第三十七話「荒野」
「さっきのジイさん、アンタの知り合いかい?」
帝国の門を出てしばらく歩き、勇者一行と合流したと同時にスラシュがそんなことを聞いてきた。
「いや、赤の他人だが」
「そうなのかい? じゃあなんでずっと話しながら歩いてたのさ?」
「俺が知りてぇよ……」
なんだって俺はこう、変なのにばっかり絡まれるんだか。
そう思いながら目の前にいる変なのを見ていると、スラシュは訝しげな表情をしながら近づいてきた。
「アンタ今、失礼なこと考えてるだろ?」
「なんのことだかサッパリわからんな。……あ、そういやさっきジル・ニトラになんか渡されてたろ。アレはなんだよ?」
「話題逸らすの下手だねアンタ……さっきのは秘密だよ。ジル・ニトラ様から誰にも言わないよう承ってる」
「へぇ、なんで秘密なんだ?」
「それを言ったら意味がないだろ」
「なんだ、つまんねぇな」
まあ秘密にされるってことは大して重要じゃないんだろう。
気にするだけ無駄か。
「ふむ、やはり気になるか?」
「そりゃあんだけこれ見よがしに渡してりゃ……って、おい」
気がつくと今さっき別れたはずのジル・ニトラが俺の背後に立っていた。
「なんだね?」
「なんだね、じゃねーよ。今さっき別れたばっかだろうが。なにしに来たんだよ」
「キミたちを帝国領の端まで送りに来たのだよ。なにせここから帝国領を抜けるだけでも一年以上は掛かるからね。短縮できるところは短縮した方がいいだろう?」
そう言いながらジル・ニトラが指を鳴らすと、街道の中心に銀色に輝く光が渦巻き始めた。
光は徐々に大きくなっていき、数十秒もしないうちに五メートルほどの円状になった。
「ここを通ればすぐに帝国領の端だ。さぁ、行きたまえ」
フィル、ディナス、スラシュの三人とは既に話しが通じていたようで、勇者一行は次々とジル・ニトラに礼を言って馬車ごと光の渦に入って行った。
ちなみに俺は馬車に乗ることが出来ないので徒歩だ。
理由は言わずもがな、デカすぎるからである。
旅の間は最後列であるスラシュの馬車と並んで進む予定だ。
「さてと、今度こそ本当にお別れか」
「そうさな、魔王ゼタルの脅威がある限り、私は帝国領から離れることはできん。私自身やらねばならぬこともあるから、キミたちがこちらへ戻ってくるまでは会うこともないだろう」
「そうか、じゃあな」
「イグナート」
光の渦に入ろうとした俺をジル・ニトラが呼び止める。
「先に言っておくが、キミらが危なくなっても助けに行くことはできんからな。無理は禁物だぞ?」
「おー、了解」
「……イグナート、キミ、聞き流してないか? これは重要なことだぞ」
「わかってるって。いざという時ジル・ニトラの助けはない、無理はしない」
「うむ、よろしい」
「おう……じゃあな」
「ああ、達者でな」
俺はジル・ニトラに別れを告げ、今度こそ光の渦に入って行った。
◯
「ここが帝国領の端か」
光の渦をくぐって出た先は、見渡す限り草木の一本も生えていない灰色の荒野だった。
「なんだ、なんにも無い割には随分と馬車が通ってるな」
この荒野の先は帝国の守護が及ばない地域であるはずだが、パッと見るだけでも五、六台の馬車が先を進んでいた。
「ああ、この先には『生命の森』があるからね」
「『生命の森』?」
「そうさ」
御者台の上で馬の手綱を引きながらスラシュは答える。
「実り豊かで獣も多いうえに、人を襲うような魔物が一切いないからね。駆け出しの商人や冒険者から、ベテランの狩人まで通ったりする、この辺じゃ有名な場所さ」
「なるほどね。だが危なくはねぇのか? いくらその森に魔物がいないっつっても、今は戦争中だろ? 魔族とかが出張って来たりはしねぇのか?」
ここでの魔族、というのは『人間と敵対する種族』という意味合いだ。
大昔は魔王が率いる軍勢――悪魔系や不死者系などの、典型的な人類の敵だけが『魔族』と呼ばれていたらしいが、百年ほど前からはその呼称に獣人やエルフ、ドワーフなどの亜人族も含めるようになったらしい。
「十数年前まではそういうのもあったらしいけどね。今は殆ど停戦状態だよ。場所によっては魔族相手でも人間と交易関係があったりもするし、危険なんて魔物以外は殆どないさ。ジル・ニトラ様のおかげでね」
「ん? なんでここでジル・ニトラの名前が出てくるんだ?」
「アンタ、ジル・ニトラ様の通称を知らないのかい?」
「あ? ……ああ、なるほどね」
確か、『調停の魔術師』だったか。
「長年に渡ってジル・ニトラ様が各種族と和平交渉をし続けてくれたからこそ、今の平和がある。この、やっと掴んだ平和をぶち壊そうとする魔王をぶっ倒せば、本当の意味で戦争が終わるってことさ」
「…………そうか」
当然のように獣人を奴隷として扱ってる今の現状じゃ、そう簡単にいくかどうか怪しいもんだが……。
「ま、とにかく目的はハッキリしてらぁな」
魔王を倒して、俺はジル・ニトラから変身の神器か古代魔導器を貰う。
んでもって悠々自適な生活になったら俺の力の源であるベニタマの謎を調べる。
思わせぶりな発言をしてた魔女ヴィネラとかは……俺の実生活に影響がないんだったら放置だな。
なんにしても、優先順位としては一番後の方だ。
ティタの復讐は……。
「どうすっかな……」
「何をさ?」
「いや、なんでもねぇ。私的なことだ」
「……アンタさぁ」
「ん?」
「普段、『粗暴なふり』してるだろ。なんでそんなことしてるんだい?」
「…………なんのことだ?」
「とぼけんじゃないよ。そういう『演技』してる時と、普通に話してる時の差が激しすぎるんだよ。他の人間だったら誤差の範囲内だと思うかもしれないけど、アタシは誤魔化されないからね」
「…………」
最近は『傭兵イグナート』もかなり板についてきたと思っていたのだが、どうやらスラシュの目には演技臭く映っていたようだ。
しかし、さじ加減が難しいな。
フィル、ディナス、スラシュたちの場合、これから魔王討伐があるから険悪な関係になるのは困るんだが、だからといって逆に打ち解けすぎてもその後が困る。
なにせ勇者一行だ。
面倒事に巻き込む種、トラブルメーカーと言ってもいい存在だからな。
魔王討伐が終わった後でも様々な厄介事を持ってきそうだ。
「言いたくないんだったら別に言わなくてもいいけど……そういうの、損するだけだと思うけどね、アタシは」
「ふん……雑魚が、余計なお世話だ」
「ハァ……はいはい、わかりましたよ。もう聞かないよ」
スラシュは呆れたように言って、正面に向き直った。




