第三十五話「折れない心」
「――絶対に認めません」
フィルがそう言った瞬間、俺の左手に強烈な電撃が流れた。
「おおおぉ!?」
そしてぐらりと俺の巨体が揺らぐ。
その間僅か一秒にも満たないだろう。
だがフィルはそのチャンスを逃さず、俺の首目掛けて神速の突きを繰り出した。
「やあああぁぁ!」
「ぐっ!?」
俺はまた首と胴が離れることを予想して治癒魔法を最大出力で準備したのだが……結局、それを発動させることにはならなかった。
フィルの剣は、俺が身にまとっている硬化のアニマに防がれていた。
「な……なぜ……」
俺の首元、その手前で止まった自分の剣を見て信じられないといった風に目を見開くフィル。
「あぁ……雷魔法ばっか使っててわからなかったか? 俺のアニマは物理攻撃がほぼ通じねぇんだ。硬すぎてな」
闘技大会で四肢両断や首チョンパされたりなど散々(さんざん)な目にあっていたから思わず身構えてしまったが、よくよく考えたら俺のアニマは異常に防御力が高い。
あの戦女神ディナスでさえ、通常攻撃では俺の防御を突破することは不可能だったのだ。
そのことを考えると、純粋な剣での攻撃力はディナスに劣るであろう勇者フィルでは俺の防御を破れないのも道理である。
「っう……ぐ……な、なんで……」
地面に両手をつき、下を向いたフィルの目元からボロボロと涙が流れ落ちる。
「なんでボクは……こんなに弱いんだ……」
「…………」
「勇者……なのに……世界を……背負ってるのに……」
泣きながら心の中を吐露するフィルに対して、俺はなにも言えなかった。
「だけどボクは……それでもボクは……」
「やめろ」
剣を杖代わりに立ち上がろうとするフィルをすかさず蹴り飛ばす。
「あがっ!?」
「おまえの負けだ。立ち上がってくんじゃねぇ。殺すぞ」
膨大なアニマを更に高め、威圧するようにフィルを睨みつける。
「くっ……」
「っ、立ち上がってくるなと言っただろうが!」
「ぐぶっ!」
再び俺に蹴り飛ばされるが、フィルは言うことを聞かずまた立ち上がろうとする。
「テメェ……」
俺は頑なに負けを認めないフィル、そしてそんなフィルを痛めつけなくてはならないこの状況に怒りを抱きながらも、困惑していた。
なぜだ。なぜコイツは心が折れない。あきらめない。
単なる幼い正義感でここまで粘ることは不可能だ。
十歳児の信念なんてたかが知れてるはず。
それなのに、なぜ。
「う……うわああああ!」
もはや脅威の欠片もない勇者の剣を、フィル本人ごと手で振り払い跳ね除ける。
「わからねぇな。なぜそこまで頑なになる。何がおまえをそこまで駆り立てる」
「……ボクが」
フィルはガクガクと震える足を押さえながら立ち上がる。
「ボクが負けなければ……ボクがあきらめなければ……父さんは死ななかった……」
ボソボソと、フィルはうわ言のように、自分に言い聞かせるように呟き続ける。
「こんなところで負けるんじゃ……魔王になんか勝てない……母さんを……守れない……」
「…………」
俺はそれを聞いて理解した。
何度だって立ち上がる勇者フィル。
その強さの源が、何処から来ているものなのか。
それと同時に、俺は今までフィルの強さの源がどうしてもわからなかった理由を悟った。
「なるほどね……」
どおりで、わからないわけだ。
フィルの強さの源。
父親と、母親に対する想い。
俺はそれを……元から持っていないのだから。
その事実を改めて認識した時。
俺の胸に、ポッカリと大きな穴が空いた気がした。
「――あああぁぁあぁ!!」
いつの間にか立ち上がったフィルが雄叫びを上げながらこちらに向かって走り出す。
「…………」
どうせ、斬りつけられても傷ひとつ負わない。
そんな風に気を抜いていたからか、俺が放った迎撃の平手はなりふり構わず地面へ転がったフィルに紙一重で避けられた。
「やああぁぁぁ!!」
そして――フィルの剣は、俺の胸へと吸い込まれるように突き刺さった。
「は……はは……」
自分の胸に刺さった剣を見て、思わず笑いが込み上げてきた。
なんだよ……本当に、穴が空いちまってやんの。
「ボクは……負けない……絶対に……」
フィルはそう言い残して、俺の足にすがるよう崩れ落ちた。
「…………」
俺はそれを見下ろしながら胸の剣を引き抜き、回復魔法で治していく。
その間に今更ながら喉元から込み上げてきた血を無理やり口の中で押し留めて飲み込んだ。
……不味い。
「どれ、今回はどうだ? 負けを認めさせることが出来たか?」
俺の前に転移してきたジル・ニトラがフィルの状態を確認しながら問いかけてくる。
「いや……ダメだったな。多分、コイツは死ぬまで心折れることはないだろうよ」
「ふむ、そうか。だがしかし、魂の方はもう限界だな。心の方はともかく、魂の方は私でも修復に相当な手間が掛かる。完全決着がつかず残念なところだが、今回の勝負はここまでのようだ。まあ、区切りもいいところだしな」
「……そうかい」
――あれだけ言っておいて結局、アンタのさじ加減ひとつで終わらせるのかよ。
俺はそんな風に思ったが、この苦行を終わらせることに異議はない為それを口にはしなかった。
「だが便宜上、勝敗の結果はハッキリさせねばならぬな。双方負けを認めてないとはいえ、この場合は一度も私の回復魔法を頼らず、最後まで自力で立っていたイグナートの勝利というところだろう。だが……」
ジル・ニトラは俺が手に持つ血に濡れた勇者の剣を見やると、ニヤリと笑みを浮かべた。
「最後の最後でしてやられたじゃないか。キミのアニマを彼の剣が貫くなど、通常では考えられないな。なにか動揺を誘われるようなことでも言われたのかね?」
「…………」
アニマは本人の精神状態と深く結びついたエネルギーだ。
それにより強くも、弱くもなる。
つまり……。
「……もう、いい歳なんだがな」
「ふむ?」
「なんでもねぇよ。さっさと事後処理を進めてくれ」
「やれやれ、人使いが荒いねキミは」
アンタ人じゃねぇだろ、と心の中でツッコミながら俺は気を失ったフィルの顔を眺めていた。




