第二百三話「この世界」
優男は自信満々に言い切った。
自分がこの世界の崩壊を止めて、アタシを救ってみせると。
――それから数年後。
優男は様々な角度から世界を救おうと奮闘した。
そしてそれが人の身に余る所業だと遅まきながら気がついた優男は……最終的に人をやめた。
自ら星の核と同化し、さらに神の細胞を取り込むことによって擬似的な人工の神となったのだ。
しかし……優男は力を得るのが遅すぎた。
優男が絶大な力を行使できるようになる頃には、すでに世界は崩壊し、空間は引き裂かれ、生命は息絶えていた。
もちろん、世界の崩壊を間近に見ていたアタシの一個体も消滅した。
直後、アタシが自分のバックアップから蘇り、元の世界があった場所へとたどり着いた時。
すべてが終わり――そして、始まっていた。
○
早朝。
自分が自分でないような、妙な感覚を抱きながら目が覚めた。
夢で見た内容を忘れないよう頭の中で反復しながらベッドから出て、制服に着替える。
昨日といい今日といい、明らかに何かがおかしい。
「…………行くか」
もちろん行く先は学校ではない。
俺は早めに学校へ行くかのように振る舞いながら家を出た。
通学路を外れて脇道に入り、周囲に誰も居ないことを確認してから光魔法を使って自分に光学迷彩を施し、透明化する。
それから風魔法で空を飛び、俺は真っ直ぐに帝都のとある屋敷へと向かった。
「おや……君から会いに来るなんて珍しいね。どうかしたのかな?」
屋敷の前に降り立つと、まるで俺が来るのを予測していたかのようにひとりの人物が声を掛けてきた。
白銀の長髪に紫色のローブ。
端正な顔立ちに妖艶な微笑を浮かべる美女の名は、ジル・ニトラ。
実質的な帝国の支配者であり、元神竜であり……俺が一度殺し、蘇らせた元敵でもある。
「とぼけるなよ」
俺は右腕を伸ばして風魔法を使い、空気で出来た不可視の右手を作り出した。
その右手でジル・ニトラを握り締め、宙に持ち上げながら追求する。
「洗いざらい答えてもらうぞ、ジル・ニトラ」
「っ……フフ、問答無用か。キミがいきなり手を出すとは、よほどの事件があったと見える」
「シラを切るつもりか?」
不可視の右手に込める力を強くしながら、スヴァローグの力でジル・ニトラを『視る』。
得手不得手というものがあるのか、俺はルカのように人の思考をまるごと読むような真似はいまだにできない。
しかしそれでもスヴァローグの力を使い、相手の魂を『視る』ことで、その言葉が嘘か本当かぐらいのことは判別がつくようになっている。
今のところこの判別方法は外れたことがない……はずなのだが。
「シラを切るも何も……私はキミに糾弾されるような……ことをした覚えは、ないのだがね?」
ジル・ニトラは不可視の右手に握り締められ、苦しそうな表情で答えた。
……どうやら嘘はついていないようだ。
だが、それは単にコイツの認識がおかしいだけ、という可能性も十分ある。
何しろコイツは過去、人間を『飼って食う』ことすらまったく悪いと思っていなかった。
「信用できないな。おまえが俺に話していないことを全部、詳しく聞かせてもらう」
○
結論から言うならば。
俺が感じている異変に、ジル・ニトラは関係なかった。
もちろん絶対とは言い切れないが、様々な情報を並べて考えた結果、関係ない可能性が高い。
「さて、疑いも晴れたことだし……」
「晴れてはない。暫定的におまえが原因じゃない、としておくだけだ」
「フフ、ひどいなぁ……」
屋敷の中。
ソファに座り、テーブルを挟んで向かい合っているジル・ニトラが、自分の左胸辺りをトントンと指で叩きながら言う。
「私の中に厄介なものまで埋め込んでおいて、なお疑うなんて」
「当然だ。おまえなら何をやらかしても不思議じゃないからな」
