第三十九話「戦女神」
食事が終わり、フィル以外の人間が順番に水浴びをした後は特に何事もなく全員、床につくことになった。
焚き火を中心に円となり、俺以外の三人はいそいそと寝袋を用意してそれに入る。
俺はスラシュとディナスの間に馬車から取り出したデカめの布製シートを敷いて横になった。
俺サイズの寝袋はないから当然といえば当然なのだが、なんだかちょっと寂しい。
俺も寝袋に入ってみたかった。
寒くともなんともないから物理的に困ることはないんだがね。
◯
皆で床についてから、一時間ぐらいは経っただろうか。
俺は依然として眠れなかった。
原因としては多分、スラシュに空気の砲弾でボコボコにされていた時、ビビって治癒魔法を全身に発動させていたからだと思われる。
ミサからコピーした治癒魔法はケガや毒はおろか疲労や眠気まで回復してしまうチート性能であり、しかも俺の場合アニマが無尽蔵に近い為なにかあるとすぐ治癒魔法を発動してしまう癖がある。
それが今アダとなっているわけだ。
そう。
治癒魔法のせいなのだ、俺が眠れないのは。
決して、
「……………………」
無言でこちらをじっと見つめてくるディナスが気になって、眠れないなんて、そんなことはない。
いや、そもそもディナスがこっちをずっと見てるだなんて、それ自体が気のせいだ。
まったく、自意識過剰だな、俺は。
今までの人生で色々と拗らせ過ぎたんだよ。
でなきゃ若い女(十六歳)の視線をずっと感じるなんて、そんなバカなことあるわけないっての。
俺は自分にそう言い聞かせ、左方向に寝返りをうち、少しだけ、ほんの少しだけ瞼を開いて、左隣に寝ているディナスを薄目で見た。
「…………………………………………」
見てる!
超こっち見てる!
怖ぇよ!
「イグナート……」
俺は即座に目をつぶり、ディナスとは反対側に寝返りをうった。
俺は寝ている。
なにも聞いちゃいない。
「イグナート……」
ディナスのささやく声なんぞ聞こえねぇ。
徐々に近づいて来てるような気配なんて感じねぇ。
すべて夢、幻だ。
「イグナート……」
近い近い近い近い。
耳元でささやくんじゃねぇよ。
しかもなんかシャンプーっぽい柑橘系のいい香りがするんだけど。
「イグナート……起きてるんだろう?」
「…………」
「そのままでいいから、聞いて欲しい」
ディナスは俺のすぐそばに座り込み、今までに聞いたことのないような、しおらしい声で話し始めた。
幼い頃に戦士の一族である両親が戦で死んだこと。
当時は両親を戦に駆り立てた戦神のことを、心の底から憎悪していたこと。
戦神を殺すため、死ぬ気で強くなろうとしたこと。
だが十三歳になって戦神の神殿で精神世界に入り、死んだ両親と戦った時、憎悪では戦神に勝つことはできないと諭されたこと。
そして幾日に渡って戦い続け、両親に勝ったその時、初めて戦神から神託を受けたこと。
「『戦え』『血を熱く滾らせろ』『すべての答えは、そこにある』……たったそれだけの言葉だったが、私にはそれで十分だった。両親と戦い、一族の矜持を受け取っていた私には」
「…………」
「それから私は、徐々に戦いの純度を高めていくと共に、戦神ルギエヴィート様への信仰を強くしていった。その頃から戦では常勝無敗でな。戦女神、なんて大それた名で呼ばれるようになった。……だがある時から、戦いの純度、信仰に不純なものが混じり始めた」
ディナスは大きく息を吸い、僅かに逡巡しながらも次の言葉を口にした。
「イグナート……貴様に強く抱きしめられてからだ」
「…………」
「貴様に強く抱きしめられた時のことを思うと、身体が熱く、心は乱れる。私も詳しくは知らぬが、イグナート……これは、『恋』というものらしい」
「…………」
「だから、イグナート……」
ディナスは俺の耳元に近付き、恋人を誘うようにささやいた。
「戦らないか?」
「なぜそうなる」
俺は反射的に起き上がってしまった。
「いや、っていうかちょっと待て。念の為に聞いておくが、それは俺と『戦わないか?』って意味の『戦らないか?』だよな?」
「そうだが……それ以外になにがある?」
「ああ、いや、うん……まあ、それ以外にないよな、ディナスには」
正直、最初からそんなこったろうと思ってたよ。
だって俺、本当は知ってたし。
さっきディナスが俺に向けてた熱い視線は若い女(十六歳)としてじゃなくて、戦闘狂(十六歳)としての視線なんだって。
「それとディナス。『恋』うんぬんの辺りは、スラシュからの受け売りだろ」
