第二十八話「戦いの果てに」
気がつけば、俺は宙を飛んでいた。
目に映る風景がやけにゆっくりと動いている。
(あ、これもしかして俺、首を刎ねられた感じ?)
剣を振り切った後の状態で止まっているディナスと、首から上が無くなった自分の胴体を見て、俺は今の状況を理解した。
普通に目の前の光景を受け入れている自分にビックリするが、なんだろう、あまりにも現実味が無いからだろうか、冷静にやらなきゃいけないことを思考出来た。
(治癒魔法、自分の首辺りに、全開で使用)
治癒魔法の発動を強く意識する。
これで治癒魔法が発動しなかったら死亡確定だが、どうやら天は俺を見放していなかったらしい。
俺が宙から見下ろす形となっている自分の胴体の首元が淡い光に包まれ、首だけになった俺自身がそこへと引き寄せられていく。
どうやら無事に治癒魔法が発動したようだ。
「奥義、『一刀両断』」
……なんだか不穏なセリフが聞こえてきた。
(……おい、おいおいおいおい! 勘弁してくれ!)
ディナスが大きく頭上に振りかぶって構えた剣に、凄まじい量のアニマが込められていく。
どう見ても俺が胴体に着地した時点で斬る気満々である。
(しかもディナス目が! 目が白目! 完全にイッちゃってる!!)
そして今まさに胴体に着地して、止めを刺される寸前――というところで、
「――おっと、そこまでだ」
ディナスの前に紫色のローブを羽織った銀髪の女、宮廷魔術師ジル・ニトラが現れた。
だがディナスの剣は止まらない。
パリィン、というガラスが割れた時のような音と同時に、ジル・ニトラの腕へディナスの剣が振り下ろされる。
「……魔法障壁を破り私の肌に傷をつけるか。さすがは戦女神。人間とは思えぬな」
そう言いながらディナスの剣を受け止めるジル・ニトラの腕には、銀色に輝く鱗がビッシリと生え揃っていた。
◯
「申し訳ない」
あのあと、ジル・ニトラに魔法の縄でがんじがらめにされたディナスは数十秒後正気に戻り、闘技大会の控室で土下座していた。
「正気を失い、その状態で好敵手に止めを刺そうとするなど……ジル・ニトラが制止してくれなければ私は悔やんでも悔やみきれなかっただろう」
「あー……なんだ、謝罪の方向性が違う気がするんだが……」
今の言い方だと正気を失ってなければ止めを刺して問題ない、みたいに聞こえる。
「イグナートよ、ディナスはこういう奴だ。気にするだけ無駄だぞ」
俺の隣に立つジル・ニトラは軽くため息をつき肩をすくめた。
「む……なにやらバカにされたような気もするが、おそらく私が悪いのであろう。面目ない。せめて、誠意を示すためにもここは腹を切らせて頂く」
そう言いながらカパッと鎧の胴体前部分を外して剣を腹に添えるディナス。
部分的に外せるのかそれ。
しかも胸まで見えてんぞ胸まで……って、そういうことじゃなくてだな。
「つーか、おまえそれ切っても回復するんだろ?」
「その通りだ。ゆえに、命を捧げることは出来ないが……許して欲しい。我が一族に自殺は許されないのだ」
「いや、自殺はもちろんしなくていいが、ハラキリもしなくていい」
俺には美女のハラキリを楽しむような上級者向けの趣味はない。
「なんと……では、私はどうやって誠意を示せばいい?」
「ああ、そりゃ簡単……だが、その前に鎧を元に戻してくれ」
「なぜだ? 男は女の胸を見るのが好きだと聞いているが?」
「そうか。確信犯かおまえ。いいから鎧をつけろ。話はそれからだ」
「わ、わかった」
いそいそとディナスが鎧を元に戻す。
正直ちょっと……いや、凄く残念だがしょうがない。
話に集中できないってレベルじゃないからな。
男の悲しい性である。
「で、誠意を示す方法だが……さっき言った通り簡単だ。金輪際、おまえは俺に近づくな。話しかけるな。ましてや戦おうとなんてするな。それが誠意を示す一番の方法だ」
「なん……だと……」
この世の終わりのような顔をして目を見開くディナス。
いや、なんでだよ。
「り、理由を……聞いてもいいだろうか……?」
「迷惑だから」
「うぐっ……そ、そんな……」
地面に手をついて頭を垂れるディナス。
「せっかく共に神の御許へと至れる人間を見つけたというのに……」
「残念だったな。他を探してくれ」
「クックック、随分と好かれたものだな、イグナートよ」
今まで俺とディナスのやりとりを眺めていたジル・ニトラが愉快そうに笑った。
「俺も真っ当に好かれるんだったら大歓迎なんだがね……まあそれはいいとして、ジル・ニトラ。忘れないうちに例の優勝賞品を受け取りたいんだが」
「そうであったな。では、優勝おめでとう。思わぬ事故があった為、残念ながら表彰は出来なかったが」
そう言いながらジル・ニトラはいつの間にか出現させた金色のトロフィーと、銀色の包装に包まれた拳大の箱をそれぞれ手渡そうとした。
「トロフィーはいらねぇ。そっちの箱だけくれ」
「……一生懸命、作ったのだが」
ションボリしながら箱だけをこちらに手渡すジル・ニトラ。
トロフィー手作りかよ。
しかもデザインが剣を掲げたディナスだし。
