないよ! 酒の席にイイ女はつきものって決まってるんだから、町長も喜んだに違いないさ!」

「それを自分で言うか」


 いや、確かにイイ女だけどな、スラシュは。

 イイ女なんだけど、でもなんつーか……。


「残念だなぁ……」

「ホントだよ! あぁ、獣人族の酒……」


 ガックリとうなだれるスラシュ。

 そういや今思い出したけど、コイツの趣味は世界各地の酒蔵巡さかぐらめぐりだったか。


「まあ、魔王を倒したあとに寄って飲んできゃいいじゃねぇか。どうせ帰り道だろ?」

「うぅ……そうだけどさぁ……」

「それに我慢したあとの酒はひとしお美味いはずだぜ」

「うぅ~……」


 不満げに唸るスラシュをなだめながら、俺は改めて思った。

 本当コイツ、年齢と、男女関係と、酒に関しては面倒な女だよな……。


「……イグナート」

「なんだよ。ダッシュで酒取って来いとか言われても聞かねぇぞ俺は」

「もう! そんなんじゃないよ! 感じないのかい!?」

「あぁ? なにを……」


 そこで気がついた。

 視線だ。しかもこれは、敵意のある視線。


「わかるかい?」

「ああ、見られてるな」


 先頭を行くフィルとディナスが馬車を止めてこちらを振り返り、目配せする。

 どうやら全員敵の視線には気がついたようだ。


「ここはアタシに任せておくれ」


 スラシュが馬車から降りて一番前に出て行く。


「お、随分とやる気だな」

「最近なんにもなくて退屈だからね。かといってアンタらの相手するのもシンドイし、ちょうどいい機会だよ」

「ああ、なるほど。そういや最近空気だもんな、スラシュ」

「そうそう、風使いなだけに空気……ってやかましいわ!」


 凄まじい勢いでノリツッコミしてくるスラシュ。

 うーん、さすがスラシュ。

 期待を裏切らないノリの良さだぜ。


「スラシュさん、マジメにやってください」


 そして当然ごとくフィルに怒られた。


「くっ、アンタのせいで怒られたじゃないのさ!」

「俺のせいか?」


 半分は自業自得だと思うが。


「……あとで覚えてなよ」

「もう忘れたぜ」

「アタシは覚えてるからね!」


 そんなこと言いながらも、三分後にはすっかり忘れているのがスラシュだ。

 だが逆に恩は一生覚えているもよう。

 素晴らしい性格である。


「スラシュさん、やるなら早くやってください」

「うぅ……アタシばっかり怒られる……」

「やーいやーい」


 スラシュの後ろから小声で煽る。

 さっきさんざんからかってくれたお礼だぜ。


「イグナートさんも、いい加減にしてください」

「う……すまん……」


 どうやら聞こえていたようだ。

 ここは素直に謝っておく。


「さぁて、まずはその姿を見せてもらうとするよ」


 スラシュが弓を構え、矢をつがえるように弦を引っ張る。

 すると周囲の大気がスラシュの手元に集まり、不可視の矢が構成されていく。


「獣人族の酒が飲めなかったこの無念……思い知りな!」


 八つ当たりなセリフをスラシュが叫ぶと、不可視の矢が強風を巻き起こしながら二十メートルほど離れた木に命中した。

 次の瞬間、衝撃を受け大きく揺れた木からドサドサと敵が落ちてくる。


 それら敵の正体は――。









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