第二十一話「旅立ち」
ディアドル王国を出て街道を歩きながら、俺は今後の計画について考えていた。
まず俺の人生最大の目標であり、生涯の指針であるとも言える『人類奉仕ルート』の回避。
これは特に問題ないだろう。
リーダー考案の『傭兵イグナート』もだいぶ板についてきたからな。
それに俺の外見はパッと見た限りではかなりの威圧感がある。
旅をしている間はむしろ素のままでも問題ないに違いない。
そして次はこの旅に出る理由のひとつでもある、この怪物並の『体格』をなんとかすること。
初めのうちはとにかく慣れるのに大変であまり考えてなかったが、よくよく考えたらこんなバカみたいにデカかったら充実した人生なんて送れるはずがない。
大体の建物に入れないし、なにをしても目立ち過ぎる。
そしてなにより重要なのが――これじゃ彼女ができない、ということだ。
実はこの俺、前世から現在に至るまで異性と付き合ったことがない。
つまり年齢イコール彼女いない歴というヤツだ。
前世ではチャンスがまったく無いわけじゃなかったのだが、なんだかんだで機会を逃し続け、二十六歳という若さで死亡した。
現世ではこの体格なのと、日々色々と忙しいのもあり早々に諦めムードである。
っていうか、普通の人間だった前世ですら女の子と付き合えなかったのに、こんな怪物みたいな体格の現世で付き合えるはずがないしな。
セーラとは気軽に話せる間柄になったが、あれはあくまで友人としてだ。
勘違いしてはならない。
というわけで、当面の目標はこの体格を何とかする方法を探すことだ。
幸いこの世界には様々な超常の力を持つ、神が創り人間に与えたという『神器』や、それらを模して作られたという『古代魔導器』などのマジックアイテムが数多く存在するという。
だからきっと、それらのマジックアイテムの中にメタモルフォーゼ的な力を持つ物があるはずだ。
なにせ人間をカエルにしたり、小人にしたりするような古代魔導器はあるらしいからな。
だったら変身の神器ぐらいはあるだろう。
……もしかしたら楽観的過ぎるかもしれないが。
そして最後。
正直これはすべてが落ち着いてからでいいんだが、ゆくゆくは俺の中にいるベニタマの正体を調べたい。
最近は夢の中にもまったく出てこないから忘れがちだが、コイツは結構重要なポジションにいると思うのだ、俺は。
正体がわかったところで何も変わることはないのかもしれないが、やっぱり自分の中に得体の知れないヤツがいるってのはなんか気持ち悪いからな。
さて、これらをまとめると……。
一、人類奉仕ルートを回避しつつ、
二、変身系の神器か古代魔導器を探し、
三、最終的にはベニタマの正体を調べる。
……ということになる。
こうして並べると大して難しくなさそうに思えるが、実際は大変だろう。
俺はなにかと厄介事に巻き込まれる体質だからな。
「よお、ダンナ」
……ほらきたよ。
「ダンナは同業……じゃねぇよな。傭兵か?」
あともう少しで街道が曲がり角に入るというところで、どう見ても盗賊っぽい男が蛮刀を片手に笑顔で話しかけてきた。その笑みはおぞましく、なんとなく飢えたハイエナを連想した。以後こいつはハイエナと呼ぶ。
「本当だったらオレは、『今ここは検問中だ。通りたかったら金を払いな!』……ってぇ言う役割なんだが、いやぁ、ダンナを見て考えを変えたよ、うん」
勝手にうんうん、と一人で納得している様子のハイエナ。
「アンタァめっぽう腕が立ちそうだからな。仕事するにゃ割に合わなそうだ。……ってなわけで、そのまま通ってくれて構わねぇんだが、ひとつだけお願いがあるんだ」
「……お願い?」