「前回大会の優勝者がそのトロフィーになるから、次の大会ではイグナートがモデルになるぞ。楽しみだろう?」
「いや全然。次は大会出ないし……っていうか開けにくいなこれ……」
受け取った箱の包装を破くのに苦戦する。
拳大ほどの大きさとはいえ、俺にとっては小指の爪よりも小さいサイズだ。
爪先で破こうにも非常に細かい作業である。
「かったりぃ、壊すか」
「情緒の欠片もないなキミは……どれ、貸したまえ。私が開けよう」
ジル・ニトラは箱を受け取ると手早く包装を解いて蓋を開け、中身をこちらに見せた。
箱の中には三つのメダルと一つのペンダントが入っていた。
「んん? なんだこれ?」
「それは帝国白金貨三枚と、首に掛けてアニマを込めると発動する例の古代魔導器だ。白金貨は一枚で大金貨百枚分の価値がある」
「大金貨百枚!?」
日本円換算で考えると大金貨一枚が十万円だとして、百枚で一千万。
つまりこれ三枚で約三千万円か。
「凄まじいな……」
「普通の店では換金出来ないから、細かくする場合は商業ギルドまでいく必要があるぞ」
「お、おう」
そりゃそうだ。
それは言われるまでもなく分かるが……。
「どうした? 嬉しくないのか?」
「いや、嬉しいんだけどな」
その、なんだ。
よくよく考えると、ここまで凄く順調なんだよな。
そうなると経験上、ここら辺から揺り返しが……。
「いやいやいやいや」
「どうした?」
「なんでもねぇ」
まったく、俺の悪い癖だなこれは。
順調で結構だろうに。
大丈夫、大丈夫。
今まで俺は一生懸命がんばってきた。
もうそろそろ普通に良いことが続いたっておかしくないはずだ。
「そしてこの古代魔導器だが、先端が閉開式になっていてな。そこに人の写真を入れると、その人物に変化することが出来る」
「あぁー……なるほどねぇー……そう来たかぁー……」
そうだよなぁ、俺だもんなぁ、そうすんなりいくはずないよなぁ。
知ってた。
しかし、また微妙な変化球で来たなぁ。
いや、人に変化出来るって意味では間違っちゃいないんだけどさ。
そうじゃない、そうじゃないんだよなぁ、俺が求めてるのは……。
「とはいえ、現存する人間だと色々と不都合も多いだろうから、これには私の旧知である大昔の人物の写真を入れておいた」
「お、おお? それはありがたいな」
確かに今を生きる人間の姿に化けたら不都合が多そうだ。
大昔の人物だったら何の問題も起こりそうにない。
なるほど、名案である。
大昔に写真が存在する不自然さとか、そんな昔からいるあんたの歳はいくつだとか、色々とツッコミどころは満載だが。
「だろう? それで、その人物の写真だが……」
「いや、待った」
俺は古代魔導器――ペンダントを開こうとしたジル・ニトラを制止した。
「ちょっと楽しみになってきたからな。外見は実際に変身してから見ることにする」
「ほう、なるほど。それは良いな。ではさっそく付けてくれ」
ジル・ニトラからペンダントを受け取る。
「……綺麗だな」
俺は鎖の部分を持ってペンダントを間近で眺めた。
楕円形の虹色に光る石がはめ込んである、美しいロケット型のペンダントだ。
「フフ、私も『彼』の姿を見るのは久し振りだからな。楽しみだ」
「そうか」
まったくの赤の他人に変化する古代魔導器。
それは『自分の体格を変化させたい』という俺の望みとは本来違う方向性ではあるのだが、変わる容姿によってはほぼ俺の理想通りの代物になりそうだ。
「よっしゃ、発動させるか……と、その前に」
俺は正座で待機していたディナスを横目で見て言った。
「おい、もう出てっていいぞ」
「あ……わ、私も変身後の姿を見たいのだが……」
「ご苦労様。もう会うこともないだろう。さようなら。っていうか早く出てけ」
「うぐっ……わかった……」
ディナスはトボトボとドアまで歩き、そこで一度振り返った。
「また……会ってくれるか……?」
「二度と会わない」
「……会いに行くから」
ドアの隙間からこちらを覗き、不吉な言葉を残してディナスは控え室から出て行った。
怖い。
「罪な男だな、イグナートよ」
「今の俺に罪とかあるのか?」
俺の中で罪の概念が覆るんだけど。
「いい男とは存在するだけで罪なのだよ」
「おかしいな、褒められてるはずなのにちっとも嬉しくないんだが」
「そうだな。長く生きればそういうこともある。なに、不自然なことじゃない。何かを感じる心というものは摩耗するものだ」
「俺が言ってるのはそういうことじゃないんだが、面倒だからもうそれでいいわ」
「お、ディナスがドアから離れたぞ。変身した姿を確認するなら今だ」
「今までドアの近くに居たのか……」
怖いよ……。
「……まあ、うん。それじゃ、いっちょ変身してみるとするか」
「ああ、ちょっと待て」
ジル・ニトラがそう言ってから指を鳴らすと、淡い光が彼女の隣に集まり二メートルほどの全身鏡が現れた。
「これで確認するといい」
「お、おう……ありがとよ」
礼を言ってから鏡の前に立ち、首から下げたペンダントにアニマを込める。
するとペンダントを中心に虹色の光が俺の体を包み込んでいく。
そして数秒後、視界が開けて鏡に映ったその『姿』は――。




