第四十話「幸せ」
「そういや、ディナスは寝なくて大丈夫なのか?」
スラシュとフィルが寝ているところから離れ、森の開けた場所に着いてからディナスに聞いてみた。
俺は治癒魔法があるからいくらでも睡眠不足を解消できるが、ディナスはどうなのだろうか。
「私は大丈夫だ。この鎧の効果により、睡眠を取らなくとも常に万全の体調となっている。……というより、そもそもこの鎧を装備してから睡眠自体を取ったことがない」
「……は?」
「夜、スラシュやフィルと合わせて横にはなるが、その間はずっと目をつぶり意識内で仮想敵を相手に戦っている」
さらっと衝撃の真実を口にするディナス。
「……マジか。ちなみにその鎧、いつ頃装備したんだ?」
「戦神ルギエヴィート様から神託を承った時だから、おおよそ三年前だな」
つまり三年前から一睡もしてないのか。
凄いな。
そりゃ頭もおかしくなるわけだ。
「今なにか失礼なことを考えてないか?」
「いや、なにも。さて、さっそく戦うとするか」
「誤魔化された気がするが、まあいい。――行くぞ!」
数十分後。
「いちいち手足を斬り飛ばすの止めてくんねぇか!?」
「隙があるのだから仕方がない。それに治癒魔法で治せるだろう?」
「そういう問題じゃねぇ!」
「ではどういうことだ?」
「痛ぇんだよ!」
「痛いって……子どもじゃあるまいし、仮にも魔王を倒しに行くという戦士が、情けない」
「ぐっ……!」
まるでこの、俺が甘ちゃんであるかのような口振り……!
俺か!?
俺がおかしいのか!?
「っていうかそもそも、なんでこんなスパスパ斬れるんだ!?」
闘技大会では『奥義』とか繰り出されない限りは大体アニマで防御できてたのに、今はどう考えても通常攻撃で斬られてる。
しかも闘技大会の時と違ってやりにくいったらありゃしねぇ。
こっちの攻撃は全然当たらないし……ディナスの動き自体は大して変わってないように見えるのに、意味がわからん。
「呼吸とアニマの流れを読んでるからな。いかに強固なアニマに覆われていようと、生きとし生けるものにはすべて呼吸がある。呼吸があればアニマも流動する。その刹那を見極め、流れに沿って剣を振るえば過剰な力など必要ない」
「言ってることが達人すぎて意味不明なんだが」
「……貴様はいかんせん、身体能力に頼り過ぎだな。だから一回戦っただけの私にすら簡単に呼吸を読まれる」
戦いながらも呆れたようにため息をつくディナス。
ぬぅ……前半は心当たりがあって耳が痛い限りだが、後半は微妙に納得がいかん。
一回戦っただけで簡単に呼吸を読むとか、それおまえが天才なだけなんじゃねぇのかっていう。
「だがしかし、それは貴様にまだまだ伸び代があるということを意味する。技術がなければ身に付ければいいだけの話だからな」
ディナスの目がキラリと光った……ような気がした。
……なんだか嫌な予感がする。
「なに、心配するな。魔王城に着くまで三年間、私が毎晩みっちり鍛えてやる」
そして予感は的中した。
獰猛な笑顔を浮かべるディナスを諦観の目で見ながら、俺は心の中で呟いた。
あれ、おかしいな……いつの間にか立場逆転してねぇ?