「おうよ。実は今ちょうど、この先を曲がったところで獲物を仕留めたところでね。積荷を盗って帰るとこなんだが、それを見て見ぬ振りして欲しいんだわ」
お互い面倒事は避けよう、ということか。
それは願ってもない話だ。
「ああ、いいぜ」
迷わず快諾する。
獲物を仕留めた、っていうならもう既に襲われた相手は手遅れだろう。
俺は偽善者ではあるが、赤の他人の仇を取ってやるほどの正義漢ではない。
「いやぁ、ダンナが話しのわかる人で助かったよ」
相好を崩して手を揉むハイエナの後ろをついて行き、角を曲がる。
「やめろ……チキに触るな! 離せ!」
「へっ、ガキが、離すわけねぇだろうが」
曲がり角の先では先頭を歩くハイエナの仲間と思われる男が、猫耳の少女を腕に抱えて連れ去ろうとしている最中だった。
その近くでは馬車が横倒しになっており、盗賊に殺されたであろう商人と護衛らしき人物の死体がそのそばに転がっている。
「……ああ、なるほど、そういうパターンかぁ……」
何事も無く道を通り抜けられる……そんな風に思ってた時期が、俺にもありました。
「おっとっと、急に立ち止まらないでくれよダンナ。どうしたよ?」
「あー……念のため聞いとくが、ありゃなんだ?」
「ん? 獣人の奴隷だろ? 珍しくもねぇ」
「そうか。今回の戦利品か?」
「おうよ、中々の上玉だろ? 良いもん見つけたよ。ちょうど前の女が壊れちまってな、新しいのが欲しかったんだ」
下卑た笑みを浮かべるハイエナ。
「そうか。じゃあ、俺に譲ってくれねぇか?」
「…………は?」
「金ならあるんだが」
「……はは、面白いこと言うなぁダンナ。金ならあるって、いくらぐらい持ってるんだ?」
「んー……手持ちの硬貨は大金貨三十枚ほどだが、魔石も含めたら大金貨五百枚分ぐらいはある」
「大金貨五百枚!? ……へー、そりゃまたスゲェな。でも残念、あの奴隷は渡せねぇよ」
「なんでだ? 金が足りねぇか?」
「いや、そうじゃなくてな」
ハイエナが獰猛な笑みを浮かべた瞬間、俺の後頭部に衝撃が走った。
「ダンナはここで死ぬからさ。不用心だったなぁ、大金持ってるなんて言うから……あれ?」
「はぁ……これまた予想通りというかなんというか……」
後ろを振り返ると、二メートル超のそこそこデカい盗賊がポカーンとした顔で刃の欠けた戦斧を両手で持ち、俺を見上げながら固まっていた。
多分、戦斧は俺の頭を強打した時に欠けたのだろう。
「何をミスってんだバカめ……おい! 野郎ども皆出て来い! 全員でやるぞ!」
俺への攻撃が無駄だったことを理解していないのか、前を案内していたハイエナが大声で呼びかける。
すると森の中からぞろぞろと、盗賊が出て来るわ出て来るわ。
三十人近くいるんじゃないだろうか。無駄に数が多い。
「デカブツが調子に乗りやがって! 思い知らせてやるぜ!」
数分後。
「クソが……覚えてやがれ!」
退却するの早ぇな!
まだ十人ちょっとしか倒してないぞ。
……いや、被害が多くなる前に退いてるからそういう意味では有能か。
倒された仲間もしっかり回収してる辺りから、それなりに統率が取れていることもうかがえる。
あの数で一斉に突然襲われたら、護衛が数人程度じゃひとたまりもないだろう。
「さてと……おい、おまえ」
横転している馬車の影に隠れ、手足を縛っている縄を噛みちぎろうとしている猫耳少女に声をかける。
「にゃ……見つかった!?」
「ああ、逃げるな逃げるな。別に取って食ったりはしない」
手足を縛られたままピョンピョンと跳ねながら逃げようとする猫耳少女を右手に掴んで捕まえる。
「くっ……離せ! チキに触るな!」
「ん、おまえチキっていうのか?」
