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強欲のイグナート  作者: 霧島樹


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第二十三話「恐怖の三人組」

 

  

 ホテルの部屋をチェックアウトして大通りに出たあと。


「これから街を出るが、その前にギルドへ寄って行くぞ」


 俺の後ろをついて歩くティタに声を掛ける。

 この街に着いた時はちょっとした騒動もあって、きちんと情報収集できなかったからな。


 変身系の神器、古代魔導器に関してはディアドル王国のギルドで念入りに情報収集していたので、近場であるこの街にはまず無いとは思うが……念のためだ。


「ん……? ティタ?」


 反応が無いので振り返って確認すると、ティタは自分の首輪に付いてる小さなハート型の宝石を指でちょんちょんとつつきながら歩いていた。

 随分と気に入ったようだ。


「……ハッ! な、なんだ!?」


 見られていることに気付き、顔を上げるティタ。


「街を出る前にギルドに寄るぞ。……あと、ちゃんと前見て歩けよ。転ぶぞ」

「わ、わかった」


 真っ赤な顔で何度も頷くティタが微笑ましくて思わず頭を撫でそうになるが、我慢する。

 誰が見てるか、そして何処でどんな噂が流れるかわからないからな。


 それにこの街ではもう一つ懸念材料がある。

 露天風呂に入って街を見下ろしてる時に偶然見掛けて、戦慄した恐怖の三人組だ。


「ティタ、止まれ。……こっちだ」


 遠くにギルドが見えてきた辺りでティタを制し、二人で建物の影に隠れる。

 まだ俺の五感に反応は無いが、第六感が告げている。

 多分、もうそろそろ鉢合わせする、と。


「……なぜ隠れる?」

「昨日、会いたくないヤツらを見掛けてな。万が一にも会いたくねぇから、こうして気配を探ってるんだ」


 もちろん確率的なものを考えたら同じ時間にギルドでばったり鉢合わせする可能性なんてそう無いのかもしれないが、そこは謎の運命力に定評のある俺だ。

 普通にしてれば間違いなく遭遇イベントはあるだろう。

 この世界では特にそういった『お約束』イベントが多い。


 だが今までの経験上、回避行動に専念すればそういったイベントは避けられる、ということもわかっている。

 そりゃそうだ。ゲームじゃないんだから。

 絶対回避不可能イベントなんてあってたまるかという話である。


「……来ねぇな」


 建物の影から首だけ覗いてしばらく見張るも、例の三人組は来ない。

 もしかしたらティタがギルドに入って、出たら鉢合わせするってパターンか。

 もしくは街を出る際に遭遇するパターンか。

 可能性はいくらでもあり過ぎて予想がつかない。


 今、このタイミングでティタをギルドに入らせ職員を呼んでもらうか?

 もしくはギルドに入ること自体を止めとくか?

 ティタの精神衛生上のことを考えると、この街に滞在する期間を伸ばすのは避けたいし……悩むな。


「……ん、この声と、足音は」


 大人の女二人に、子どもが一人。

 合計三人組。……来たか!


