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強欲のイグナート  作者: 霧島樹


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第三十六話「新たなる旅立ち」

 

 

 俺とフィルの戦いが終わったあと。

 俺は結界の檻から出て来たスラシュを相手に大変だった。

 やり過ぎだの、人でなしだの言って掴み掛かってきたスラシュをなだめるのは非常に苦労した。


 諸悪の根源であるジル・ニトラは素知らぬ顔でフィルの治療をしてるし、今回は散々な目に遭ったもんだ。

 スラシュの抗議中ディナスは特に何も言ってこなかったのが唯一の救いか。

 

 それからジル・ニトラが一通りフィルの治療を終えたあと、しばらくして俺たちは異空間から闘技大会場の控え室へと戻った。


「……ここは」

「ふむ、目が覚めたようだな。ここは控え室だよ」


 ジル・ニトラの言葉でハッと気づいたように、フィルは自分が寝ていたベットの上を見回した。


「……剣は!?」

「そう焦らなくとも、ここにちゃんとあるぞ」


 そう言ってジル・ニトラがローブの内側から出した剣をフィルはひったくるようにして受け取り、安堵のため息をついた。


「ボクは……勝負は、どうなったのでしょうか。最後の方はあまりよく覚えていないのですが」

「双方ともに負けを認めることはなかったが、キミの魂がもう限界でな。これ以上やると修復が困難であった為、私の裁量で今回の戦いは終わらせたよ」

「……そう、ですか」

「ただ便宜上、勝者は決めなければならないからな。今回の勝者は最後まで自力で立っていたイグナート、ということになった。当然ではあるが」

「……っ」


 フィルは手元の剣に視線を落とし、拳を握り締めた。


「ボクは……この剣に誓ったのに……負け……」

「テメェは負けちゃいねぇ」


 ジル・ニトラとは反対側の壁に寄り掛かっていた俺はフィルの言葉を途中で遮った。


「テメェは最後まで負けを認めなかった。だから今回の勝負は引き分けだ。便宜上の勝者は俺だがな」

「イグナートさん……」

「ちっ……第三者が判定を下したぐらいで弱気になりやがって。あれだけ俺に啖呵たんかを切ったんだ。他人がなんと言おうが死ぬまで貫きやがれ」

「……ありがとうございます」


 ベットの上で頭を下げるフィル。


「……ふん」

「ですが、勝者がイグナートさんだということは、彼女は……」

「コイツは置いて行く。当然だ」

「…………」


 黙り込むフィルに対し、俺の隣にいたティタが声を掛けた。


「勇者」

「……はい?」

「チキは大丈夫だ。ちゃんとメトラと話し合った。メトラが帰ってくるまで修業して待ってる。逃げ出して後を追ったりしない。約束した」

「そう、ですか」


 フィルはティタの言葉に一瞬寂しそうな顔をしたあと、微笑んだ。


「そうですね。イグナートさんなら心配はいらないか」

「そうだ。メトラは死なない。勇者との戦いを見て思った」

「本当ですね。殺す気で戦ったのですが、まったく歯が立たなくてビックリしました」


 朗らかに笑う勇者フィルだが、実際、幾度となく瀕死になった俺としてはまったく笑えない話だった。




 ◯




 それから三日後。

 各自しっかりと休み、旅の準備も終わってとうとう帝国を発つ日がやってきた。


「さて、ティタを頼むぜ、ジル・ニトラ」

「安心したまえ。私が直々に……というのは難しいが、彼女自身の希望どおりキッチリと鍛えておこう」

「アンタが鍛えるんじゃないってことは、誰か雇うのか?」

「そういうことだな。なに、暗殺者ギルドのちゃんとした筋の人間に依頼したから安心したまえ」

「…………」


 暗殺者ギルドって聞くだけで少し不安になるが、仮にも帝国の筆頭宮廷魔術師の手配だ。

 問題はないだろう。

 ……問題あろうがなかろうが、他に選択肢はないのだが。


「しかし、随分と荷物が多いな。魔王城まではそんなに距離があるのか?」


 俺はこの日の為に用意された大型の馬車三台を見ながらジル・ニトラに聞いた。


「なんだ、知らなかったのか? 私が今回用意した馬は走力、耐久力ともに通常とは比べ物にならないほど上等なものだが、それでも彼の地に辿り着くのに三年は掛かるぞ」

「三年!?」


 そんなに遠いのか。

 旅するとはいってもせいぜい半年程度だと思っていた。