「違う! チキの名はティタだ!」
……どういうことだってばよ。
「あー……そうか。『チキ』ってのは『アタシ』みたいな使い方で、名前がティタってことか?」
「離せ怪物! チキをどうするつもりだ!」
「話が通じねぇ……」
ティタ興奮し過ぎ。
「うぅ! チキはこんなところで死ぬわけには……!」
「いいからちょっと落ち着け。俺はおまえに何もしないし、どうにかするつもりもない」
「じゃあ離せ!」
「んなこと言われんでも離すが、いいか、逃げようとするなよ。よくよく考えてみろ。このまま逃げて、また盗賊に見つかったらどうする?」
「…………わ、わかった。逃げない」
顔を青くしてコクコクと頷く猫耳少女、ティタ。
獣人とはいえ耳と尻尾があるだけで、その他は殆ど人間と変わらないように見える。
肌はやや褐色で、髪は明るい茶色のショートカット。奴隷の証なのか、首元には銀色の首輪が装着されている。
「よし。じゃあ今から縄を切るが、逃げるなよ。理由は今さっき言ったとおりだ。それにな、俺はおまえに危害を加えるつもりはない。安全なところまで送るだけだ。貿易都市に着いたら解放してやる」
そう言いながらハルバードで慎重に縄を切る。
ティタはそれを見ながら小さく呟いた。
「…………ニンゲンは、いつも嘘をつく」
「ああ、そうかもな。だが俺は……」
嘘をつかない……と、言おうとして止めた。
そういや俺、かなりの頻度で嘘ついてるわ。
「……まあ俺も結構、いや、かなり嘘つく方だが、さっき言ったのは本当だ」
「…………チキにはわからない。なぜ、そんなことをする? さっきのヤツらからチキを助けたのもそうだ。チキを助けるのはオマエにとって、何の得がある?」
「何の得だぁ? おいおい、ガキがそんな難しいこと考えてんじゃねーよ。ついでだよ、ついで。ガキを見捨てたら夢見が悪いからな。ただそれだけだ」
俺は正義漢じゃない。
だがそれと同時に、助けられる人間を見殺しにして次の日も安眠できるほど、冷血漢でもないのだ。
「……チキはガキじゃない。もう今年で十歳になった」
「獣人がいくつで成人するのかは知らんが、人間でいえばまだガキだ」
とはいえディアドル王国では男女ともに十三歳で成人という扱いらしいから、そこまで変わらないんだけどな。
他の国は知らんが。
「……わかった。チキはオマエについて行く。その前に探し物があるので、少し待っててほしい」
「ああ、いいぜ。だがゆっくりはしていられないぞ。まだヤツらが近くにいるかもしれないからな」
俺ひとりだったら不意を突かれたところでどうってことはないが、今はティタがいるからな。
それにもうそろそろ日が暮れてくる時間帯だ。
できれば早めに移動したい。
「わかってる。すぐ終わる」
そう言ってティタは馬車の近くで倒れている商人らしき人物の懐を探り出した。
「おいおいおい……なにやってんだよ……」
「チキの物をコイツが持ってる。それを返してもらうだけ。……あった」
ティタが商人の懐から取り出したのは、銀色のメダルに五芒星のような図が描かれている小さなペンダントだった。
ティタはそれを素早く自分の首にかけ懐に入れる。
「渡さないぞ……これは、これはチキの物だ!」
「いや、別に取り上げたりはしないけどよ……」
俺がずっと見ていたのをどう勘違いしたのか、胸辺りを抑えてあとずさりするティタ。
「用が終わったんなら行くぞ。早くしないと日が暮れちまう」
先頭を切って歩き出す。
俺が背後にいると落ち着かないだろうしな。
それにしても、ティタがペンダントを首にかけた時、彼女が着けてる首輪がボンヤリと光ったような気がしたが……気のせいか?