「俺の勘も捨てたもんじゃねぇな……おいティタ、見ろ」


 俺は壁に隠れ、今度はティタに覗くよう伝える。


「あの紫髪の弓使いと、銀髪の剣士、あと黄髪の子どもが俺の絶対に会いたくないメンツだ。見掛けたら俺に教えてくれ。特に黄髪の子どもは要注意だ」

「わかった。……なぜ会いたくないのだ?」

「なぜ、か」


 難しい質問だな。


「俺にはある種の予知能力みたいなものがあってな。その能力が『あいつらに会うとまず間違いなく面倒なことになる』と告げてるんだ。だから避けてる」

「予知能力……」

「ある分野に関しては非常によく当たる勘みたいなもんだ。外れることもあるしな。あまり深く考えなくていい」


 ツッコミを入れられても困るからな。

 実際は予知というか、前世から現世に至るまでの経験に基づく単なる予測だし。


「よし、んじゃ今すぐ街を出るか」

「ギルドには寄らないのか?」

「おう。予定変更」


 恐怖の三人組、もとい勇者一行からは一刻も早く離れたい。

 元からギルドに寄るのは大した用事じゃなかったし、奴らの正確な場所がわかっている今こそ行動の時だろう。


 俺はティタを連れて速やかに貿易都市エータムを出て行った。




 ◯




 次に向かう先は神聖ルエヴィト帝国だ。


 神聖帝国、なんて聞くと物騒な想像しか湧かないが、一応対外的には『恒久的な世界平和を実現するため、光神ホルスの教えを周囲に広めていく』というのが基本姿勢らしい。


 ただそれはあくまで表向きの話で、実際には圧倒的な軍事力を用いて強引に事を進めることが多い国だという。


「そういや、ティタは何か信仰する神とかいるのか?」

「いない」

「そうか。じゃあもし聞かれたら取り敢えず『モロシィ』って答えとけ。人間の領域では信仰する神がいないって言うと危ないヤツ扱いされるからな」


 貿易都市エータムを出て、街道を歩きながらティタに忠告する。


「チキはニンゲンじゃない」

「それはそうだが、まあ処世術ってヤツだ」

「ショセイジュツ?」

「世の中を上手く渡ってくコツみたいなもんだ」


 ちなみにモロシィは大地の母神で、ディアドル王国で主に信仰されていることが多い神だ。


 この世界では宗教が唯一神信仰と八百万の神信仰が合わさったようなものになっており、そこら中に神は存在するが、どのような神を信仰しても『大元は同じ創造神』という共通認識があって、不思議な話だが基本的にはどこの神を信仰していてもそれを理由に迫害されることはない。


 それどころか他の神に対して非常に寛容である。

 なにせ教会では神父の言葉が『あなたの神に祈りなさい』だからな。

 どうやらそういった教義が世界的にあるらしい。


 唯一の例外として、大元の『創造神』自体は直接信仰してはならないし、名を呼んでもいけない。

 その理由は凄まじく長い神話と共につらつらと述べられているが、しいて一つ挙げるとすれば『畏れ多い』という話だ。


「……おっと、不吉な声が聞こえてきたな」

「声?」


 ティタが首を傾げる。

 無理もない。声の発信源は距離的にかなり後方で、俺でも意識を集中してやっと聞こえるぐらいだからな。


「例の三人組だ。しかも進行速度が尋常じゃない」


 俺の全力疾走には遠く及ばないが、それでも人類という区分を軽く超えた速さだ。

 しかもそれだけの速さで走りながらも普通に会話する余裕があるところから察するに、おそらくまだ全力ではない。


「どうするのだ?」

「さて、どうするかね。この進行速度だったらティタを抱えてちょいと速めに走れば、追いつかれることはないだろうが」


 まあでも前回と同じように、道中でなにか事件がないとも限らないからな。


「よし、ちょうど街道も曲がり角だし、このまま真っ直ぐ行くか」

「……道がない」

「森の中を行くってことだ」


 地図を見る限り街道はルエヴィト帝国に対して大きく曲がってるから、真っ直ぐ突っ切ればかなりのショートカットにもなる。

 上手くいけば道を大幅に短縮できるし、勇者一行も撒くことができる。

 一石二鳥だ。


「…………」

「なんだ、乗り気じゃなさそうだな」

「……遭難」

「最近は地図を見るだけでもどの方向にどれぐらい進めばいいのか正確にわかるようになってな。遭難はねぇよ。それに最悪、全力疾走したらどんな森も抜けられる」

「……魔物」

「ティタを庇って戦っても負ける要素はねぇな。面倒だったら走って逃げればいい」

「……負傷」

「おまえ俺が治癒魔法使えるの見てただろ? ちぎれた腕治すぐらいだったら千人でも二千人でもアニマは枯渇しねぇ。俺の治癒魔法は毒や栄養失調にも有効だから病気や餓死もねぇ」