 俺が持ってる地図はディアドル王国から帝国までの範囲しか載ってなかったから、勝手に想像してただけだが。


「だからこれだけの荷物量か。しかし本当に多いな。無限袋とか、そういうのはないのかね」


 ジル・ニトラが異空間作ったり出来るぐらいだから、見た目は小さいけどいっぱい物が入る袋みたいな、そういう魔導具とかありそうなもんだけど。


「無限袋? なんだそれは?」

「容量無視していくらでも物が入れられる袋みたいなもんだ。そういう神器とか魔導器とかってないのか?」

「いくらでも物が入る袋、か。それと似たような『拡張箱』なら今回のキミたちの馬車にも積んであるが、さすがに無限ではないな」

「積んであんのか」


 え、ってことは実際の荷物量はこれ以上あるってことか。

 凄まじいな。


「それにしても無限袋か。聞いたことがないな。今回積んでいる『拡張箱』は私のアニマを込めた魔石が随所に組み込まれ、異空間を作り出すエネルギーとなっているが……袋だとしたらどういった作りになっているのだ?」

「あー……無限袋ってのは実際見たわけじゃなくてな。俺の想像上の産物だからどういった作りかはわからんのだが、そうだな……例えば、持ち主のアニマを使って異空間を作り出すとかは無理なのか?」

「次元魔法を人間が使ったら一瞬でアニマが枯渇するぞ? いや、そもそも発動すらできん」

「マジか」


 じゃあ無限袋なんてものは夢のまた夢か。

 あれば相当旅が捗ると思ったんだけどな。


「ふむ、だが着眼点は面白い。イグナートのように膨大なアニマを持つ人間だったら使えるかもしれないな。作れるかどうかはわからないが、試してみるとするか。もし製作に成功したら魔王討伐の成功報酬として渡そう」

「おお! そりゃいいな!」

「成功したらだぞ? 初の試みだ。あまり期待はするな」

「いやぁ、ジル・ニトラなら大丈夫だろ、俺は成功するって信じてるからな」

「フフ、調子の良いことを……さあ、行くがいい。民衆もキミらが旅立つのを待っている。おっと、スラシュはこっちに来たまえ」


 ジル・ニトラはスラシュを手招きすると、黒い巻物のような物を手渡し小声で囁いた。


「これが例の魔法陣だ。構成する塗料と鍵となる杭は『拡張箱』の中に入っている。頼んだぞ、スラシュ」

「はい」


 真剣な顔で頷くスラシュ。

 ……なんだ、あれ? 気になるな。

 小声だろうがなんだろうが俺には丸聞こえなんだっての。

 あとで聞いてみるか。


「さて、と。じゃあなティタ。いい子で待ってるんだぞ」

「わかった。いい子で待ってる」

「……おう」


 ティタは俺とフィルとの戦いを見てからやけに素直だった。


「いっぱい暗殺術を学んで、チキはメトラの役に立つ」

「……ほどほどにな」


 ジル・ニトラとティタに別れを告げたあと、フィル、ディナス、スラシュはそれぞれ馬車を一台ずつ操り、大通りを進んで行った。


 俺はそんなヤツらの後ろを、勇者一行の見送りで周囲に集まった民衆と一緒に歩いて行く。

 勇者一行の仲間だと思われたくないからな。


「にしても、えらい人気だな」

 

 大通りの左右に大勢人が集まって、まるでパレードを見ているかのようだ。


「そりゃあそうじゃ、なにせ世界にたった一人の勇者様じゃからのぉ」


 俺の独り言に反応して隣にいた酔っ払いのジイさんが話し掛けてくる。


「へぇ、そうか。やっぱり勇者ってのは世界に一人なのか?」

「当たり前じゃろ。勇者様は常に唯一無二の存在じゃ。今代の勇者様が亡くなれば十三年毎の『選定の儀式』で次世代の勇者様が選ばれるがの」

「はぁ、なるほどね」


 そういう仕組みか。

 じゃあ複数人の勇者が徒党を組んで魔王をボコすとかは無理なわけか。

 院長が持ってた書物にはそこらへんの細かいところは載ってなかったな。


「まったく、最近の若者はそんなことも知らんのか……って、おお!? 」

「ん?」

「あんちゃん……デカいのぉ……」

「ああ、まあな」


 どうやら今まで気がつかなかったらしい。

 まあ気がついてたら話し掛けたりしないよな、こんな人外並みの大男に。


「しかしあんちゃん、若者ってほど若くもないのぉ……いい大人なんじゃから、簡単な歴史くらいは知っておった方がええぞ?」

「……余計なお世話だ」


 そのあとも、ジイさんは勇者一行の馬車が帝国の首都から出るまでずっと、俺に絡み続けていた。











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