「ん……? どうした。ついて来いよ」
「もっと離れてから、ついて行く」
もっと離れてからって……もう三メートルは離れてるがと思うが。
随分と警戒されたもんだ。
「……まあいいか。好きにしろ」
前に向き直り歩き始める。
結局、ティタはおおよそ六メートルほど離れてから俺の後ろを歩き始めた。
「かなり暗くなってきたな……」
ティタを連れ歩き始めて三十分ほどだろうか。
日が沈んで夕闇の時間帯を超え、あと少しで本格的に夜になろうという頃。
「おーい、大丈夫かティタ? まだ見えるか?」
「チキは夜目が効くから大丈夫だ。真夜中でも見える」
「はー、そりゃ凄いな」
猫型の獣人だからだろうか。
便利なもんだ。
……なーんてな。
実はここ最近、俺も異常に夜目が効くのだ。
しかも、かなりの精度で。
「うーん、どんどん人外になってる気が……ん?」
ふと前方を見ると、道が二手に分かれていた。
そのくせ案内の看板などはない。
「マジかよ……そんなの地図に載ってなかったぞ?」
懐から露店で買ったこの辺りの地図を取り出し、再確認する。
「やっぱり、この地図だとディアドル王国から貿易都市までは一本道になってる」
この地図が古いのか、それとも簡略化され過ぎてて片方の道が載ってないのか。
どちらにせよ『やっちまった』感が拭えない。
露店では高い地図と安い地図の両方があったのだが、つい安い方を選んでしまったのだ。
金はあるんだから高い方を買えば良いものを……前世での庶民的な感覚というか、倹約癖がここで裏目に出てしまったようだ。
「どうしたものか……って、そういやティタがいたか」
横転してた馬車の向きからして、ティタはあの時ディアドル王国に向かっている最中だったはずだ。
ということはティタがこの道のどちらかを既に通っているのは間違いない。
「おーい、ティタ! 道が二手に分かれてるんだが、貿易都市に行くにはどっちに行けばいいんだー?」
「……左だ」
「よっしゃ、左か。そーいや、ティタは貿易都市から来たのか?」
「そうだ」
「そーか。ティタの行き先は貿易都市で良いのか?」
「良い」
「そうか。じゃあ行くか」
いやぁ、ティタがいてくれて助かった。
相変わらず態度は素っ気なく、心理的にも物理的にも距離は遠いが、ちゃんとついて来ているので問題はない。
距離が遠い上に音を立てないよう忍び足で後方を歩いているから、最初は隙を見て逃げ出すんじゃないかと思ったが……それは杞憂だったようだ。
「少し急ぐぞ。いくら夜目が効いても、あんまり時間を掛けると宿が閉まるからな」
出来れば今日中にギルドへ行って盗賊が出た事と、馬車が横転してること、死人が出てることも伝えたかったが、都市に着く時間を考えるとそんな余裕もなさそうだ。
それからやや早歩きで道を行き、更に数十分ほど歩いた頃。
遠くの方に明かりが見えてきた。
もう都市に着いたのだろうか。
地図を見た限りではそんなに近くはなかったような気がするが。
「……これはどう考えても貿易都市じゃねぇな」
明かりに近づいていくと、そこには小さな村があった。
小さな村とはいっても田舎の農村という感じではなく、そこそこ豊かそうに見える。
「どういうことだ? おいティタ、ここは……」
ティタに訊ねようと後ろを振り返る。
だがそこには誰もいなかった。
さっきまでは確かに後ろを歩いていたはずなのだが、いつの間にかいなくなっていたようだ。
全然気がつかなかった。
前方に注意を取られて気を抜いていたとはいえ、俺の超感覚に気づかれず消えるとは……猫型獣人はそういった能力に長けているのかもしれないな。
隠密任務とか、暗殺者とかに向いてそう。
「それにしたって解散するの早過ぎだろ……」
村に着いた以上、街道よりはよっぽど安全だろうから別に解散すること自体は構わないのだが……せめて、この村について一言ぐらいは聞いておきたかった。
「おいお前! 盗賊……いや、人間か!?」
前に向き直ると、こちらをバリバリ警戒している様子の男衆が弓やら槍やら剣やらを持って続々集まって来ている最中だった。
「はは、随分と久し振りだなぁ、人間かどうか疑われるのは」
俺も今やディアドル王国じゃそこそこ有名だからな。