 俺のっていうか元々はミサの治癒魔法だけど。

 栄養失調はもちろん、普通は毒にも治癒魔法が効くわけないらしいのだが……中々に反則的な性能である。

 解毒専門の魔術師とか涙目だろうな。


「…………」

「 心配事はもうないか? なかったら行くぜ。手に持たれるのと肩車されるの、どっちがいい?」


 ティタはあきらめたように溜息をつき、「肩車……ってなに?」と呟いた。




 あの後ティタは肩車を選んだ。

 そして肩に乗せたティタが怖がらない程度に走る速度を上げて、数十分後。


「なんでついて来てんだよ……」


 遠く後方から微かに聞こえる勇者一行の声に、思わず立ち止まって振り返る。

 森の中だからかさっきよりも更に聞き取りづらいが、間違いなく街道ではなく俺たちの後ろをついて来ている。

 おそらく道中をショートカットしようという発想による偶然だろうが……いやはや、なんとも運が悪い。


「速度上げるしかねぇな」

「っ!?」

「しっかり掴まってろよ!」


 え、これ以上!? といった様子で息を呑むティタを無視しながら、俺はさらに速度を上げていった。




 あれから所々で休憩を挟みながら、辺りが暗くなるまで近く走り続け、夜。


「さすがに大分引き離した……かな?」


 森の中である程度開けた空間にて足を止めながら、意識を集中する。

 ティタが耐えられる限界ギリギリまで加速していたおかげか、半径数キロメートル以内に勇者一行が近づいて来ているような気配はない。


「よし、今日はここで野営するか」


 とは言ってもテントなどは無い。

 だが、俺にはこの日のために準備した秘密道具がある!


