表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
強欲のイグナート  作者: 霧島樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/218

第三十三話「紫電」

 

 

「やあああああああ!」


 フィルは裂帛れっぱくの気合いと共に地面を蹴り、瞬時にして俺との距離を詰めてきた。

 だが瞬時とはいえど、その動きはディナスと比べれば雲泥の差で遅い。

 限界突破した俺にとってはスローモーションだ。


「遅え!」


 こちらの間合いに入った瞬間捕まえようと、俺は両腕を伸ばした。

 このスピードなら射程距離内であれば容易たやすく捕まえられる。


「なに!?」


 だが俺の両手が届くか届かないかというギリギリのところでフィルは地面に剣を刺し、無理やり急ブレーキを掛けて止まった。


「――出でよ、『神の雷』」


 そしてフィルが呟いた刹那、俺の頭上から巨大な雷が落ちて来た。




 ◯




 死ぬかと、思った。


 満身創痍になった全身を治癒魔法で治しながら、俺は落雷によって出来たクレーターの中でひとり戦慄していた。


「火力がハンパねぇ……」


 まさか硬化のアニマが意味をなさないとは。

 炎とかは余裕で防げたから正直、自分の防御力を過信してたわ。


 多分全力で常時治癒魔法掛けてなかったら、意識飛んだまま帰って来れなかったぞ。


「あの野郎……」


 そしてこの威力、どう考えても瞬時にノーリスクで発動出来るようなもんじゃない。


 となれば、始まりの合図がされる前から上空に雷を準備してたに違いない。


「かわいい顔してやってくれるぜ」


 キレイごとを言うだけじゃなく、目的遂行の為には手段を選ばない、ってか。

 なるほどな。

 ってことは……。


「……やっぱりなぁ」


 上空に浮かぶいくつもの雷球を見て、俺は確信した。

 まだまだ雷撃は終わらない、と。




 ◯




 俺は正直、勇者フィルをナメていた。

 五年前、五歳の時点でグバルビル一匹相手するのが精一杯と聞いていたので、そこを基準にして考えていたのだ。


 あれから五年経ったとはいえ、それでもまだ十歳の子ども。

 俺や戦女神ディナスと比べたら戦闘力としては大分劣るだろう。

 そう考えていた。


 だがその考えは改めざるを得ない。


 勇者フィルは、強い。


 強さのベクトルは違うが、戦女神ディナスと比べても勝るとも劣らない。


 なにせ一度ドカンと雷撃を受けると体が痺れて、まともに動けないのだ。

 その動けないところに次々と間髪入れずに雷撃を食らうので、最早やられ放題である。


 もうかれこれ、三時間以上は雷撃を受け続けているだろうか。


 いうなれば格ゲーでハメ技&無限コンボをやられている気分だ。

 俺の場合、開戦からして上手くやられた、というのもあるが、それにしたって大したもんだ。


 なにせ容赦がない。

 一切ない。

 ビックリするほどない。

 ジル・ニトラがいるから致命傷でも死なないとはいえ、十歳でこの容赦のなさは中々のもんである。


 さて。


 開幕前から準備して、殆どズルみたいな手を使ってまで俺をハメるという手段を選ばないそのスタイル。

 大抵の人間は消し炭すら残らないであろう雷魔法の火力。

 好機を逃さず、無抵抗の人間に絶え間なく雷撃を浴びせ続ける容赦のなさ。


 どれをとっても非の打ち所がない。

 これが闘技大会などであれば俺も最初の一撃を受けた時点で負けが決まっていただろう。


 だが最初に述べた通り、今回の戦いに限っていえば『まず間違いなく俺が負けることはない』のだ。


「……っと、もうそろそろか」


 ここ数十分、明らかに上空から落ちてくる雷撃の威力が弱くなっている。

 その結果、体を自由に動かせる時間が増えてきた。


 これを契機に俺はこの三時間で幾度となく発動させようとして失敗していた魔法をもう一度使ってみた。


「お、おぉ……」


 手のひらから紫電が迸り、上空から落ちて来た雷撃を相殺した。

 成功だ。

 こりゃ便利だな。


「ふー……やっとか」


 ため息をつきながらクレーターをよじ登る。

