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強欲のイグナート  作者: 霧島樹


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第二百十七話「強欲のイグナート」

 あれから数日後。

 大陸の端にある砂浜にて。


 俺は実体を得た『彼』から延々とノロケ話を聞かされていた。


「ねぇねぇ、知ってた? この世界では創造神に名前がなくて、呼んだらダメってことになってるのさ、アレ……ヴィネラが広めてたんだよ。これって絶対さ、俺のこと意識してたよね」

「そうだな」

「やぁー、しかし惜しいなぁ、スヴァローグ……元々はヴィネラが俺のために作ってくれたのに、キミのほうについていくなんて……残念だなぁ」

「そうだな」


 彼のいわく、スヴァローグはもともと創造神の核となった彼を救出するために作られたものだったらしい。

 今回は切羽詰まった事情があったので一か八かの一本釣りみたいな形になってしまったが、本来はもっと時間をかけスヴァローグを創造神の核とすることで、ゆっくりと彼を押し出す予定だったとのことだ。


「ところでさ、イグナート……」

「そうだな」

「……まだ何も言ってないんだけど」


 彼が苦笑しながら頬をかく。


「あー、すまん、意識が飛んでた。それで? なんだ?」

「ええと……今更なんだけど、本当に行くのかい? 別の世界へ」

「…………ああ」


 彼の言葉に、ここ数日で下した自らの決断を振り返る。


 ジル・ニトラを人間に転生させてからというもの。

 俺はこれから先に起こりうる最悪の事態を避けるために、創造神の力を使ってひたすらアーカーシャの記録を探り、未来を視ていた。


 もっとも、俺が関わっている事象は例外なくアーカーシャから記録が消えるので、ジル・ニトラの情報を中心に探り『問題なく未来が視えないことを確認する』という、迂遠なやり方にはなったのだが……それが功を成したのか、重大な事実が発覚した。


 この世界は最短で十数年、長ければ数百年のうちに、『何らかの要因で』消滅する可能性がある。


 初めのうちはジル・ニトラが復活し、ヤツが何かを企むことによってそういった未来が発生するのだと考えていた。

 実際、ヤツの魂を消滅させると決めていた段階での予知では、将来ヤツが復活し暗躍する未来も視えていたから、てっきりジル・ニトラがすべての原因だと考えていたのだ。


 しかし、ジル・ニトラを人間に転生させてからも未来予知を続けていたところ、どうやらそうではないらしいことがわかった。

 いくら俺が関わっている事象は未来が視えなくなるとはいえ、『視えない』範囲が広すぎるのだ。


「この世界が滅ぶ可能性を放ってはおけないからな」

「……キミはそれで、本当に良いのかい?」

「もちろん。自分の分身もふたり残してきたし、後は憂いなしだ」

「この世界に未練は?」

「あるわけないだろ。……って、ああ、そういやアンタには話してなかったか」


 核心的な部分は創造神の力を使うまでもなくスヴァローグの力で処理したから、いくら彼でも分身する際、俺に起こった『内部的な』変化は気がつかなかったようだ。


「俺は自分を三体に分ける時、それぞれの魂をあえて『偏らせて』分けたんだ」


 少女体のミコトには伯爵夫妻や王国大、ギルド関係の連中に対する情を。

 成人体のイグナートには孤児院連中やセーラ、ティタ、旅の仲間たちに対する情を。

 そして別の世界に旅するこの俺には『特定の何か』に拘束されることを嫌い、自由と旅を愛する情を分けた。


「もともと俺は結構ドライかつ旅好きなところがあったからな。最近しがらみが多くて嫌になってきたところだったから、ちょうど良かったぜ」


 もちろん、それぞれ魂を偏らせて三体に分かれても、元々の俺が持っていた性質がまったくなくなるわけじゃないが……それでも相当『楽』にはなる。

 実際、今の俺はこの世界で関わった人たちのことを大切に想うし、助けたいとは思うが、執着心のようなものはまったくない……というのは言い過ぎだが、まあ『ほぼ』ない。


「それに、ちょうど本当のあ……」

「……あ?」

「あー……あー……いや、なんでもない」


 ……言えない。

 アイリスに『そんなの本当の愛じゃない』とか言われたことでかなり悩んだ挙げ句、『本当の愛を探しに行きたい気持ち』があるからちょうど良かったとか……さすがに冗談でも恥ずかしすぎる。