最初の頃は人とすれ違う度にヒソヒソと『あれ……人間?』やら『獣人……!?』やら『魔族が化けてるんじゃ……?』やら散々な言われようだったが、最近じゃ『うわ、イグナートだ。目を合わせるな、カツアゲされるぞ』とか『金の亡者め……』とか『アイツ、金が主食らしいぞ……』とか、素晴らしい評判・評価を頂いている。
おかげさまであの国では孤児院メンバーやセーラなど、一部の人間しか声をかけて来ないというとても理想的な環境だった。
周囲の人間に関わり合いになりたいと思われなければ頼み事をされる心配もない、という単純明快な対策方法だが、リーダーがいなければ俺にその策を成し遂げることは出来なかっただろう。
本当にリーダー様様である。
「おいお前! 聞いてるのか!?」
「おう、聞いてるぞ。俺は人間で、盗賊でもねぇ。ジパングってとこ出身の傭兵だ。ディアドル王国で傭兵ギルドに登録もしてる。なんならギルドカードも見せるぜ」
懐から黒色のギルドカードを取り出し、アニマを込める。
するとカードに『イグナート・男・三十六歳・傭兵ギルド所属』などの詳細情報が浮かび上がってくる。
「黒色のギルドカード……!?」
「傭兵イグナート……聞いたことがある。彼の王国で数年前急に現れた、怪力の巨人だと」
「噂じゃ、千匹を超える虫型魔物を単身で屠ったって……」
「では彼に盗賊退治を依頼すれば……」
「しかし、高額の依頼料を請求されるらしいぞ……」
前の方にいる男たちが仲間内で小声の話し合いを始める。
俺には全部まるっと聞こえてるけどな。
ちなみに、男衆が黒色のギルドカードに驚いていた様子だったのは色がレアだったからだ。
ギルドカードはランクによって色が違い、Cランク以下は白、Bランクは緑、Aランクはゴールド、Sランクはプラチナとなっている。
本来ギルドが公表しているカードの色はそれだけなのだが、実は人類に対して多大な貢献をしている、とギルド連盟に評価された人間にだけ送られてくる幻のカードという物が存在する。
それが黒色のギルドカードなのだ。
さらにこの黒色のギルドカードには様々な特典が付く。
詳細は長くなるので今は省くが、まあとにかく凄いカードなのだ。
「イグナートさん、あなたを凄腕の傭兵と見込んで頼みがあります」
男衆の中の一人、弓矢を持った壮年の男性が一歩前に出て話しかけてきた。
「今、この村は盗賊に……」
「たびたび襲われて困ってんだろ? 大体の状況はわかるぜ。俺も街道で盗賊に襲われたからな。もちろん返り討ちにしたが」
「お、おお……では」
「おう、受けようじゃねぇか。盗賊退治」
男衆が歓喜の声を上げた。
それを壮年の男性が制する。
「……それで、依頼料なのですが」
「おう、そうだな」
懐からリーダー自作の『傭兵イグナート・依頼料金表』を取り出して、今回のケースに該当する依頼料を探す。
「ええと、盗賊は三十人以上、村人は五十以上か……大金貨百枚だな」
ってか高いな!
自分で言っててビックリした。
「大金貨百枚!?」
「村中かき集めたってそんな金無いぞ」
「いくらなんでも高すぎる」
「足元見やがって……」
男衆がざわつく。
そりゃそうだろう。
ディアドル王国は金などの鉱物が豊富に取れる特殊な土地らしく、他の国よりも金貨の価値は低いが、それでも大金貨百枚といったら相当な大金だ。
具体的にいえば王国内の田舎に豪邸が立つぐらい。
物価の高い王国内でもそのぐらいの大金なのだから、国外だったらその価値は凄まじいことになるのだろう。
「こら、お前たち。彼はSランク傭兵、しかも黒色のギルドカードをお持ちだ。依頼料が高くても何も不思議じゃない」
壮年の男性が周りの若い衆をたしなめる。
「……イグナートさん、申し訳ありませんが、先ほどの話は無かったことにしてください」
「金が払えねぇのか? 別に分割でもいいんだぜ?」
「いえ……たとえ分割でも、それだけの借金を背負ったらどっちにしろこの村はやっていけません。今の時点で既にギリギリの生活をしているのです」
男性の話だと、昔は確かに貿易都市の中継地点として村全体が豊かだったのだが、今は見た目だけで実際は借金だらけなのだそうだ。
「盗賊もやり口が狡猾で……主要な商会の馬車は襲わず、消えても大したことにはならない馬車だけを襲うので国は動いてくれません」