「なんと、その通りだ。なぜわかった?」
「いや、さっきの言い振りだと誰かに入れ知恵されたのが丸わかりだしな」
それにさっきからスラシュが肩を震わせて、必死に笑いを堪えてるからな。
アイツいつかぶっ飛ばす。
「む、誰に入れ知恵されようと、私は私だ。貴様を想う気持ちは変わらない」
「そうか。じゃあもう、仮にそれを恋だとしよう。そのうえで改めて言わせてもらう。おまえとは戦わねぇ。お断りだ」
「なぜだ?」
「なぜって、俺にはなんの得もねぇからだよ」
あとは、純粋にディナスが怖いというのもある。
なにせ正気を失って白目剥いてるような状態でも正確に首をはねてくるような危ないヤツだ。
まともな神経してたら断るに決まってる。
「得はあるぞ」
「なんだよ得って」
「戦えば戦うほど、イグナートも強くなるだろう。それが得だ」
「強くなる、ねぇ……」
確かに今の勇者一行でも勝てるかどうかあやしいという魔王を倒しに行く以上、強くなるに越したことはない。
なにしろ世界の命運が掛かっているのだ。
……なんだかそう考えると、ディナスの提案もそこまで悪くない気がしてきた。
つまり、鍛錬目的で戦えばいいのだ。
「……絶対に俺を殺さないって約束できるか?」
「え……」
「いや、この世の終わりみたいな顔してんじゃねぇよ」
「……命を掛けた戦いだからこそ強くなれるのだぞ?」
「俺は死にたくねぇんだよ。それに命を掛けなくたって強くはなれるだろうが。別に嫌なら嫌でいいんだぜ、戦わないだけだ」
「わ、わかった。やむを得ない、約束しよう。だがしかし、イグナートは私を殺す気で戦ってくれないか?」
「本気は出すが、殺す気で戦うってのは無理だな」
「なぜだ!?」
「だっておまえ、正気失うだろ」
「うっ……」
「あぁ、『今度は正気失わない』とか言ってもダメだぞ」
俺の中で首チョンパされたトラウマが忘れられないからな。
絶対にディナスを瀕死にはさせない。
俺の命が危ないから。
「ぐぬぬ……わかった……また、あの時の快感を得られないのは残念だが……従おう……」
「快感?」
「イグナートに強く抱きしめられた時に感じた、まさに昇天するかのような快感だ」
「…………」
「む、なんだ、なにか言いたそうな顔だな」
「……やっぱりおまえのそれはな、『恋』じゃねぇわ」
「そうなのか?」
「ああ。今のおまえはな、快感を求める『変態』だ」
「なにぃ!?」
「お、『恋』はよくわからないのに『変態』はわかるのか?」
「くっ……ルウェリン・ザ・ラストに付きまとわれていた時、傭兵仲間に聞いたことがある。アイツのような異常性癖を持つ人間のことを、世間一般では『変態』と呼ぶ……と」
「ルウェリン・ザ・ラストって……アイツ変態なのか?」
確か、背中まで届く長い金髪と銀色のアイマスクがトレードマークの正義の味方、だったっけか。
司法では裁けない悪い貴族や商人を成敗して回る正義のヒーロー、とか、帝国を照らす希望の光、とか香ばしい解説されてたわりにはディナスに一瞬でやられてたから、不憫すぎて逆に印象に残ってる。
「そうだ。アイツはある日、道中の泉で水浴びをしていた私の裸体を見て以来、一目惚れしたと言ってずっと付きまとってきてな」
「そこだけ聞くと大した変態ってわけでもなさそうだが」
ディナスは外見だけ見たら凄まじく美しいからな。
それこそ水浴びするディナスは女神にでも見えたのだろう。
おかしな話ではない。
「それがな、兜を付けたまま水浴びする私の姿が琴線に触れたらしく、やれ絵に残したいだの、型を取りたいだの、結婚したら致す時も兜は取らないでくれだの、熱く語り始めてな……」
「あー……」
なるほどね。
そういう系の変態か。
「アレが帝国の皇太子だというのだからな、世も末だ」
「皇太子!?」
皇太子って、つまり帝位継承者で、帝国の次期皇帝ってことだよな?
……帝国も闇が深いな。
「む、これは奴の側近に口止めされていたんだったか。内密に頼むぞ」
「おう……それにしても、ディナス」
「なんだ?」
「ルウェリン・ザ・ラストのことを『世も末だ』とか、まるで一般人みたいなこと言ってるが……おまえも同類だぞ? 変態って括りでは」
「ぐぅ!?」
「ちょっと、アンタらいい加減うるさいよ! 寝ないんならどっか行きな!」
さすがに話が長すぎたようで、ずっと寝たフリをしていたスラシュが怒ってきた。
「うるせぇってよ。場所を移すか」
「そうだな」
とりとめのない話を切り上げ、俺とディナスは夜の森を歩き始めた。