「なんだよー、なんでも言ってくれれば良いのに。俺だってキミの分身みたいなもんなんだからさ」

「ハハハ……それはない」


 笑顔で否定する。

 なんだか彼には最初から妙に親近感があるなぁ、と思っていたら、どうやら彼もルカと同じく、俺と似た魂の持ち主であったらしい。


 いや、違うか。

 最初からスヴァローグの適合者として、彼に似た魂の持ち主としてルカと俺が選ばれたのだろう。

 これで奇しくも、昔ジル・ニトラが言っていた『世界には自分と似た魂の人間が三人はいる』という言葉通りになったわけだ。


 ……ん? 待てよ、アイツそもそもあの時点で彼と俺、ルカの存在を知ってたからそんな風に言ったのか?

 全然そんな素振りは見えなかったが……でもジル・ニトラだからなぁ……アイツ、腹芸得意だし。


「どうしたの? さっきの続き、話したくなった?」

「それはない……ところで、ルカが今どこにいるか知ってるか?」


 あのあとすぐ姿を消したルカは、ヴィネラに協力した報酬として望み通り、創造神の力を使い初代皇帝を蘇らせたらしい……というところまではこの前ヴィネラに聞いたのだが、それ以降のことは聞いていない。

 ルカは動機が不穏というか、精神が若干不安定なところがあったから、どうなったのかが心配だ。


「ルカ? ルカならアルと一緒にこことは別の大陸に向かったよ。なんでも新しく国を作るんだってさ」

「国!? なんだそりゃ……どうしてまた?」

「さぁ? よくわからないけど、面白い子だよね。さすが俺たちと似た魂の持ち主だよ」

「そこ関係あるのか? 俺もルカもアンタも、性格はまったく似てないと思うんだけど……」


 しかしルカは初代皇帝のことを憎いように言ってたと思ったが……あれか、可愛さ余って憎さ百倍、みたいな感じだったのだろうか。

 ルカと初代皇帝は男同士だし、ちょっとニュアンスは違うだろうが。


「まあ元気にしてるならいいか。それじゃ、ヴィネラは?」

『アタシならここにいるわよ』

「うわ!?」


 背後から聞こえてくる声に慌てて振り向くと、そこにはヴィネラがフワフワと宙に浮かんでいた。


「いきなり出てくるなよ……ビックリするだろ」

『あら、さっきから出てたわよ? 気配を消してただけで』


 ヴィネラはしれっとした顔で言った。

 そっちのほうがよりタチが悪いわ。


「にしてもヴィネラ、若干透けて見えるけど……実体になったんじゃなかったのか?」

『肉体はすぐ捨てたわ。面倒だから』

「お、おう……相変わらず人間離れしてるな……」

『人格を三つに分けて分身してるアナタもすでに相当、人間離れしてるわよ?』

「人格を分けたつもりはないんだが」


 せいぜい自分としては『気持ち』を三つに分けた程度に思っていた。

 ……よくよく考えると人格と似たようなものか?


『そんなことより、例の件だけど』

「何かわかったのか?」


 ヴィネラには『この世界が滅ぶ可能性と、その原因』について調べてもらっていた。

 本来ならヴィネラが俺の頼みを聞く義理などまったくないのだが、どうやらこの件に関しては彼女自身も興味が湧いたようで、調べてくれたようだ。


『サッパリわからないわね。アーカーシャに記録が残らない、ってことを考えると、超越存在……オリジナルの神や創造神、黒き星、もしくはそれらに類するものが関わっていると推測するのが妥当だけれど』

「……そうか」


 現状だと関わっているものの範囲と可能性が広すぎて、何が起こるのか具体的にはまったくわからない。

 それはヴィネラでも同じだったようだ。


 何せ現状だと『アーカーシャに記録が残らない存在が関わっている』という情報しかないから、可能性だけで言えばスヴァローグと魂が同化した俺や、創造神の一部となっていた彼が世界を滅ぼす可能性だってある。