そうなるとギルドに依頼を出すしかないのだが、依頼を出しに村から人が出るとまるで狙っているかのように次々と襲われるという。
「ですがもし依頼を出せたとしても、その依頼金の捻出で首が回らなくなるのはわかっていたことです。だったらまだ村人の数が盗賊より多いうちに、こちらから戦いを仕掛けようと」
村へ襲撃に来た際の足跡などから、すでに盗賊のアジトの場所はわかっているらしい。
そんな決死の覚悟で戦いに挑もうとしていたところへ傭兵の俺が来たもんだから、ダメ元で依頼をしてみたということだ。
「なるほどね……いつ仕掛けるつもりなんだ?」
「今日の深夜です」
そりゃまた随分とタイムリーな話だ。
「子どもを除いて男は全員出張ってしまうので、もてなしに不備が出てしまうかもしれませんが……」
「それは別に構わねぇけどよ」
どっちにしろこの規模の村だと、俺が入れるような大きさの宿も店も無いだろうしな。
自動的に馬小屋か野宿という選択肢になる。
「そう言って頂けると助かります。……それでは、私たちは準備がありますので」
男衆を引き連れて村の中へと戻っていく壮年の男性。
俺はそれを見ながら深いため息をついた。
「分割でもダメ、か……」
正直、それは想定外だった。
リーダーの作った傭兵イグナート読本には『長期無利子での報酬分割払いは厳禁』と書いてある。
今までは所詮個人相手の仕事(実際は勝手に助けてるので親切の押し売りだが)だったので、そこまで報酬金額も高くはなく分割払いも大した回数にはならなかったが、今回は違う。
大金貨百枚ともなれば確かに十回や二十回の分割払いでも負担は大きいだろう。
「でもこれ放っておいたら全滅フラグだよなぁ……」
それは俺の精神衛生上、非常によくない。
「となれば、やることはひとつだな」
自分に言い聞かせるように呟く。
せっかくリーダーが俺のために作ってくれた傭兵イグナート読本には逆らうことになるが、今回は対価がどうのとか言ってる場合じゃない。
他の対策を練る時間もないからな。
村人たちが勝負に出る正確な時間はわからないが、深夜といえば五時間後ぐらいには戦いが始まっていてもおかしくないのだ。
「さてと……じゃあ行くか」
その前に道具屋へと寄って大量のロープを買い、ついでに盗賊のアジトの聞き込みをしてから村を出た。
村の外は真っ暗闇だが、それでも俺の目なら問題ない。
それどころか、この暗さでも一キロ先の羽虫ですら鮮明に見ることが出来るのだ。
「人外だよなぁ……」
身体能力チートにも程がある。
んでもってこの能力に慣れるのが怖いな。
普通の身体になって『前の方がよかった』なんて感想を抱きたくはない。
そんなこと言いながらも今は十二分に活用させてもらうが。
「この辺りまで来れば聞こえるかね」
村から出て森の中を東方向にしばらく進んだあと、俺は適当なところで足を止め耳を澄ました。
そして意識を集中すると、森の中から様々な音が聞こえてくる。
それらを精査し、不必要な音を意識の外へ追いやっていく。
「……あっちか」
遠くから微かに人の声が聞こえる。
思ったよりもアジトの場所は北よりだった。
大体の方角は聞いていたのだが……やはり正確な道筋を知らないとダメだな。
俺の聴力が異常じゃなければ間違いなく見つけられなかっただろう。
「ん? これは……?」
盗賊のアジトがあるであろう方角へ向かって歩いていると、どこかで聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「……っ、マズい!」
次の瞬間、状況を把握した俺は全身のアニマを解放した。
いちいち木なんぞ避けてる暇は無い。
すべてなぎ倒して最速一直線で駆け抜ける――!
「うおおおおおおお!!」
触れた木をことごとく木っ端微塵に粉砕しながら一キロ以上はあるであろう距離を十数秒間でゼロにする。
「――おおお!?」
そして途中で急ブレーキを掛けるが止まり切れず、アジトであろう洞窟の側面を体当たりで直撃した。
「……っと、危機一髪ってとこか」
壁をぶち抜いた先にあったのは、ティタを組み敷き服を剥ぎ取ろうとしている盗賊と、それらを囲んで下卑た笑みを浮かべる野郎どもだった。
「テメェ、昼間のデカブツ……!」
「おっとそこまでだ」