「悪手!」
「ぐああああ!?」
右手首から先が斬り飛ばされた。
即座に治癒魔法を右手首に掛けるが、痛み自体に変わりはない。
なにより治癒魔法の効果で斬り飛ばされた手がブーメランのように戻ってきて、くっ付く瞬間がメチャクチャ痛いのだ。
もう嫌になってくる。
「戦闘中に気を抜くな!」
「だあああ! わかったぜやってやるよコンチクショうぎゃああああ!?」
今度は左手首から先が斬り飛ばされた。
「動きが雑だ!」
「どっちにしろ斬り飛ばされんのかよクソがあああああ!!」
「む!? どこへ行く!?」
「こんなんやってられっかバカが! バーカ! バーカ! バーーーカ!」
俺は全速力で森を駆け抜け、ディナスを置き去りにして行った。
◯
「あの……もう、朝なんで……勘弁してくれませんか……」
「む、もうそんな時間か」
横たわる俺の腹の上で休憩していたディナスは、東の空から昇る太陽を見て眩しそうに目を細め立ち上がった。
「今日のところはここまでだな」
「……もしかして、明日も……ってか今晩も……戦るんスか?」
「当たり前だろう。せっかく睡眠の必要がない二人なのだ。毎晩とことんやるぞ」
「…………」
「なんだ、斬られるのがそんなに嫌なのか? だったら早く私より強くなればいいだろう。大丈夫だ。貴様にはその素質がある。むしろ素質の塊だな。素質だけで私と渡り合ってると言っても過言ではない。これは凄まじいことだぞ?」
「いや……全然……渡り合ってないじゃないっスか……」
だってこの人、全力で逃げても追いついてくるし、火、風、雷の属性魔法を駆使してまれに隙を作れたとしても大したダメージ与えられないし、与えてもすぐ復活するし、しかも俺が苦し紛れで『その剣ズルい』って言ったら『じゃあ素手で戦う』とか抜かして、しまいにゃ手刀でこっちの手足を斬り飛ばし始めたからね。
もう、わけがわからないよ……。
「そんなことはない。貴様の策にはヒヤリとさせられる場面が何度もあった。これは私の弱点でもある。おそらくこれは真正面から斬り合いたいという私の欲求が、無意識のうちに視野を狭くしているのであろう。それに今までは私が動き出せば、大抵の敵は策を弄する前に死んでしまっていたからな。つまりは経験が少ないのだ。そういった意味でも私は奇策に弱い。……もっと強くならねば」
「…………」
俺、魔王城に着くまで生き残れるかな……。
「こんなところでなにやってるんだい、アンタら」
青い青い空を見上げながらブルーな気分に浸っていると、いつの間にかやってきたスラシュが俺の顔を覗きこんでいた。
「ん……あぁ……ディナス先輩に稽古をつけてもらってたとこだ」
「はぁ? ディナス先輩ぃ? それに稽古って……それ、もしかして昨日の夜から?」
俺が横になったまま力なく頷くと、スラシュがディナスを睨みつけた。
「ディナス、アンタねぇ……」
「む……ま、待て。これはだな、同意のうえでの結果であってだな……それに、イグナートは回復魔法で睡眠を取らなくてもいいから、旅に影響は……」
「アンタ、そういう問題じゃ……」
「いや俺なら大丈夫だ! それにディナス先輩が大丈夫って言ってんだから大丈夫だ! 大丈夫!」
「え……本当かい? ……っていうか正気かい? アンタ」
「あったりめぇだろ! ですよねディナス先輩!」
「うむ、そうだな」
「おらディナス先輩もこう仰ってる! あんまりディナス先輩の手を煩わすんじゃねぇよ!」
ディナス先輩がその気になったらなぁ、一秒経たないうちに手刀で首チョンパだぞ!
わかってんのか!?
ディナス先輩マジパネェんだぞ!?
「……まあアンタがそれでいいなら、いいけどさ」
「ふぅ……やっとわかってくれたか。死ぬかと思ったぜ」
「アンタ完全に調教されてんじゃないのさ……」
スラシュが大きくため息をつくが、なんのことだろうな。
俺にはサッパリわからん。
俺にわかるのはディナス先輩マジパネェってことだけだ。うん。
そんなこんなで焚き火をしていた地点に戻り旅を再開したのだが、いつまでもディナス先輩ディナス先輩言ってたらディナス先輩から『普通にしろ』って言われたので今まで通りの対応に戻した。
ディナス先輩は強くて美しいだけじゃなく、優しくて心も広い。
そんなディナス先輩に教えを請うことができて、俺は幸せだなぁ。
また夜になるのが楽しみ……たのしみ……タノシミ……だなぁ……。
はは……は……あはあは……あははは……は……。
幸せってなんだろう?