 ちなみに元祖創造神の使い手である彼にもヴィネラと同様の調査は頼んであり、ノロケ話を聞いていた時はすでにその報告を受けた後だった。

 この話の流れからして結果はもちろん、『何もわからない』だったが。


「予想通りっちゃ予想通りだな」

『ふうん? で、結局別の世界に行くの? 原因を探しに?』

「ああ」

『物好きねぇ……まぁ、アタシも人のことは言えないけど』

「え? ……ってことは、まさか」

『ええ。コレが行くって言うから』


 ヴィネラは彼を横目で見ながらため息をついた。


『アタシも興味なくはないし、コレで遊ぶついでに探ってあげるわよ。ついでにね』

「素直じゃないなぁ、ヴィネラは」


 彼が笑いながら言う。

 ヴィネラはそれを無視しながら話を続けた。


『とにかくそういうわけだから、アナタはアタシたちが行く世界とは別方面の世界に向かいなさい。それと、ここ数日で近隣世界は大体調べたから、その更に向こう側の世界に行くこと。一番最初の異世界転移だけは創造神の力を使えるから、それも忘れずに。あとは……』


 ヴィネラの注意事項を一通り聞いたのち、俺はどこまでも広がる海を見ながら言った。


「それじゃ、そろそろ行くとするかね」

「本当にみんなの見送りはいいのかい?」

「ああ。見送りも何も、みんなが知る俺はこの世界で生き続けるんだからな」


 下手に事情を説明したら変なことになる。

 この世界で生きた記憶は俺にもあるので、若干の寂しさはあるが……それでも若干だ。

 新生した俺にとっては、新たな旅立ちに対する期待感のほうが大きい。


「それじゃ、またな」


 彼とヴィネラそれぞれに別れの挨拶をし、創造神の力で空間に異世界への扉を開ける。

 そして俺は――新たな一歩を踏み出した。




 ○




 数カ月後。

 何処までも広がる荒野にて。


「……そうか、とうとう異世界転移する分のアニマもなくなったか」

『あれだけバカスカ使ってればねー。いくら無尽蔵に近いって言っても、限度があるし』


 真紅の光、ベニタマがフワフワ浮きながら思念を飛ばしてくる。


 旅に出てからというもの、人格を得たベニタマはちょくちょく俺の話し相手になってくれていた。

 最近では呼び名もベニタマを略し『タマ』と呼んで、完全に旅の相棒となっている。


「どれくらいで異世界転移分のアニマは溜まりそうだ?」

『良い感じの地脈を見つけて、一ヶ月ぐらい大人しくしてれば溜まるかも』

「意外と早いな」


 一ヶ月だとこの星の調査期間より断然短い。


『地脈で大人しくしていれば、だよ。どうせマスター、大人しくしてないんだもん』

「あー……確かに、なんだかんだで色々起きるんだよな」


 この数ヶ月で様々なトラブルに巻き込まれてきた。

 村や国の危機は珍しくなく、事件によっては星や宇宙が危ないなんてこともあった。


『色々起きるっていうか、マスター、自分から首突っ込んでるから……』

「ハハハ……まあそれが目的で旅してるみたいなところあるから」


 以前まったく関係ないと思っていた事件が世界の崩壊に繋がっていることもあった。

 だから最近ではちょっとしたトラブルでも、あえて自分から関わるようにしている。


「それに、人助けしてチヤホヤされるのも悪くないって思えるようにもなったし」

『昔のマスターじゃ考えられない発言だよね』

「まあな」


 大きな出来事を色々と経験して内面が変わったというのも大きいだろうが、それだけじゃない。

 今はどんなに英雄と祭り上げられ、しがらみが増えても、自分の姿形をスヴァローグの力で自由に変えられる。

 しかも大抵の世界は問題解決後、そのまま別の世界に移動して二度と戻らないのだ。


「ぶっちゃけやりたい放題だからな」

『……おかしいな、やってることは善行のはずなのに、その姿で言われると悪事をやってるようにしか聞こえないや』

「ハハ、間違いない」


 自分の巨体を見ながら笑う。

 不意の戦闘に備えて、今俺は傭兵イグナートの姿になっていた。


 圧倒的な体格というのもあるが、やはり長年慣れ親しんだこの姿が一番強いし、しっくりくるのだ。

 なるべく物理で戦えばアニマも節約できるから、良いこと尽くめである。


 昔はあれだけ普通の体格になることを願っていたのに、いざ自由に姿を変えられるとなったら元の巨体になっている時間のほうが長いという……人生、よくわからないものだ。


 創造神の力が自由に他の世界でも使えたら、面倒は何もなかったのだが……創造神は基本、ベースとなるその世界だけでしか力を発揮できないらしく、ダメだった。