ティタを組み敷いている盗賊の首元にハルバードを押し当てる。
「動くと首が飛ぶぜ……って、おまえ昼のヤツじゃねぇか」
「クソッタレ、なんでテメェがここに!」
俺を睨みながら悪態をつく盗賊――もといハイエナ。
すると周りから「お頭!?」という声が上がる。
「おいおい、おまえがここの頭だったのかよ。たかが知れてんなぁ、この盗賊団も」
「うるせぇこの怪物野郎が。何の用で来た?」
「いやな、通りかかったらなにやら楽しそうな声が聞こえたからよ。俺も参加しようかと」
俺がそう言うとハイエナは途端に相好を崩した。
「へ、へへへ……なんだ、早く言ってくれよ。そういうことなら……」
「んなわけねぇだろ」
近寄って前蹴りをかます。
ハイエナは吹っ飛び壁に激突した。
「お頭ー!?」
「十歳の少女ひん剥いてなにしようってんだこの犯罪者どもが」
少女の前に立ち、盗賊どもを睨みつける。
「死にてぇヤツはかかって来い。死にたくねぇヤツは武器を捨てて壁に手をつけ。そうすれば命だけは助けてやる」
盗賊たちの間に動揺が走る。
俺の強さは昼間で身を持って知っているからだろう。
「聞くな野郎ども!」
戦闘不能にしたはずのハイエナが立ち上がり声を上げる。
「おいおい、おまえも凝りねぇヤツだな。次は壁ぶち抜いて月まで吹っ飛ばしてやろうか?」
「いいや、テメェにゃ無理だな」
「はっ、おまえの目は節穴か? 俺がどうやってここに入って来たと思ってる」
「やるだけの力はあるだろうよ。でもテメェにゃ出来ねぇ。そんなことしたら、オレが死んじまうからな」
「……ああ?」
「――テメェ、人殺したことねぇだろ?」
時間が一瞬、止まった気がした。
「へへ、図星だな。最初に見た時からおかしいと思ってたんだよ。歴戦の強者みてぇな風体のくせに、目の奥にまったく陰りがねぇ。しかも昼間の時も今も死なないようにどころか、ケガしないように手加減してやがる。とんだ甘ちゃん野郎だぜ」
「…………」
「テメェ、魔物専門の傭兵だろ。んでもって中身は超絶お人好しと見た」
「なんでそうなるんだ?」
「オレの勘だよ。まぁ、ガキ助けに来てる時点で明白だけどな」
「そうか。そう思うのは勝手だが……で、だからなんだ? どっちにしろおまえらが雑魚で、俺にとっ捕まるのは変わりないんだが」
「こうするんだよ」
ハイエナが右手に持った、銀色のメダルに五芒星のような図が描かれている小さなペンダント――ティタが首に掛けていた物だ――をこちらに向けて叫ぶ。
「獣人! 今すぐこっちに来い!」
「はぁ? なにを……」
バカなことを、と思った次の瞬間ペンダントが淡く光りだした。
それと同時にティタがハイエナの元へ全力で疾走する。
そしてハイエナは自分の元へと来たティタを見て満足そうに邪悪な笑みを浮かべた。
「……どういうことだ?」
「へっ、こういうことだよ」
ハイエナが懐から取り出したナイフをティタに手渡しながら命令する。
「獣人、このナイフを自分の首に添えてろ。んで次にオレが『死ね』と言ったら即行で首を切れ」
「は……い……」
ハイエナの言った通り自分の首にナイフを添えて、虚ろな目で返事をするティタ。
「……おまえ」
「動くんじゃねぇぞ。動いたら、この獣人は死ぬ」
「…………」
俺はハイエナが右手に持つ銀色のペンダントに視線を移した。
そして次にティタが首に着けている銀色の首輪を見やる。
……そういうことか。
「それは奴隷に言うことを聞かせるための魔導具か」
「あぁ? なんだ、テメェ知らなかったのか?」
「あいにくと今まで周りに奴隷がいなかったもんでね」
「へっ、そうかよ。まぁお察しの通りだぜ。今のコイツはオレの言うことを何でも聞く状態だ。これでテメェはオレをどうすることもできねぇ。テメェは甘ちゃんだからな。このガキを見捨てられねぇだろ?」
「…………とことん腐った野郎だな、おまえ」
「傭兵風情がよく言うぜ。人間一皮向けば皆同じようなもんだろうが」
「自分と一緒にすんじゃねぇよ、クソ野郎が」
「……気取りやがって、背中が痒くなるぜ。オレぁテメェみたいな偽善者野郎を見てると反吐が出るんだよ」
ハイエナはそう言いながらペンダントを左手に持ち変え、空いた右手で腰の蛮刀を引き抜いた。
「さて、じゃあ手始めにその物騒なハルバードを地面に置いてもらおうかね」
