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強欲のイグナート  作者: 霧島樹


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第四十四話「獣人の町」

 

 

 一晩中フィルに抱きしめられていた夜から五日後、俺たちはやっと生命の森を抜けて荒野に出た。

 そしてさらに三日かけて荒野を渡り、人間と交友があるという獣人の町へとたどり着いた。


「なんか、人間の町とそんなに変わんねぇな」


 馬車の隣を歩きながら周囲を見回す。

 建物もそれっぽいし、色んな種族の獣人が共存している以外は人間の町とそう大差ないように見える。


「そうさね」


 そんな俺の感想に御者台で馬を操るスラシュが答える。


「ジル・ニトラ様の主導で帝国が色々と技術提供したらしいからね。それにこの町はたまに帝国の行商キャラバンも来るから、余計それらしく見えるんじゃないかい?」

「そういえばそんな話もあったな。しかし、行商ってのはこんなところまで来て採算取れるのか?」


 特殊な馬で片道一年半だ。

 普通の馬で、しかもキャラバンとなればもっと長旅だろうし相当な経費が掛かるだろう。

 護衛を雇う代金だってバカにならないはずだ。


「こっちにしかない動物の毛皮や牙なんかは高級品として飛ぶように売れるらしいけどね。基本は大赤字らしいよ」

「なんだそりゃ。それじゃ……」

「だから『帝国』の行商キャラバンなんだよ。帝国が支援してるのさ。利益は度外視だって話だね」

「支援ねぇ」


 ほぼ休戦状態とはいえ、一応まだ戦争してる相手に支援ってのは変な話だな。


「っと、ちょっとアンタ、どこ行くんだい。こっちだよ」

「おお、そっちか」


 気がつくと先を進むスラシュの馬車は大通りを曲がり、屋敷のような建物に向かう道へと入っていた。

 もちろんフィルとディナスの馬車は既にその先へと進んでいる。


「まったく、大丈夫かい? ボーっとして……やっぱり不眠不休の、夜の戦闘訓練が効いてるんじゃないかい?」


 口では心配するような言いぶりだが、スラシュの顔はニヤニヤと笑っていた。

 ディナスが俺の足にすがりついてきた場面を目撃されて以来、たまにこうやってからかわれたりする。


「治癒魔法があるから別に疲れちゃいねぇよ。そもそも最近は夜の戦闘訓練も週一だからな。今までと比べたら雲泥の差で楽だぜ」

「それでも週一ね。いやー、羨ましいよ。アタシもそういう相手が欲しいんだけど、中々ねぇ」

「おい」

「なんだい? 戦闘訓練の話だろ? 夜の」

「くっ……」

「プッ……ハハッ、アンタこういう話にはホント、免疫ないよね。男の傭兵なんて暇さえあれば猥談してるようなイメージがあるけど」

「おら、もう屋敷に着くぞ。黙ってろ」

「ハイハイ、まったく、イグナートは堅物だねぇ」


 笑いながら前に向き直るスラシュ。

 そんなスラシュを横目で見ながら俺は小さくため息をついた。


 俺は堅物でもなんでもないが、スラシュを前にしてこういう系の話に乗る度胸はない。

 なぜなら、話に乗るとなぜかいつも途中から年齢の話になり、俺の言葉ひとつひとつにスラシュが過剰反応するようになり、最終的にはぶっ飛ばされるという謎のパターンが確立されているからだ。理不尽なことに。


 というわけで、年齢、男女関係の話はスラシュの前で禁句なのだ。

 それさえなければ面倒見がよくて明るい、気のいい女なのだが……。


「なんだい、イグナート、そんな目で見て。……あ、その気になっちゃったのかい? こ、困ったね、そんなつもりじゃなかったんだけど……でもダメだよ、こんな真っ昼間から。だいたいアンタにはディナスが……」

「二人とも、なんの話をしている?」

「ディ、ディナス!? ち、違うんだよ、アタシはだね、別にアンタの男をどうこうしようってわけじゃ」

「おいスラシュ」

「なんだい!? ちょっとアンタからも言っておくれよ! 違うんだって!」

「なにが違うのかは知らんが、今おまえ待ちだからな。早く馬車から降りてくれねぇか?」


 すでにフィルは和服を着た使用人らしき男に案内されて、屋敷の中に入るところだ。

 そしてディナスは馬車を脇に止めて、俺と一緒にスラシュを見上げている。


「…………………………ハイ」


 蚊の鳴くような声で返事をし、そそくさと馬車から降りるスラシュ。

 その顔は真っ赤である。


 ……なんつーか、コイツは相当、こじらせてるよなぁ、色々と。

 まあそっち方面では俺も人のこと言えないんだが。




 フィル、ディナス、スラシュ、そして俺の四人は使用人らしき男に案内されて大きな屋敷の中を進んで行く。

 町は普通に洋風だったのに、なぜかここの屋敷は純和風なのがちょっと気になる点である。


「どうも、ワシが町長です」


 案内された先で待っていたのはタヌキ顔をした初老の男性だった。

 耳と尻尾がタヌキっぽいので、多分タヌキの獣人なのだろう。


「ジル・ニトラ様にはいつもお世話になっております」


 なんでもこの男は町長であると同時に商人であり、ジル・ニトラとは昔から交友があるという。


「約束していた物資は今、馬車に積み込ませております。あとで確認してください」

「わかりました。こちらが代金です」

「頂戴致します」


 約束していた物資というのは主に食料品だ。

 ジル・ニトラが予め手配しておいてくれたらしい。

 俺は知らなかったがフィルが町長に渡している布袋を見る限り、代金もちゃんと持たされていたようだ。


「皆さん長旅でお疲れでしょう。この町には滅多に外から人が来ないため宿がありません。よろしければここに泊まって行ってください」


 そんなこんなで、俺たちは町長の屋敷に泊まることになった。




 時は経ち、夜。


「眠れねぇ……」


 せっかくの野宿じゃない寝床なのに、しばらく横になっていても眠気は訪れなかった。

 体がはみ出るから布団も六枚敷いてるし、皆それぞれ部屋も個別という最高の環境なのに。


「……水でも飲むか」


 台所に行って水瓶みずがめに汲んである水を飲み、縁側を歩いて部屋に戻る。


「おや」


 その途中で縁側に座り月を眺めるタヌキ……じゃなくて町長と会った。


「奇遇ですな。あなたは……」

「イグナートだ」

「イグナートさん。眠れませんか?」

「ああ……まあな」

「そうでしょうとも。今日は満月ですから」

「なるほどね」


 それ関係あるのか?


「眠れないなら、どうです、一杯?」


 ニッコリと、人好きのする笑顔でおちょこを持ち上げる町長。


「……頂こう」


 俺はそのまま町長の横に腰掛け、晩酌に預かることになった。














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