「トゥルルトゥットゥルー! 『土のマギー・アーツ』~!」

「…………」


 ティタが目を丸くして俺を見ていた。

 ……やってしまった。

 テンションが上がってつい、某猫型ロボット風にやってしまった。

 なにやってんだ俺は。

 自分のキャラと歳を考えろよ。


「だが日本男児たるもの、たとえキャラ崩壊を起こしたとしても、やらなきゃいけない時がある」

「ニッポンダンジ?」

「いや、ひとりごとだ。すまんな」


 なんだか最初の防衛戦で死にかけてから、やたらとひとりごとが増えたような気がする。

 なんの因果関係があるのかは知らないが。


「さて、やるか。ティタ、ちょっと後ろに下がっていてくれ」


 俺はさっそくテント代りになる土の家を作ろうと、土のマギー・アーツにアニマを込めた。


 それから数十分後。


「うーん……なんか微妙だな……」


 何度か目の試行錯誤の上、俺とティタが入って寝転がれるぐらいの、土で出来たカマクラのようなものが作れた。

 だがなんだろう、なんか違う。

 俺が求めてるのはコレじゃない。


 もっと大きくしたり、壁を薄くしたりすると天井から崩れるから、このサイズが今のところベストなんだが……。


「どう思う、ティタ?」

「……生き埋めになりそう」


 周辺から寝床となる葉っぱを集めながら、俺の作ったカマクラに対する感想を述べるティタ。

 強度は問題ないはずだから生き埋めになることは無いと思うが、見た感じ息苦しいというか、閉塞感があるのは確かだ。


 結局、カマクラは解体してその日は葉っぱの寝床だけで野宿することになった。




 適当に葉っぱで寝床を作り、ティタと二人で横になってからどれくらい経ったのだろうか。

 困ったことに全然眠れない。

 今日は走りながらも疲労対策のために治癒魔法を掛け続けていたから、その副作用かもしれない。


「……修業でもするか」


 ハルバードを手に取り、ティタから少し離れて焚き火の反対側へと回る。

 音のことを考えるともっと離れたいところだが、魔物などがいる可能性もあるのでこのくらいがベストだろう。

 それに、なるべく静かにやるのも修業になる。


 俺は手頃な大きさの木を対象にして、その表面にハルバードを振るい出来る限り薄く正確に文字を刻む、という訓練を開始した。


「……何をしているのだ?」


 しばらくすると、ティタが起き上がってきた。


「起こしちまったか」

「ずっと起きてた。眠くないし、眠れない」


 ティタにも俺と一緒に治癒魔法を掛けていたからな。やはり眠気が無くなっているのはそのせいだろうか。


「……それは?」

「ああ、これはハルバードの正確性を鍛えるための訓練だ」

「……不思議な模様」

「漢字っつってな。俺の故郷の文字だ。諸行無常、と書いてある」

「ショギョウムジョウ?」

「この世のすべては儚く、生滅して留まらないって意味だな」

「……よくわからない」

「簡単に言えば、この世界にずっと変わらないものは無いってことだ」


 諸行無常。

 三法印と呼ばれる仏教の根本思想のひとつであり、俺の好きな言葉だったりする。

 俺自身は仏教徒でもなんでもないので、にわか知識ではあるが。


「変わらないもの……」


 ティタは自分の手のひらを見つめる。

 彼女の横顔には憎悪や苦悩、焦燥など、様々な感情が渦巻いているように見えた。


「……まあ考え方のひとつだからな。反対に、ずっと変わらないものはある、って考えもあるだろう。自分が一番しっくりくるように考えりゃいいさ。焦る必要はねぇ」

「……戦い方を」

「ん?」

「戦い方を、教えてほしい」


 真っ直ぐにこちらを見据える琥珀色の瞳。


「戦い方ね……おまえにそれを教えたところで、俺に何の得がある?」

「…………」


 無言で服を脱ぎ始めるティタ。


「わかった。戦い方を教えよう。だから服を着ろ」

「……着たままするのか?」

「訓練するなら服を着たままだろう」

「…………」

「先に言っとくが、戦闘の訓練だからな?」


 そう言った瞬間、ティタは俺の下半身に向かって伸ばそうとしていた手をピタリと止め、ゆっくりと下ろした。


「なら対価は?」

「いやぁなに、そういやちょうど俺も修業するのに対戦相手が欲しいと思っていたとこだからなぁ、おまえが強くなれば俺の為にもなる」

「…………」


 ティタは目を細め、訝しげな表情で俺を見上げていた。

 ちょっと棒読み過ぎたか。


「あとはそうだな、討伐対象の魔物を狩れるぐらいに強くなって、その時に報奨金で返してくれりゃいい」

「金額は?」

「細かいヤツだな……金額は任せる。自分がこのぐらいだと思うだけくれりゃいい」

「……わかった」


 小さく頷くティタ。


「さて、どうせ眠れねぇから、まずは修業の前に座学でも始めようかと思ったが……」


 少し離れたところから静かに、ゆっくりと俺たちの周囲を取り囲んでいる何かの気配がする。


「どうやら実戦の方が先になりそうだ。とはいってもいきなり戦うのはムチャだからな。肩車するから、おまえは俺の戦いをよく見てろ」

「わかった」


 ティタを肩車して、体中に硬化のアニマを纏う。

 今日移動中に気付いたことだが、体に直接触れているものはハルバードであろうがティタであろうがアニマで覆えるようだ。

 それはつまり、密着している間に限りティタが俺の防御力を手に入れるということになる。


「死ぬ気で捕まってろよ。俺に触れてる間は硬化のアニマがおまえを覆うから安全だが、離れたら多分無理だからな」

「……がんばる」


 そんなことを言っている間に草陰から灰色の『何か』が飛びかかってきた。

 咄嗟に右手で地面へ向けてはたき落とす。


「狼型の魔獣か」


 潰れた魔獣を見下ろしながら呟く。

 成人男性をゆうに超えるであろうその巨体は、狼というより獅子を思わせた。

 そのくせ速さは凄まじい。

 ハルバードを抜く暇さえなかった。

 これはちょっとマジにやらないと俺はともかく、ティタが危なそうだ。

 俺から引き剥がされた場合ティタは絶体絶命だからな。


「おし、じゃあ移動しながら戦うぞ。口開けるなよ。舌噛むぜ」


 立ち止まっていたら良い的になっちまう。

 本当ならそのまま駆け抜けて逃げる方が楽なのだが、人を襲う魔獣なんてものを放置しておいたら何があるかわからないため、今回は一匹残らず始末する。




 俺は襲い来る狼型魔獣を木や地面に叩きつけつつ、神聖ルエヴィト帝国へと向かって森の中を進んで行った。










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