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強欲のイグナート  作者: 霧島樹


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第二百九話「輪廻」

 気がつけば、俺は別人になっていた。

 戦士の村で剣を学び、村人たちの一員になって、やがてひとりの少女を好きになった。

 そしてその少女が、恐竜のようなバケモノに頭から喰われるのを見ながら、絶望のままに死んだ。


 気がつけば、俺は勇者になっていた。

 邪神に囚われた人々の魂を救うため、偽りの世界で人間を殺して回った。

 しかし最後には狂人として、救おうとしたはずの人々に捕まり、拷問され、絶望のままに死んだ。


 気がつけば、俺は邪神になっていた。

 人間に取り憑き、人の魂を吸い、宿主が死ぬたびその世界を滅ぼして、別の世界へ移動した。

 心は摩耗し、疲れ果て、ただひたすらに自己の消滅を望み、絶望のままに宿主の死を眺め続けた。


 与えられては、奪われ。

 奪われては、与えられる。


 無限に続く再生と破壊。

 繰り返される輪廻の中、誰かが言った。


 この世界は――残酷な神が支配している。




 ●




 未来からやってきたという自称『俺』が地面にうずくまってから、どれだけの時間が経っただろうか。

 いや、まだ数分も経っていないとは思うのだが、いかんせん状況が状況なだけに焦る。


 今にもジル・ニトラが復活して、飛空城に戻ってくるのではないか。

 そうなったら俺は果たして戦えるのか。


 創造神と繋がるとかなんとか言ってから、突然気を失ったこの自称俺を守れるのだろうか。

 ついさっきまで絶望と共に腰が抜けて、ジル・ニトラに喰われていた身としては、甚だ自信がない。


 というより、本当にこのコイツは未来からやってきた俺なのだろうか?

 見た目、完全に別人だ。


 しかも恥ずかしいことに、どこの王子様かっていうぐらいにルックスが良い。

 もし……もし仮に自分自身で望んだ姿なのだとしたら、自重しろバカと百万回ぐらい言ってやりたい。

 そんなことを考えながらその場で右往左往していると、自称俺がいきなり血を吐きながら倒れ伏した。


「お、おい!? 大丈夫か!?」


 突然の出来事に驚愕しながらも、自称俺を抱き起こして治癒魔法を掛ける。

 肉体的な損傷だったらこれで治るはず……なのだが。


 自称俺はぐったりしていて何やら様子がおかしかった。

 何か変だと首に指を当て、自称俺の脈を測ってみると、信じられないことが発覚した。


 脈が――止まっている。

 慌てて聴覚に意識を集中すると、呼吸も心臓も止まっていることがわかった。


「ちょ、おい!? 死ぬなバカ!?」


 自称俺の心臓を思い切り拳……だと大きすぎるので、指で叩きながら雷魔法をお見舞いする。

 ちょっと出力が強すぎて肉体の損傷が心配なので治癒魔法も同時に掛ける。


 それを何度か連続で繰り返すと、自称俺は再び吐血したあと、薄っすらと目を開いた。

 良かった……どうやら生き返ったらしい。


 勝手に未来からやってきて勝手に助け、勝手に死ぬとか意味不明すぎるからな。

 せめて最低限の説明義務は果たしてほしい。


 そう思い問い詰めると、今にも再び死にそうな自称俺はポツポツと、簡潔に事情を説明した。

 自称俺いわく、何者かが与えてくる『試練』を乗り越えればジル・ニトラに勝てる力を手に入れることができたはずだが、どうも自称俺はその『試練』とやらを乗り越えられなかったらしい。


「なんだよ……じゃあ、おまえじゃなくて俺がその試練を受けるとかじゃダメなのか?」

「……無理、だ。あれは……人間が乗り越えられるものじゃ……ない」


 てっきり、『未来の俺がダメなんだから過去の俺が大丈夫なわけないだろ』とか言われるかと思ったのだが、そもそもそういうレベルじゃないらしい。

 人間が乗り越えられるものじゃないって……それ本当に試練なのか?


「すまん……俺に奇跡は、起こせなかった……」


 自称俺は泣きながら、伯爵夫妻、イルミナさん、シエナさん、ミサやアリスなど、身近な人々をジル・ニトラから守れなかったことを謝った。

 俺はそれを見ながら、どこか違和感を覚えて眉をひそめた。


 ……俺、こんなに軟弱だったか?

 どこの王子様だっていうぐらい甘いマスクからそういう印象を受けるというのも多少はあるのかもしれないが……それ以上にこの自称俺からは、どこか育ちの良いお坊ちゃんのような雰囲気を感じる。


 だがそれと同時に、確かにコイツは俺だな、と感じる部分も多々ある。妙な感覚だ。

 しかしそんなことはともかく、今一番重要なのはジル・ニトラに勝つ方法だろう。


 情けない自称俺を見て、逆に自分がしっかりしなければならないと奮い立った俺は、その試練とやらに俄然興味が湧いてきた。

 なので自称俺に再び自分が試練を受けると言ったのだが、


「無理だ……スヴァローグを通じて創造神に繋がろうとするのは、コツがいる……」


 自称俺いわく、未来の俺はスヴァローグが本来持つ『神の力』とやらを、擬似的にではあるが覚醒しているらしい。

 そして試練を受けるには、その『神の力』が必要だという。


「だから……どちらにせよ、おまえには無理なんだ……」


 俺は悩んだ。

 自称俺いわく、ジル・ニトラに勝つには試練を乗り越えて、創造神の力を得なければダメだという。

 だが試練は『神の力』を持つ本人じゃないと受けられないらしい。


 どうする。どうすればいい。どうやったらその試練とやらを俺が受けられる。

 俺が、この自称俺だったならば……と、そこまで考えてふと思いついた。


「その、『神の力』とやらで、俺とおまえを合体……というか、統合することはできないのか?」


 まったくの別人だったら色々と弊害があるだろうが、元は同一人物なのだから大きな問題はないだろう。

 そう思っての発想だった。


「それは……」

「無理か?」

「……詳しいことは省くが、俺は、おまえとは違う過去を持っている」

「随分と唐突な話だな……」


 よくわからないが、つまりこの自称俺はパラレルワールド的なところから来た俺ということなのだろうか。


「神の……スヴァローグの力でふたりの人間を統合することも、上手くいかないかもしれないうえに……成功しても、今までの俺たちとは別人になる可能性がある……それでも良いのか?」

「良いのかも何も」


 俺は軽くため息をつきながら言った。


「やらなきゃ終わりなんだから、やるしかないだろ。諦観の境地だよ、諦観の」

「諦観の……」

「それに、どんな道を辿ろうが、どんな姿になろうが、俺は俺だ。本質は変わらねえ……だろ?」


 俺がそう言って肩をすくめると、自称俺は苦笑して呟いた。


「……さすが、オリジナルの俺だな」

「おまえに褒められても自画自賛っぽくなるからやめてくれ……」


 ゲンナリする。


「ってか、オリジナルってなんだ?」

「それは統合したらわかることだ。……覚悟は良いか?」

「時間ないんだろ? 良いぜ、いつでもやってくれ」


 正直、覚悟とか全然できてないが、多分なんとかなるだろう。

 試練とか超不安だが、何しろついさっきまでジル・ニトラに喰われながら死ぬような思いをしてたのだ。

 大抵の試練は乗り越えられる気がする。

 ……多分。


 俺の言葉に自称俺はニヤリと笑って目を閉じた。

 すると視界が眩い光に覆われて――俺は意識を失った。




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