 いつもの如く属性魔法を食らっている最中にコピーさせてもらったのはいいが、絶え間なく雷撃を食らっていたせいで今まで発動出来なかったのだ。


 属性魔法をコピーしても、その属性魔法を無効化出来るわけじゃないってのは不便なところだな。

 同じ魔法をぶつけて相殺することは出来るんだが。


「な……なぜ……ボクと同じ雷魔法を……」


 クレーターから出ると、剣を地面に刺してまるで杖代わりのように寄り掛かっているフィルが驚愕の顔でこちらを見ていた。


 やはりいくら勇者とはいえど、三時間以上もの間これだけの魔法を放ち続けるのは相当にシンドイのだろう。

 顔面からは汗が滝のように流れ落ち、立っているのもツラそうだ。


「さぁ、なんでだろうなぁ。んなことより、俺が傷一つなく戻って来たことの方がおまえにとっては問題だと思うがね」

「くっ……」


 さすがの勇者もこれだけやって俺が堪えてないとは思わなかったのか、表情に大分焦りがある。

 正直、肉体的には治ってるからともかく精神的にはメチャクチャ堪えたけどな。


 ただまあ、防衛戦で戦いながら虫型魔物に食われてた時よりはよっぽどマシだったから、その経験が生きたのかもしれない。

 ……あまり生かしたくない経験ではあるが。


「さて、こっからの勝負はもう決まったようなもんだろ。負けを認めろや。そうすれば軽いの一発で済ませてやる。俺は弱い者イジメは好きじゃねぇからな」

「……認めませんっ!」


 フィルが地面の剣を抜いて正面に掲げると、三つの雷球が発生し時間差で順番に飛んで来た。


「ハッ……無駄だって……のぉ!?」


 真正面から一つ目と二つ目の雷球を紫電で相殺し、三つ目を撃ち落としたところで頭に雷でも落ちて来たかのような痺れが走った。


 いや、なんだか比喩表現みたいだが実際そのまんまだ。

 頭に雷落とされたんだ俺は。


 ぐらんぐらん揺れる視界の中でふと思った。

 ……学ばねぇなぁ俺!


「ボクは……負けない……この剣に、そう誓ったんだぁ!」


 地面に膝をついた俺の周りに無数の雷球が浮かび上がる。

 五十、六十、七十……いや、これは優に百を超えているな。

 勇者の底力ハンパねぇ。


 だがしかし!


 延々と雷撃を食らい続けたことにより極限にまで高められた俺の雷に対する拒否反応トラウマがぁ!

 この状況を打開する為かつて今までにない程の超反応で解決策を己の頭脳から導き出し!

 勇者の底力なんぞ鼻で笑えるぐらいの広範囲紫電放出ですべての雷球を撃ち落とした!


 つまり!


「遅え!!」

「そ、そんな……」


 フィルは渾身の雷魔法をすべて事前に撃ち落とされ、ガックリとその場に膝をついた。

 はたから見ればもうこれで勝負はついたように誰もが思うだろう。


 だが俺は知っている。

 コイツはこれであきらめるようなタマじゃないと。


「おっと」


 案の定、俺の背後から雷球の気配が現れた。


「危ねぇなぁ」


 そして俺は次の瞬間飛んで来た雷撃を体の周りに発生させた紫電のドームで防ぐ。

 全方位に対して常時展開する為かアニマを激しく消費している感覚はあるが、それでも俺のアニマは一向に尽きる気配はない。


 無尽蔵にも思える俺のアニマを利用した、対雷魔法への防御策だ。


「ハッハッハー! これで、おまえの雷撃は常に相殺できる! 俺のアニマ量とおまえのアニマ量、どっちが多いか根比べでもしてみるかぁ!? ちなみに俺はまだ一割程度の消耗すらしてないぞ!」

「くっ……!」

「イグナートよ……なんと大人気ない……」


 離れたところでこちらを観戦しているジル・ニトラがボソッと呟いたのを、俺の地獄耳が聞き取った。


 大人気なくて結構。

 俺は今回の勝負、負けるつもりは一切ないのだ。

 っていうかもう雷撃は食らいたくないのだ。


「それでも……それでもボクは、絶対に負けない……負けるわけには、いかないんだぁぁぁ!」


 フィルは立ち上がり、剣を片手に走りだした。


「ハッ、負けるわけにはいかないって、そんな決意だけで負けないんだったら人生苦労しねぇんだよ!」


 カッコイイ宣言しちゃってるとこ悪いが、今回だけはその決意、曲げさせてもらう。




 俺は限界突破オーバードライブを掛け直し、迫り来るフィルに対して迎撃態勢へと入った。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