第二十六話「限界突破」
ベルが鳴り響いた瞬間、俺はカインに接近すべく地面を蹴った。
先手を打ってこちらのペースに持っていくつもりだ。
だがカインも似たようなことを考えていたのか、初っ端から互いに正面切ってぶつかる状況になった。
カインが剣を上段に構え、俺の胴体を袈裟斬りするように振り下ろす。
俺はそれにやや遅れる形で右手を突き出した。
「取ったぁ!!」
俺の右手に剣を振り下ろす形になったカインが叫ぶ。
だが甘い。
これで切られるぐらいの耐久力だったら最初から素手で戦ってなどいないのだ。
「なに!?」
剣が俺の右手を切れなかったのを見て驚愕するカイン。
「くっ!」
だがカインは即座に剣の腹に自分の左腕を当て、クロスさせて衝撃に備えた。
なるほど、この一瞬だけで凄まじい反応速度だ。
天才剣士の名は伊達じゃないな。
だがしかし。
「うらあああぁ!」
突き出した右手を思い切り振り抜くと、カインは目にも止まらぬ速さで吹っ飛んで行った。
そしてそのまま観客席近くの闘技場を囲む魔法障壁に衝突して、まるでボロ雑巾のようにグチャリと地面に落ちた。
うーん、ひどい。
まるで人がゴミのようだ。
「俺の攻撃をまともに受けたのが間違いだったな」
膂力だけはマジで何かの冗談かと思うぐらいにあるのだ俺は。
これがアニマで体を強化、及び硬化していない一般人だったら攻撃を受けた瞬間に空中で爆散しているだろう。
「……ピクリとも動かねぇな」
この闘技大会は自ら負けを認めるか、倒れた者がテンカウントで立ち上がれるか否かで勝敗が決まる。
なので今も審判によるカウントが続いて……あ、カウント終わった。
『勝者、イグナァァァトォォォ!』
審判の合図で実況が叫ぶ。
それと同時に医療班がカインを担架に載せて運んで行った。
……大丈夫だろうか、アイツ。
『なんとぉ! なんとなんとなんとぉぉ! イグナート選手、背中のハルバードを使わずしてカイン選手を瞬殺してしまいました! テメェにはオレの得物を使うまでもねぇ……と、そういうことなのでしょうか! さすが世界に数人しか存在しないと言われるSランク傭兵! その実力は伊達ではありません!』
なんか実況が勝手な解釈を叫んでいるが、実際のところは逆なんだよな……。
最初から全力だからこその無手だ。
あえて訂正する必要もないが。
『さぁ次はとうとう決勝戦です! 三十分間の休憩を挟み再開……おっと、イグナート選手退場しませんね。どうしたのでしょうか』
退場を促しに来た闘技場スタッフに、俺はこのまま続行しても構わない、と伝える。
良い感じに体が温まってるからな。
疲労なんて殆ど無いし出来ればこのまま進めたい。
『なんとぉ! なんとなんとなんとぉぉ! イグナート選手、このまますぐに決勝戦開始を希望! 会場の空気的にも、私個人としても準決勝の興奮冷めやらぬうちに決勝戦というのは望むところですが、決定権は大会の統括であり責任者である我が帝国の頭脳、宮廷魔術師ジル・ニトラ様にあります! いかがでしょうか! ジル・ニトラ様!』
「了承」
『はい! 了承でましたぁ! 今からすぐ決勝戦です!』
なんだこの茶番は……。
