第二百一話「結果」
ゆるふわライトブラウンのミディアムヘアが印象的な、小動物系女子。
俺の中でモニカ・ビュフォンはそんなイメージのクラスメイトだった。
特に接点はないものの、女の子らしくて可愛いな、とは思っていた。
実はひそかにクラスで男子の人気ナンバーワンだと聞いた時も、なるほどあの子なら、と納得したものだ。
そんな彼女が今、目の前で俺に好きだと言っている。
しかも――その後ろでは、アイリスが空中にアニマで『断ったら殺す』と書いて浮かばせていた。
モニカはもちろんのこと、アイリスの横に立つハンナもその文字には気がついていないようだ。
何が楽しいのかハンナはニコニコと笑いながら手を後ろで組み、ゆっくり体を左右に動かしながら、そのプラチナブロンドのロングヘアを揺らしていた。
そして思考停止してからまだ数秒も経っていないはずだが、アイリスが『早く応えないと殺す』という文字を追加で空中に浮かばせた。
いや……わかる。返事待ちの状態での『秒』は凄まじく長いということはわかる。
だが、『答える』ではなく『応える』となると、軽率に返事をするわけにはいかない。
脅されようが脅されまいが、こういうことは自分の本心に従うべきだ。
俺はアイリスのアニマ文字による催促を無視して、焦らず自分の心を見つめ直した。
過去を振り返り、未来に想いを馳せ、現在を直視した。
――結果。
「よろこんで――」
「――ちょっと待ったぁ!!」
次の瞬間、ドアがけたたましい音を立てて開かれ、部屋にセーラ先生が現れた。
深緑の触覚パッツン前髪が特徴的な生物教師である。
「不純異性交遊はダメ……絶対ダメですよ! イグナート!」
「え……?」
あれ、ウチの学校ってそんな校則あったっけ……?
そう疑問に思っていると、アイリスがビシッとセーラ先生を指差して言った。
「異議あり! そんな校則はどこにもないはずよ!」
「校則がなくても学生の本分は……!」
「それにセーラ先生はイグナートの担任でもなければ、生活指導の先生でもない! 彼の交友関係に口を出すのは職務の範疇を超えた過干渉ではないかしら!?」
アイリスはセーラ先生の言葉を待たずに怒涛の勢いで畳み掛けた。
それに対し、セーラ先生はゆっくりと両腕を胸の前で組み、堂々と言い切った。
「私は彼が所属する部活の顧問です。つまり私には、彼に対して監督責任があります」
「部活の顧問? イグナートは剣術部員のはず……」
アイリスが訝しげな表情で言うと、セーラ先生はドヤ顔で答えた。
「ふふ……彼には月に一回か二回ほど、生物学部の手伝いをしてもらっているのです」
「なっ、たったそれだけで所属部員だと言い張るつもり!?」
「そうですが! いけませんか!?」
アイリスとセーラ先生がギャーギャーと言い合う。
俺はそれに何も口を挟めずただ立ち尽くしていた。
対面に立つモニカも目を丸くして対決するふたりを見つめている。
……なんで当事者じゃないふたりがここまで熱くなっているのだろうか。謎である。
「あーもう! わかった! わかったわ!」
セーラ先生の勢いに押されたのか。
アイリスが突然、うんざりした様子で声を上げた。
「じゃあもう不純異性交遊じゃなければ良いんでしょ!? どうせコイツらのことだから当分ピュアピュアな付き合いしかできないわよ! 清く正しいお付き合い! これで満足!?」
アイリスが半ばキレ気味に言い放つ。
モニカのことはともかく、おまえに俺の何がわかるんだ……と思ったが、こうも断言されるとあながち間違いとも言い切れない気がしてくる。
そんなアイリスの言葉に対し、セーラ先生は一瞬言葉に詰まった様子で黙り込んだ。
しかしセーラ先生は次の瞬間、思いも寄らない方向から攻めてきた。
「い……イグナートは! 清く正しいお付き合いなんて絶対できません! 彼は一度ハマったら本能のまま、どこまでも堕落してしまいます!」
「ハァ!? アナタがイグナートの何を知ってるのよ!?」
自分のことは棚に上げてアイリスがセーラ先生に詰め寄る。
するとセーラ先生は頬を染めて恥ずかしそうに言った。
「えっと……顔に似合わず意外と荒々しくて、押さえつける力がすごく強いところとか……」
「ちょ……えぇ!? イグナート、アナタまさか……!?」
「ち、違う! それ俺が虫型魔物と戦ったり、捕獲する時に上から押さえつけたりしてた時のことだから! 生物学部の手伝いで!」
なんてまぎらわしいことを言うんだセーラ先生は。
風評被害にもほどがある。
「それに俺だって清く正しいお付き合いぐらいできますよ! 勝手に俺をケダモノ扱いしないでください!」
「……だったら!」
俺がここぞとばかりに反論すると、セーラ先生は間髪入れずに必死な様子で言った。
「だったら私も! あなたに清く正しい交際を申し込みます!」
「えっ……?」
衝撃的な言葉に思わず耳を疑う。
そしてアイリスは「ハァ!?」と声を荒げ、モニカは「はわわ……!?」と動転し、ハンナは「わーお♪」と楽しげに口元へ手を当てた。
その中でもアイリスはすぐに気を取り直したのか、慌てて異議を唱えた。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! アナタ教師でしょ!? そんなこと許されると思ってるの!?」
「許されます! 清く正しければ教師でも許されます!」
再びアイリスとセーラ先生がギャーギャーと言い合う。
……一体全体、本当に今日は何がどうなっているんだ。
急展開に次ぐ急展開に混乱していると、セーラ先生との言い合いでは埒が明かないと思ったのかアイリスがこちらに向き直って言った。
「それで! 結局アナタはモニカとセーラ先生、どっちを選ぶの!?」
「えっ、あ、そういう話!?」
「当然じゃない!」
アイリスは俺のネクタイを掴んで引っ張ると、こちらの耳元で囁くように言った。
「言っておくけど……モニカを選ばなかったら承知しないから。両方を選ぶ、とかも言語道断よ」
「っ……!?」
「さぁ、どっち!?」
アイリスは俺を突き飛ばしたあと、両手を広げて問いかけた。
モニカはハート型の箱を差し出しながら目を閉じている。
セーラ先生はやや涙目になりながら両手を胸の前で組み合わせ、祈るように俺を見ている。
「お、俺は……」
なんだこの状況は。わけがわからない。
だが、どちらかを選べば、どちらかが泣くであろうことはわかる。
俺は頭が真っ白になった。
――結果。
「す……少し考えさせてくださいー!!」
そう叫びながら部屋の窓に体当たりしてぶち破り、その場から脱出した。
もちろんスヴァローグの力を使って砕けた窓ガラスが飛び散らないよう制御し、復元するのも忘れない。
「ちょっ……あのバカ、ここ三階よ!?」
後方でアイリスの驚いた声が聞こえてくる。
しかし三階だろうと十階だろうと俺には関係ない。
地面に降り立つ前に風魔法を使って体を浮かし、着地する。
なんならそのまま風魔法で空を飛びつつ去っても良かったのだが……今はとにかく走りたい気分だったので、俺は全身をアニマで強化し全力で走り出した。