「おまえバカか?」
「……なんだと?」
俺はハルバードを手に取り、ハイエナの左手首に向かって真っ直ぐに突き出した。
結果、ハイエナの左手首はあっけなく切り落とされる。
「は……え……?」
「仮に、今日まで俺が人を殺したことがないとして……なんで今日も殺さないと思うんだ?」
ハルバードを振るい、次は蛮刀を持った右手首を切り落とす。
「うあ……手があああああああ!?」
「こいつはもらっとくぜ」
足元に転がってきたペンダントを拾い懐に入れる。
「――動くな!」
自分たちのボスが発した叫び声でパニックになり始めた盗賊たちの動きを一喝して止める。
「武器を捨てて壁に手をつけ。さっきも言ったが、そしたら命だけは助けてやる」
俺の言葉を無視して、即座に出口へ向かって駆け出そうとする盗賊が数人。
「……『炎の壁』」
そいつらを出口付近に出現させた炎で遮る。
「もう一度だけ言うぞ。武器を捨てて壁に手をつけ」
今度こそ観念したというように、盗賊たちは次々と武器を捨てて壁に手をつき始めた。
そいつらの腕を道具屋で買った大量のロープで手早く縛っていく。
「次はおまえの番だ」
「…………」
そして最後にヤツらのボスであるハイエナのところへと向かった。
両腕をそれぞれ反対側の脇の下に挟んで出血を抑えているが、それだけで血が完全に止まるはずもない。
壁に寄りかかって座り込んでいるが、顔面は蒼白で今にも倒れそうだ。
目は虚ろで、意識があるのかどうかもあやしい。
「腕が無けりゃ縛れねぇからな」
言い訳するように呟きながら地面に落ちていたハイエナの両手首を拾い、それぞれの手首へと押し当てた。
その状態で治癒魔法を掛けると、みるみるうちに切断面が無くなり手首がくっ付いていく。
「…………間に合ったか」
脈があるのを確認して、内心ホッとした。
傭兵になった時から人を殺さなければならない状況はある程度覚悟していたが、できることならなるべく殺したくないというのが本音だ。
夢見が悪くなりそうだからな。
「ふぅ……」
安堵のため息をつきながらハイエナの身体に治癒魔法を掛ける。
これで失血死も避けられるだろう。
ミサからコピーしたこの治癒魔法は血液さえ復元する驚異の能力だからな。
「……ん」
気が抜けたら今更ながらに手が震えてきた。
魔物や獣は今まで随分と斬ってきたが、人間を斬ったのは初めてだ。
「そういやティタは」
周囲を見回すとティタは洞窟内の端っこで小さくうずくまっていた。
心なしか微かに震えているようにも見える。
「おい」
びくり、と反応してから俺を見上げるティタ。
その顔はこわばっており、目には明らかな恐怖の色があった。
「なんて顔してんだよ、まったく。そんな怖がらなくても何もしねぇっての」
「……これからチキをどうするつもりだ」
「だから何もしねぇって」
相変わらず警戒心バリバリだ。
「じゃあペンダントを渡せ」
「ああ、ペンダントな。いいぜ」
そう言って懐に手を伸ばしたところで、ふと気がついた。
そういやティタは獣人だ。
今、人類はエルフ、ドワーフ、獣人など人間以外の種族全部を『魔族』と呼び戦争をしている。
そんな人類にとっての敵種族であるティタが人間たちの領域でひとり歩いていたらどうなるか。
考えるまでもない。
「あー……その前に、助けた礼としてちょっと一仕事してもらおうか」
「……仕事?」
「おう。俺はこれからこいつらを貿易都市のギルドに連れてって罪人として引き渡すつもりなんだが、俺は多分そのギルドに入ることができねぇ。だからそん時に俺の代わりとしてギルド内に入って、職員を呼んできてほしいんだ」
「入れない? なぜ……いや、わかった」
俺の巨体を見て『入れない』の意味を理解したようだ。
「チキはオマエに従う」
「随分と素直だな」
「……ペンダントの持ち主にはどうせ逆らえない。遠くに離れることもできない。それに……」
透き通るような琥珀色の瞳が俺を見つめる。
「なんだ?」
「……それに、オマエはチキを二度も助けてくれた。恩人だ。恩人に報いるために、チキはチキにできる限りのことをする」
「そりゃ殊勝なことだな。じゃあ、よろしく頼むぜ」
俺の言葉に小さく頷くティタ。
こうして、俺はティタを貿易都市へと連れて行くことになった。