『それでは入場して頂きましょう! 西ブロックを勝ち上がった強者は長く美しい金髪と、目元を隠すアイマスクがトレードマーク! 我が帝国にいつ頃からか現れ、司法では裁けない悪逆非道を繰り返す悪い貴族や商人を成敗して回る正義のヒーロー! 正体は一切不明だが口元だけ見ても美男子というのがハッキリしてるので女性に大人気! ただ正義執行というのが男心をくすぐるのか男性人気も負けてはいない! つまり誰もが彼にシビれるあこがれる! 誰もが彼を待ち望んでいる! 時代が彼を呼んでいる! 帝国を照らす希望の光! その名は……ルウェリン・ザ・ラストォォォ!』
実況されたあと本人が入場すると、会場は歓声と黄色い声で埋め尽くされた。
凄まじい人気である。
『さて東ブロックを勝ち上がった強者はすでに入場しております! 彼は南のディアドル王国に突如として現れ、かの王国を苦しめた虫型魔物の討伐で一気に頭角を現しSランク傭兵にまで上り詰めました! 噂では大欲非道なうえ異常なまでの守銭奴であり、本人もそれを認めているとのことです! いさぎよい開き直りっぷりが逆に清々しい! 南方の巨人! イグナァァァトォォォ!』
実況が終わると会場はブーイングの嵐だった。
凄まじい不人気である。
ここまで対照的な二人というのも珍しいんじゃないだろうか。
こっちにとっては悪評が広まる方が好都合であるため、どちらかというとおいしい展開である。
『さぁ、両者出揃ったところで試合を開始……おおっとぉぉぉ! 西ブロック方面からなんと! 魔法障壁を切り開いて突然の乱入者だぁぁぁ!!』
見るとルウェリン・ザ・ラストの背後から一人の女剣士が歩いて来ていた。
銀色に輝く鎧と同色の長髪。
戦女神ディナスである。
「私と代われ。ルウェリン・ザ・ラスト」
「……ディナス。それは出来ない。僕はキミに認めてもらうために」
「では寝てろ」
微かにディナスの右腕がブレたかと思うと、そのあとすぐにルウェリン・ザ・ラストは崩れ落ちた。
『あああぁぁ! なんと! ルウェリン・ザ・ラスト選手、突然現れた乱入者に一瞬でやられてしまったぁぁ! これでは決勝戦が行えません!』
「私が代わりに決勝戦を行おう」
『ここで乱入者からの提案が出ましたぁ! ジル・ニトラ様! いかがでしょうか!?』
「了承」
『了承でましたぁ! 決勝戦は謎の乱入者と傭兵イグナートの対決です!』
なんだこの展開は……。
俺も絡みたくないヤツと戦うことになって不幸だが、それ以上にルウェリン・ザ・ラストが不憫過ぎるだろ。
単に出て来ただけで気絶させられるとか。
かませ犬にすらなってない。
「イグナートよ。貴様とは前から戦いたいと思っていた。殺す気で来い。でなければ……死ぬぞ」
闘技場スタッフに運ばれていくルウェリン・ザ・ラストには目もくれず、剣を鞘に入れたまま居合いのような形で構えるディナス。
『さぁ、先ほどワタクシ演出上、謎の乱入者と申しましたが実は彼女のことを知っています! それもそのはず、彼女は戦神ルギエヴィートを奉じる戦士の一族であり、前回、前々回の闘技大会優勝者! 人類最強の傭兵と名高い戦女神ディナスなのです! もちろん傭兵ランクはS! はたしてこの戦い……あぁ!? ディナス仕掛けました! ベル鳴らしてベル! 試合開始、試合開始ぃぃぃ!』
ディナスの姿がブレて、見えなくなった瞬間。
俺は全力で後ろに跳んだ。
俺の予想が正しければ、ここで思いっきり右手を振り抜けば……!
