第二百十四話「悠久の時」
『それじゃ、行くわよ。もうホントに時間がないし』
『え? 一緒に逃げてくれるの? 昔はあんなに頑なだったのに……』
『昔と今じゃ状況が違うでしょ。なんのためにアナタを起こしたと思ってるのよ』
ヴィネラと彼が会話しているのを横目に、俺はその場で呆然としていた。
あまりにショックで宙に浮くための風魔法すら忘れそうになり、慌てて発動し直す。
『そっか、じゃあもう片方のスヴァローグは回収しとこうかな』
『ふうん? 必要?』
『うん。まあ、自己満足かもしれないけど……俺もこの星は気に入ってるからさ』
彼の言葉に思わず顔を上げる。
今の……どういう意味だ?
そう思った次の瞬間。
真紅に輝く光の腕が、俺の胸を貫いていた。
「……え?」
『ごめん、この星を守れなくて。でもキミの意志は守るよ。どれだけの年月が掛かってもね』
自分の魂を鷲掴みにされたような、取り返しのつかない感覚と共に視界が暗転し――俺は意識を失った。
○
随分と長い間、眠っていたような気がする。
『おはよう。目が覚めたかな?』
眼前には、真紅の光で構成された人型の彼と、ヴィネラがいた。
それは意識を失う前と変わらなかったが、周囲の光景は一変していた。
無数の星々が輝く宇宙空間のような場所に俺たちは浮かんでいたのだ。
いや、おそらく実際に宇宙空間なのだろう。
重力は感じられず、身体の周りには空気で出来た膜のようなものが張られている。
「ここは……?」
『キミがいた世界とはまた別の世界だよ。ああ、キミには別の宇宙って言ったほうが通じるかな?』
いわく、あれから彼とヴィネラは創造神を捨て、俺から回収したスヴァローグの力でいくつかの宇宙を移動し、ここまでやって来たらしい。
最後、俺の魂はスヴァローグとほとんど同化していた。
だから俺はこうして復元できたのだろう。
「そう……か」
しかし、創造神なき今……他の人間は復元できない。
アーカーシャの記録を自由に取ってこれたのは、彼と創造神の力あってこそなのだ。
彼は当時、無意識化でアーカーシャに繋がっていただけで、普段から自由自在にその情報を取ってこれたわけじゃない。
それは夢の中……ヴィネラの記憶でもそうだった。
「俺ひとりだけ……助かったのか」
助かって、しまったのか。
無常な現実を目の当たりにして、心に虚しさが襲ってくる。
『うん、ごめん……あの星はどうやっても、黒き星から守ることはできなかった』
「……そうか」
『でもキミのスヴァローグのおかげで、なんとか創造神は作り直せたから』
「……そう……え?」
『今からあの星も作り直すよ』
彼がそう言うと、宇宙空間に大きな穴が空き、そこから見覚えのある巨大な真紅の光が現れた。
……開いた口が塞がらない。
「創造神……なんで?」
『なんでって……あぁ、なんで作れたかって? それはだって元々、創造神を作ったのは俺だし……まあ、前回作った時は世界が膨張破裂する際の破壊エネルギーを使って、自分自身を核にしたから、どっちもない今回はちょっと苦労したけど……』
『ちょっとどころじゃないでしょ』
横でヴィネラがうんざりしたようにため息をついた。
『出来上がるまでに64億年よ? 64億年! どれだけ待たせるのよ』
「ろ、64億年……!?」
『いやー、ははは……思いのほか創造神構築に必要なエネルギーが溜まるの遅かったなぁ。でもヴィネラその間、ずっと寝てたでしょ? まあ俺もエネルギー溜める期間は寝てたけど……手伝ってくれても良かったのに』
『なんでアタシがそんな苦行に付き合わなきゃならないのよ』
『苦行だなんて……結構楽しかったけど?』
『……だからアンタは変態なのよ』
『変態って、ひどいなぁ……』
彼は苦笑していたが、まんざらでもなさそうな感じだった。
……って、そんなのよりもっと重要なことがある。
「いや、ちょっと待ってくれ。確かアンタ、あの星は守れないし、助けられないって……」
『うん……それに関してはホント力及ばずで、申し訳ない。オリジナルじゃなく、記録を元にした複製じゃなんの意味もないって言うなら、あの星を作り直すのも止めるけど……』
「まったく問題ないから作り直してくれ、頼む」
なんだよ……あの星は助けられないって話は、『オリジナルの』って意味だったのか。
それだったらまったく問題は……なくはないのだろうが、仕方のない話だ。
なにせ俺だって創造神の力で、ジル・ニトラに喰われた人間を復元しようとしていた。
オリジナルが守れなかったという意味では今回のケースと同じで、最善ではないが次善ではあるだろう。
消滅してしまった本人たちにとってみれば一度は死んでおり、生まれ変わった自分は記憶が連続しているだけの別人なのだからある意味、残酷な話ではあるのだろうが……どうやっても抗えない運命というものは存在する。
それが今回の場合は黒き星であり、オリジナルの消滅だった……ということなのだろう。
『それじゃ、始めようか。――天地創造』
彼が両手を広げると、創造神から膨大な『神』の力とアニマが迸り、数分もしないうちにひとつの巨大な星を形作った。
そして灰色の星に海が、陸が、緑が、街が……まるでミニチュア作製の光景を早送りしているかのように、超高速で作り上げられていく。
その自然界にはありえない、凄まじい光景に言葉を失っていると、彼は背後にいる俺とヴィネラを振り返って言った。
『ここから先は元の場所に移動しよう。みんな、色々と事情がありそうだし』
「事情……? 何の話だ?」
『見ればわかるよ』
彼が軽く腕を振るうと、視界は眩い光に包まれた。
直後、全身に懐かしい重みを感じ、咄嗟に閉じていた目を開く。
するとそこは強い風が吹き荒れる、瓦礫が敷き詰められた飛空城の上だった。
城自体は崩壊しているから、正確に言えば飛空城の跡地か。
ここで何を見れば事情とやらがわかるのだろうかと疑問に思っていると、少し離れた瓦礫の上に光の粒子が集まり人型を形作った。
「あれは……」
粒子が集まった人型は色づき、実体となり、やがてひとりの少女となった。
白銀に輝く長髪が風になびき、その瞳がゆっくりと開けられていく。
「アイリス……!?」
少女は間違いなく、ジル・ニトラに命を吸い取られ死んだはずのアイリスだった。
まだ意識がハッキリしていないのか、ボーッと遠くを見つめるようにしてその場に立ち尽くしている。
思わず駆け寄って声をかけようとしたその時。
飛空城跡のいたるところで、さっきと同じ光の粒子がいくつも集まっていることに気がついた。
それらはアイリスの時と同じように次々と人型から実体になっていく。
ゼタル、ディナス、オルドを始め、宝玉の大爆発後に姿が消えていたティタ。
最後は敵対していたルカに加え、ジル・ニトラの手下である黒紫の連中までもが蘇り始めた。
『なんかさ、色々あったみたいだけど……まあ、できれば仲良くしたほうが……と思ってね』
創造神の力で死者を復活させたのであろう彼の言葉に、俺はすべてを悟った。
そうか。彼は……どこまで事情を『視た』のかは知らないが、敵も味方も関係なく全員を生き返らせたのか。
だとするならば、もちろんヤツも蘇るのだろう。
そう考えて間もなく、思考は現実になった。
「フフ……予言通り、現世に舞い戻ってきたよ、イグナート」
残酷な人喰いの神竜――ジル・ニトラ。
ヤツはまるで、旧知の友に再会したかのような笑顔を浮かべ、復活した。




