第四十二話「有罪断定」
四人組で旅をしているそのうちの一人に嫌われている。
……これ、俺(本体)のことを言ってるのは間違いないだろう。
スラシュとディナスはフィルと仲がいいからな。
消去法でフィルのことを嫌ってるのは『イグナート』になる。
俺自身は別にフィルを嫌ってるわけじゃないんだが……。
「あー……それって、どんな風に嫌われてるんだ?」
「どんな風に……そうですね、主に避けられたり、話し掛けても態度が素っ気なかったりという感じです」
「そうか」
うん、やっぱ俺だなそれ。
フィルのことは普段から意識して避けてるし。
なんでか子どもの相手をしてると、『傭兵イグナート』を演じてるつもりなのに気がつくと懐かれてたりするからな。
注意しているのだ。
「……ボクは、どうすればいいでしょうか」
「どうもしなくていいんじゃね?」
「え?」
「別に、自分のことを嫌ってるヤツと無理に仲良くする必要ないじゃん」
「え……で、でも」
「相性が悪いヤツってのはいるもんだって。そんなのいちいち気にしてたらキリがないっての。ほっとけほっとけ。無視無視」
俺が手をヒラヒラ振りながらそう言うと、フィルは驚いたように目を見開き、顔を背けてふくれっ面になった。
「……冷たいですね」
「ま、他人事だしな」
俺にとっては仲良くならない方が都合いいし。
特に勇者は。
それは本体も分体も同じだ。
「…………」
「…………」
二人の間に沈黙が流れる。
「さて、と……んじゃ俺もう帰るわ」
「そうですか……残念です」
「ん?」
「ボク、歳が近い人とこうして話すのは初めてで……もう少しお話したかったのですが」
そう言ってフィルは寂しそうに笑った。
「…………あと少しだけなら、話してもいいぜ」
「本当ですか!?」
「ちょっとだけな。本当にちょっとだけ」
「それでもいいです!」
嬉しそうに言うフィルを見ながら、俺は内心ため息をついた。
まあ、でも分体の方なら俺の人生に大して影響は出ないか。
どうせこれ一回きりの出会いだし。
そう思って楽観視していた俺は三ヶ月後、再びまたフィルと分体で遭遇することになるのだが、この時はそんなこと知る由もなかった。
◯
帝国を出て旅を始めてから一年半が経った。
驚くべきことに、俺たちはまだ生命の森を抜けていない。
元々、抜けるのに一年半ほどは掛かる見通しであるほど生命の森は広大なのだが、途中であるはずの道がなくなってたり、方角を示す魔導具が狂って見当違いの方向に進んでしまっていたり、一寸先も見えない濃霧に馬が怯えて進もうとしなかったりと、様々なトラブルによって予定より進行が遅れていた。
だがそれでもさすがはジル・ニトラが用意した馬。
夜以外は異常なタフさで殆ど休みなしで進み続け、最終的には進行速度の遅れを大幅に取り戻していた。
そして、そんなある日の夜。
「なぁ……俺、言ったよな。さんざん言ったよな。最終奥義は使うなって」
「す……すまぬ……興奮してしまって……」
俺は倒れた木の上に腰掛け、正座したディナスを説教していた。
「こっちが『掴み』『鯖折り』を封印する代わりに、そっちも最終奥義……『無限連斬』は禁止する。そういう約束だったよな?」
「はい……」
「なんでかわかるか?」
「こ、興奮してしまうから?」
「ちげぇよ変態。……いや、ある意味合ってるが、そういうことじゃない。何度も言ってるだろ。鍛錬のための試合が、『死合』になるからだよ」
「う……でも、でも……」
「でもなんだよ?」
「イグナートの……『剛気』を使うタイミングが上手くなって……奥義でも斬れないから……どうしても斬りたくって……つい……」
「おまえそんなに俺のこと斬りたいの?」
文字通り、死ぬほど抱き締めて欲しいとか、死ぬほど斬りたいとか……。
コイツもう、マゾとかサドとかっていうレベルじゃねーぞ。
猟奇的すぎるわ。
ちなみに『剛気』とはどうしてもディナスに斬られたくない俺が、決死の思いで編み出した防御技である。
その内容は一瞬だけ硬化のアニマを極大出力のうえ超高密度に圧縮させ、異常な硬さを実現するというものだ。
この世界風に言えば本来は『硬気』って感じなのだが、俺の趣味で『剛気』と名付けた。
何物にも屈しない、という俺の強い意思を込めた技名だ。
「ハァ……もうそろそろ、頃合いかね」
「な、なにがだ?」
「ディナスとの夜間訓練」
「そんな!?」
ガバっとその場から立ち上がるディナス。
「か、考え直してくれないか……我慢するから……興奮しても、最終奥義は使わないから……」
「そこは興奮するのを我慢して欲しいんだが……」
「うっ……が、我慢する。我慢するから、だから……」
「お、おい、止めろ」
俺の足にすがりつくディナスを慌てて制止する。
ここ最近はちょくちょくスラシュやフィルも俺の回復魔法で眠気を飛ばし、夜の戦闘訓練に参加したりする。
ただ、いくら回復魔法で眠気を飛ばすとはいえやはり夜に寝ないのは精神的にシンドイらしく、そう頻度は多くないのだが……今週はスラシュがまだ来てないから、もうそろそろここに来るかもしれないのだ。
「なんでもするから……だから……お願いだ……私を捨てないでくれ……」
「おいこら、人聞きの悪いこと……」
「……アンタら、やっぱりそういう関係だったのかい」
ほら来たよ!
やっぱり来たよ!
来ると思ったよチクショウ!
「い、いや、違うぜスラシュ。誤解だ。これはだな……」
「別に言い訳しなくたっていいよ。そういうのは個人個人の問題だからね」
「いやだから……」
「ただ魔王討伐に支障をきたすのだけは勘弁しておくれよ。そうでなければアタシはなにも言わないさ」
「あのなぁ……」
「しつこいねぇアンタ! 言い訳はいらないっての! 聞きたくないんだよそんなのは!」
「え、えぇー……」
まさかの有罪断定。
俺がいったいなにをした……。
「捨てないで……私を捨てないでくれぇ……」
「くっ……コイツ……」
未だに俺の足にすがりつき、情けない声を出すディナス。
そんなディナスを苦々しい顔で見て、スラシュはこちらに背を向けた。
「今日のところは戦闘訓練に参加するのは止めておくとするよ。男女の仲に口出しするほど無粋なことはないからね。それじゃ」
スラシュはこちらを振り返らずそう言って、そのまま俺たちの前から去って行った。
「…………」
俺はそれを呆然と眺めたあと、しばらくの間足元のディナスをどう説得しようか途方にくれていた。