 他の世界をベースにしようと思えばできるらしいが、それには億単位の時間が掛かるようなので結局断念。


 神の力、なんて呼ばれるものがある割には、ままならないものである。


 ……と、そんなことを考えている間に、どうやらイベントが発生していたようだ。

 遠方には複数の馬車と、それを取り囲む盗賊らしき男たちが見える。


「定番中の定番だなぁ……こんだけわかりやすいのはむしろ、未だかつてなかったぞ」

『アニマ節約してよね、マスター』

「わかってるって」


 縮地を連続して一気に距離を詰め、数十人いる盗賊たちを鷲掴みし、物質創造で作ったロープで次々と縛り上げていく。


 その間ヤツらの発している言葉が理解できないことに気がついたので、スヴァローグの力を使い盗賊たちの頭にアクセスし、言語情報を獲得した。

 創造神の力が使えない今、アーカーシャから情報を持ってくることはできないからだ。


「あ、貴方様は……?」

「姫! 危険です、お下がりください!」


 盗賊を全員縛り上げると、金髪碧眼のドレスを着た姫っぽい美少女と、銀髪銀眼の老騎士っぽい男が馬車から出てきた。


「俺か? 俺は通りすがりの傭兵だ。人助け料は有り金全部で良いぜ」

「なっ……無礼者! 貴様、このお方を誰だと……!」

「おいおい、命の恩人に対して無礼なのはそっちだろ。全財産を要求しないだけありがたく思いな」


 手のひらで有り金を要求しながら笑いかける。

 もちろん、本当に有り金全部を要求するわけじゃない。


 こういうのは全部貰うと問題だし、無償で人助けすると逆に疑われたりと、加減が必要なのだ。

 今はまだこの世界のことが何もわからない段階だから、理想を言えば街で情報収集して、他にもっとヤバそうな事件があったらそっちを優先したい。


 それにこの姫様の事件に関わっていくにしても、最初から印象を良くしすぎるとベッタリ頼られて、いざって時に動きにくいからな。

 そういうのはここ数ヶ月の旅でよく学んだ。


「わかり……ました」

「姫様!?」

「この方が命の恩人であることは事実です。であれば、それ相応のお礼をするのが礼儀というもの」


 姫様が護衛のひとりに指示して、馬車の中から高級そうな箱を持ってこさせる。

 箱を開けると、そこには輝かんばかりの金貨が敷き詰められていた。


「こちらを……」

「姫様いけません! これは……!」


 老騎士が姫様を止めようとする中、俺はその中に入っている金貨を一枚、指に取ってジロジロと眺めた。

 金貨の良し悪しなんてわからないので、これは『フリ』なのだが。


「ほぉ……こりゃ良いな。アンタら中々どうして、良いもん持ってるじゃねえか。気に入った」


 金貨を親指で跳ねる。

 そしてそれを空中でキャッチして懐にしまい込むと、彼らに背を向けて言った。


「今日のところは初回サービスで、これぐらいにしといてやるよ。アンタらとは長い付き合いになりそうだからな」

「だ、誰が貴様などと……!」


 老騎士が憤慨する中、俺は重力魔法で体重を減らし、誰も乗っていない一番屈強そうな馬に乗り移った。


「さてと……じゃ、この馬も報酬としていただくとするかね」

「ま、待ってください!」


 その場を去ろうとする俺に姫様が駆け寄ってくる。


「貴方様のお名前は……?」

「お貴族様に名乗る名前なんざねえが……それでも呼びたきゃ、こう呼びな――」


 振り向き、言う。


「――強欲のイグナート、ってな」









 Fin

- あとがき -


ここまで『強欲のイグナート』をお読みくださった読者の方々。

他の連載や原稿に掛かりっきりで更新が滞ることも多い中、

辛抱強く待ち続けてくださり、ありがとうございました。

これにてイグナートの物語は完結となります。


イグナートはいくらでも続きが書ける終わり方なので、

状況次第では第二部を書くこともあるかもしれませんが、

いずれにせよいったん完結であることは変わりません。


そして別連載作『邪神』をお読みいただいている皆様、お待たせしました。

今後は『邪神』の更新をメインに進めていきたいと考えております。


詳細は今後、活動報告で上げさせていただきますので、

よろしければお気に入りユーザー登録などしていただけると嬉しいです。

感想、ブックマーク、評価なども執筆活動の励みになります。


ふと気がつけば、もう年末ですね。

略儀ながら、来年もよろしくお願いいたします。


それでは皆様、良いお年を。

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