ジル・ニトラを殺して、蘇らせたあと。
俺はスヴァローグの力でコイツの魂に『人間や亜人に対し間接的、直接的に害する行動を禁じる』制約を埋め込んだ。
俺はてっきり、ジル・ニトラがその制約をなんとかして、こちらの『認識』をいじるような『何か』を仕掛けているのかと思ったのだが。
「フフ、キミは私を買い被りすぎだよ。今の私にはもう、そんな力はないさ。あるとしたらもっと上手くやっている」
「…………」
言われてみれば、確かにそうだ。
コイツがスヴァローグの制約をなんとかできるなら、もっと上手いやり方はいくらでもある。
それに何か少しでも異変があれば、真っ先に疑われるのは自分だとジル・ニトラはわかっている。
こんな状況下で『何かおかしい』と思わせるだけの、中途半端な行動をコイツが起こすとは思えない。
「さぁ、話を整理しよう。キミは今、自分を取り巻く環境について何かが『根本的に』おかしいと感じている。そうだね?」
「ああ」
そうだ。何かがおかしい。
その『何かがおかしい』という感覚さえ、しばらくすると消え去る……それ自体がおかしい。
「ふむ……話を聞く限り、私にはおかしいと思うところはない。普通に考えるなら、キミが日々の疲れで頭の病気に掛かってしまった、という線が濃厚なのだが……」
「おい」
「ハハ、わかっているよ。それじゃいくらなんでもひどすぎる。他の可能性を考えよう」
ジル・ニトラは足を組み替えながらソファの背もたれに寄り掛かった。
「そうだな……まずは認識のすり合わせをしていこうか」
「すり合わせ? なんでだ?」
「キミにはこの世界に来た時から、スヴァローグの力で幻術が効かない。そして私にも幻術が効かない。ふたりの認識が合っていれば、それは限りなく『事実』に近い。そうだろう?」
「……そうだな」
理屈はわかる。
「ではさっそく始めようか。キミは元の世界で通り魔に遭って死に、偶然スヴァローグ……正確には二代目スヴァローグの宿主となってこの世界に転生した。そうだね?」
「ああ」
「それから伯爵家に生まれ、貴族として虫型魔物と戦う中、少しずつスヴァローグを育てていき――」
ジル・ニトラはいつ俺の過去を調べたのか、それとも最初から知っていたのか。
今まで俺が生きてきた道のりを順々に語り始めた。
それは大まかな概要だったが、それだけでも長い、長い道のりだった。
「――空に浮かぶ帝国城。そこで私の目的が全人類の魂だと知ったキミは、持ち前の潔癖症を発揮して私に立ち向かった」
「いや、誰だって他人の腹の中で暮らしたくはないだろ」
時に突っ込みを入れながらも、認識のすり合わせを続ける。
「――そしてヴィネラの気まぐれで生き返った私を相手に健闘するも、『創造神』の力でスヴァローグ初代の制約を壊した私が神竜へと戻り、キミを喰らう。私の腹の中で瀕死状態だったキミは、朦朧とする意識の中で奇跡的に『創造神』と繋がり、スヴァローグ二代目を覚醒させて私を消滅させた」
「ああ」
もう話もそろそろ終盤だが、今のところまったく間違いはない。
「創造神と繋がり全能に近い力を手に入れたキミは、それでも黒き星から世界を救うには私の用意していた術式で全人類を魂化し、結局は幽星界に避難するしかないと悟った」
「……そうだ」
この世界において創造神の力は、全能に近い。
それでも、無数の世界を飲み込んで肥大化した黒き星には、どうやっても敵わない。
創造神を経由してアーカーシャから情報を引っ張ってきた時、それを思い知ったのだ。
「それからキミは私を蘇らせて制約を埋め込んだあと、全人類を魂化して私の中の異空間に入れ、別世界に運ばせてから外に出し、アニマと魂の記憶を元に新たな世界を創造した。それが――」
ジル・ニトラは目を細め、笑顔を浮かべて言った。
「――この世界だ」