「おらあああぁぁ!」
「……む!?」
当たった。
右手の掌底打ちがこれ以上無いくらいにジャストヒットした。
しかもカインの時みたくストレートじゃなく大きく振りかぶっての掌底打ちなので、俺の体重も思いっ切り掛かっている。
ヤバイ。
さすがのディナスも死んじまったかもしれん。
「……なるほど、中々に効いた」
やや下方面に吹っ飛んだため地面に叩きつけられたディナスが平然とした顔でむくりと起き上がった。
「おいおい、嘘だろ。どうなってんだ、おまえ」
「この鎧は我が一族に伝わる神器でな。すべての物理攻撃、魔法攻撃を通さないという特性がある。だが……」
ディナスは左手で自らの腹部を押さえ言った。
「今まで気が付かなかったが、どうやら一定以上の衝撃に関しては効果が無いようだな。鎧自体は無傷でも、私自身は衝撃を食らうらしい。さっきので内臓がいくつか破裂した。肋骨も三本ほど折れている」
「んじゃ試合続行は無理じゃねーか」
「いや、この鎧には装備者の自然治癒能力を高める効果がある。こうして時間を稼いでいる間に……よし、治った」
「いやいやいやいや……」
いくらなんでも早過ぎるだろ。
どう考えても自然治癒能力を高めるってレベルじゃねーぞ。
「ちなみに精神異常や状態異常、つまり毒なども無効化する」
「はぁ……そりゃ凄いな」
それなんてチート?
「この装備をすべて外すと死んでしまうという制約はあるが、それは些細なことだ」
「些細じゃねぇよそれ」
呪いの装備品じゃねぇか。
「あとは酒に酔えないのが難点ではあるな」
「さいですか」
それはどうでも良い。
「だが問題はない。酒なんぞ比べ物にならぬくらいに酔えるモノがある」
「へぇ、なんだ?」
「――戦いだ」
ぶるり、と身体を震わせるディナス。
「……フゥ。久し振りだ。こんなに感じる戦いは。もしかするとお前となら、いけるかもしれない」
「……どこに?」
「我が主、戦神ルギエヴィート様の御許へ、だ」
あぁ……そういうことか。
ビックリした。
そういう系のヘンタイさんかと思ったわ。
……ん、いや待てよ?
「神の御許って、それ死んでるじゃねぇか」
「もちろんそうだ。当然だろう」
「いやいやいやいや……」
当然のように言われても。
この大会、相手殺したらアウトだから。
そしたら賞品もらえないから。
それだと大会に出た意味ないから。
「っていうか魔王倒しに行くんじゃないのかよ」
「魔王など、神の御許へ近付くことに比べたら些細な問題だ」
鼻で笑うディナス。
世界の危機を些細な問題扱いすんなよ。
「さて、もう時間稼ぎに付き合わなくても大丈夫だぞ。私は万全だ」
「そうかい。んじゃ今度はこっちから……」
「待て」
「ん?」
「確かに私は油断した。真っ正面から読まれやすい攻撃をして、貴様をガッカリさせたかもしれん。だが……」
ディナスの目が細められる。
「私は殺す気で来い、と言った。この鎧の性能は見ただろう。殺意もなく、しかも奥の手を隠した状態で私に勝てると思っているのか?」
「……なんのことだ?」
「とぼけるな。貴様には余裕がある。大方、まだ出していない手があるのだろう。それがいくつかは知らぬが、このままだと貴様は負ける。私とてすべてを見せたわけではないのだから」
「んー……隠してるってわけでもねぇんだがな」
なにしろアニマの肉体強化で人間の限界を超えると体中がとにかく痛いからあまり使いたくないのだ。
治癒魔法があるから即座に治せるとはいえ、気乗りはしない。
だが今はそんなこと言ってる場合じゃないか。
「いいぜ、見せてやるよ。少し時間が掛かるが良いか?」
「もちろんだ。いくらでも待とう」
剣を鞘に収め腕を組むディナス。
……どれ、期待に応えるべく、いっちょ本気で限界を超えてみるか。
俺も自分の限界がどこまでなのか興味があるからな。
「ハアアアアァァ……」
全神経を集中し、アニマを胸の奥から引き出していく。
全身の筋肉が脈を打ち、熱を持ち始める。
体中が熱く、力が漲る。
まだだ。まだいける。
もっと、もっとだ。
――限界突破。
「……この鎧には肉体強化の効果もあるが……驚いたな。まさかここまでとは」
「俺も、ここまでやったのは初めてだ。……長くは持たねぇ。いくぜ」
そして限界を超えた戦いが今、始まった。




